要旨

● ラグビーワールドカップは最大規模の世界的スポーツイベントの一つであり、その経済効果は、組織委員会の試算によると4,300億円を超える規模となっている。しかし、開催に向けて行われた道路や鉄道などのインフラ整備は含まれていないため、プラスアルファの経済効果が上乗せされる可能性がある。更に民間では、ホテルや商業施設の建設や改修、さらにラグビーワールドカップ終了後の再開発にも設備投資が行われる可能性もある。

● ラグビーワールドカップの開催期間は44日間で東京五輪の倍以上となり、試合が行われない日も18日もあるため、飲食やレジャーなどの消費が増えている可能性が高い。また、北海道から九州までの全国12都市12会場で開催されていることから、経済効果の影響が広く共有されていることが予想される。

● ラグビー強豪国の訪日客一人当たり旅行支出の効果も大きい。観光庁によれば、昨年の訪日客一人当たり旅行消費額は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドを含む英国が約22万円、オーストラリアが約24万円と、平均の約15万円を大きく上回っている。

● 10月に消費税率の引き上げを控えていたこともあり、テレビの買い替え需要も出現した。2020年に東京五輪が控えていることも買い替え需要の顕在化を後押しした可能性がある。

● 最も注意しなければならないのは、開催後の開催都市経済の反動減。消費増税に伴う需要の先食いと実需の減少にも相まって、開催後の開催都市の経済には反動減が生じることが予測され、その対策が求められよう。

● 興行的に成功で終わるかどうかは、国際的な注目が集まったことで、大会後にも世界各国からの旅行者や企業を呼び込むきっかけになるかどうかで判断すべき。今回のラグビーワールドカップ開催により、開催都市を中心に外国人が訪問しやすい環境が進捗したことが期待される。来年に東京五輪開催を控え、食や農産物等にもビジネスチャンスがあるため、各地域は情報発信の仕組みづくりに更なる重点を置くべき。ラグビーワールドカップ開催後も反動減の少ない分野を狙い、今から市場開拓を進める取り組みも期待される。

ラグビー
(画像=PIXTA)

はじめに

開催前は赤字が懸念されていたラグビーワールドカップだが、テレビドラマによるラグビーの認知度向上や日本代表の活躍等もあり、 予想を覆してチケットの売れ行きは好調となっている 。

ラグビー発祥国であるイギリスの文化的な背景から、会場でのビール消費も好調となる等、かなりの経済効果が出現し ている 可能性のあるラグビーワールドカップ特需。また、インバウンド需要も相まって、大会収支の黒字決算も見込まれる。

そこで本稿では、ラグビーワールドカップの経済規模について、また興行的に成功で終わるかについて考察する。

旅行消費とインフラ整備

ラグビーワールドカップは最大規模の世界的スポーツイベントの一つであることから、様々な経済効果が出現しており、今回も例外ではないだろう。

その経済効果は、組織委員会の試算によると4,300億円を超える規模となっている。しかし、その直接効果の内訳は「スタジアム等インフラ整備費用」「大会運営費用」「国内客による消費」「訪日外国人による消費」であり、開催に向て行われた道路や鉄道などのインフラ整備は含まれていない。このため、組織委員会が試算した4,372億円にプラスアルファの経済効果が上乗せされる可能性があるだろう。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所
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ただし、これはあくまで経済波及効果ベースの金額であり、GDP増加分に換算すれば2,166億円程度になると試算されている。中でも「訪日外国人客による消費」は大きな経済効果がありそうだ。大会を目的とした訪日外国人客によるスタジアムやファンゾーン、ホスピタリティプログラムをはじめ、市街地や観光地での消費による経済効果として1,057億円(GDP増加分522億円)、国内客による消費の経済波及効果も160億円(GDP増加分78億円)見込まれていたが、スタジアム等インフラ整備費用の経済波及効果も400億円(GDP増加分181億円)が見込まれている。

更に民間では、ホテルや商業施設の建設や改修、さらにラグビーワールドカップ終了後の再開発にも設備投資が行われる可能性があろう。

日本代表の活躍で更に盛り上がる

2020年東京五輪では、開催期間は17日間となる。それに対して、ラグビーワールドカップの開催期間は44日間で東京五輪の倍以上となり、試合が行われない日も18日もあることから、飲食やレジャーなどの消費が増えている可能性が高い。

地域的な広がりはどうか。ラグビーワールドカップ2019は、北海道から九州までの全国12都市12会場で開催され、見込まれている 訪日客は50万人である 。こうしたことから、経済効果の影響が広く共有され ていることが予想される。

ラグビーW杯試合開催会場

  • 札幌ドーム(札幌市)
  • 釜石鵜住居復興スタジアム(岩手県釜石市)
  • 熊谷ラグビー場(埼玉県熊谷市)
  • 東京スタジアム(東京都)
  • 横浜国際総合競技場(神奈川県横浜市)
  • 小笠山総合運動公園エコパスタジアム(静岡県)
  • 豊田スタジアム(愛知県豊田市)
  • 東大阪市花園ラグビー場(大阪府東大阪市)
  • 神戸市御崎公園球技場(神戸市)
  • 東平尾公園博多の森球技場(福岡県福岡市)
  • 熊本県民総合運動公園陸上競技場(熊本県熊本市)
  • 大分スポーツ公園総合競技場(大分県)

また、大会では1000人規模のボランティアスタッフがスタジアムでの試合運営補助役や市街地でのサポーターガイド役を務め ている。こうしたスタジアム等の会場運営、大会出場チーム、大会ゲスト、メディアなどに提供するサービスに伴う支出などによる経済波及効果も300億円(GDP増加分 208億円が見込まれている 。

実際に新聞報道では、神戸市内のあるホテルで開幕直前から外国人客が増加し、特に欧州からの宿泊客の予約は、神戸での試合開催直前となる 24 日から神戸での最終戦となる10月8日までで前年同期比2.6倍と急増したようだ。

また、開催期間が長く、試合会場が点在していたこともあり、地方発の日帰りツアーやキャンピングカーのレンタルも増え、W杯特需が各地で高まっていることも報告されている。

個人消費活性化の期待

こうした背景には、ラグビー強豪国の訪日客一人当たり旅行支出の効果も大きかったものと思われる。観光庁によれば、昨年の訪日客一人当たり旅行消費額は、イングランド、スコットランド、ウェールズ、アイルランドを含む英国が約22万円、オーストラリアが約24万円と、平均の約15万円を大きく上回っていることがわかる。

実際に新聞報道によれば、東京都内にある某キャンピングカーレンタルセンターでは、ニュージーランドなどのラグビー強豪国からの問い合わせが殺到したようだ。そして、料金は通常期の2~3倍に設定したにもかかわらず、1週間から1ヶ月の長期利用が人気となり、外国人の予約は通常期の2倍以上に増え、大会期間中は全体の4割を占めたという事例がある。

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また、2009年度からの家電エコポイントの対象となったテレビの駆け込み需要が2009~2011年にかけて発生しており、2019年はそこから9年を経過していることに加え、10月に消費税率の引き上げを控えていたことから、その時に販売されたテレビの買い替え需要も出現したようだ。

特にテレビに関しては、2011年7月の地デジ化に向けて多くの世帯で買い替えが進んだため、買い替え需要はかなりあったことが想定される。ラグビーワールドカップのみならず、2020年に東京五輪が控えていることも、買い替え需要の顕在化を後押しした可能性があるだろう。

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成否は開催後で判断される

しかし、地方のスタジアム等のインフラ整備等に貢献したラグビーワールドカップ特需の勢いは、既に大会開催前の2018年中にピークアウトしている可能性が高い。

このため、最も注意しなければならないのは、開催後の開催都市経済の反動減だろう。2次利用できない施設は、負の遺産となる可能性もある。消費増税に伴う需要の先食いと実需の減少にも相まって、開催後の開催都市の経済には反動減が生じることが予測され、その対策が求められよう。

また、インフラ整備の名を借りて、無駄なものを作りすぎ手しまっている場合には、財政の健全化にマイ ナスに働くことも考えられることには注意が必要だろう。

こうしたことから、興行的に成功で終わる かどうかは、国際的な注目が集まったことで、大会後にも世界各国からの旅行者や企業を呼び込むきっかけになったかどうかで判断すべきだろう。

政府は2020年に4000万人の誘致を目指している。このため、今回のラグビーワールドカップ開催により、開催都市を中心に外国人が訪問しやすい環境が進捗したことが期待される。

こうした課題の進捗は、実は外国企業の誘致にもつながる可能性がある。日本に進出希望の企業にアンケート調査を行うと、ビジネス環境に求める改善点と観光客の不満点は共通している。このため、「世界で最もビジネスをしやすい国をつくる」ことはアベノミクスの目標の一つであるため、ラグビーワールドカップ開催を契機にどれだけビジネス環境が整うかが成否を左右するだろう。

来年に東京五輪開催を控え、食や農産物等にもビジネスチャンスがあるため、各地域は情報発信の仕組みづくりに更なる重点を置くべきである。ラグビーワールドカップ開催後も反動減の少ない分野を狙い、今から市場開拓を進める取り組みも期待されよう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣