増税後の消費動向に一喜一憂する展開がしばらく続くだろう。2014 年の教訓は、増税の手前で大きな支出をした家計が多かったから、その後の節約も長引いたということだろう。今回、駆け込み買いは小さく、日用品などストック調整圧力が長引かない品目だったとみている。キャッシュレス還元は、大きな話題になっているが、その評価について、まだ消化不良にみえる。

不動産,贈与,税金
(画像=(写真=She-Hulk/Shutterstock.com))

大きな反動をつくることが問題だった

消費増税の悪影響とは何だろうか。10月1日に消費税率が10%に上がってから、私たちは恐る恐る消費動向を観察している。2014年4月と同じように、長い消費停滞の入口に居るのではないかという恐怖感からである。

マクロ統計はしばらく増税の影響を織り込んだものが発表されない。だから、筆者は身近な店舗の客足や自身の家計簿テータを頼りに思考を巡らせている。客数が明らかに減っているのは、量販店のTVなどの売り場である。駆け込み買いが少なかったとはいえ、家電製品ではいくらかみられた。その反動が表われているのだろう。コンビニのイートインスペースも少し敬遠されているようにみえる。

一方、消費者の中で、大きな駆け込み買いをしなかった人は、それほど消費を抑制しないのではないかと思える。税率が10%になっても、日々の支払いで8%で買い物をしている割合は結構多いことに気が付く。食料品の軽減税率の範囲は広い。また、個人営業の飲食店では、値上げをしていない店も少なからずあって、8%の税率のままの価格を支払うこともあった。8%時の価格を据置く事業者が意外に多いことは、今後の消費者物価に「除く消費税要因」でみて、物価下落圧力が高まる変化として表われるであろう。

家計簿データからは、消費税率10%によって、日常的に支払う金額が以前に比べて増えた訳ではないことがわかる。個人的感覚では、増税の負担増はそれほど大きくない印象である。もちろん、これは人によって違っているし、大きな買い物をするときは税率10%が追加負担をもっと感じさせることはある。

冷静に考えると、2014年の消費停滞した理由は、毎日の負担増よりも、駆け込み買いの反動が大きかったことによるものだ。増税の直前に、10~30万円の買い物をした人は税率が上がって以降は節約を心がけた。今回は、住宅と自動車に平準化措置が講じられている。

目に見える範囲で駆け込み買いの行列を9月末に目撃したとしても、今回は住宅と自動車の駆け込みが小さい分、その反動は限られる。トイレットペーパーや日用品で起こった駆け込み買いも、長くて数か月間のストック調整圧力でしかないはずだ。

発想を切り替えて、自分が増税後の消費停滞を防ぎたいと願っている政策当局者だったならば、どんな手を打つだろうか。消費停滞の犯人は、駆け込み買い=需要の先食い、だとみて、増税前後で消費者にメリット・デメリットが生じないように、税制などで平準化する措置を講じる。最も重要な対策は、駆け込み買いによる巨大なストック調整圧力をつくらないことになる。

合理的に考えると、今回はそれが実行されているので、対策はこれでほぼ十分なはずである。思考実験として駆け込み買いが全くない世界では、消費停滞は来るだろうか。筆者は来ないとみている。

消費税の実質負担増は、軽減税率と元々の非課税品目があって、消費者物価で+1.0%ポイントである。2014年4月以降、消費者物価(持家の帰属家賃を除く総合ベース)は生鮮食品の高騰によって一時的に1%以上の物価上昇を経験することが何度もあった(図表1)。家計は、そうした外生的ショックに対して、痛みを感じたけれども、それを機に消費停滞に陥ることはなかった。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

消化不良のキャッシュレス還元

次に、消費税対策の目玉となっているキャッシュレス還元について考えてみよう。10月1日以降、いくつかの地域でどのくらいキャッシュレス決済による還元制度に参加する店舗があるかを数えてみた。中小企業の200万店のうち約50万店が参加しているから、計算上は25%の割合で対象店がある。しかし、足で歩いてみると、赤いステッカーが店頭に貼ってある店の割合はもっと少なかった。

政府が発表するポイント還元事業の都道府県別・業種別のデータを参照(10月1日から開始される加盟店)すると、全498,281店のうち、通信販売60,535店、移動販売13,187店が含まれている。それらを除いた固定店舗は424,559店と全体の85%である。固定店舗の内訳は小売店229,919店、飲食店78,640店、その他サービスの店が116,000店となっている。

この固定店舗の中に、コンビニ全店舗(2019年8月58,340店、日本チェーンストア協会データ)が入っているとすると、コンビニを除外して366,219店(全体200万店の18.3%)となる。商店街を歩いて、コンビニ以外にキャッシュレス還元制度に参加した店舗が少なかったことは、このデータに近いと思える。

また、都道府県別の加盟店数が地方では少ないことも気になる。南関東(東京・神奈川・千葉・埼玉)は全体の27.6%、京都・大阪・兵庫・愛知は全体の20.7%であった。併せて48.3%と大都市を抱える地域が全体の半分を占める。地方でも、北海道のようにコンビニが多いところでは、加盟店が多いところもある(北海道の加盟店26,072店)が、全体として地方ほどキャッシュレス還元に参加する加盟店は少ない。

注意したいのは、東京など大都市に住んでいる感覚で、地方でも同じことが起こっていると錯覚することだ。東京のキャッシュレスにすでに馴染んでいる人達の感覚で、キャッシュレス還元のメリットが国民全体に広がっていると考えてはいけない。

キャッシュレス還元の恩恵は、食料品の軽減税率に比べて、ごく小さく、範囲も偏っている。増税の痛み止めとしてどのくらい実効性があるかは、かなり割引いて考えるべきだと考えられる。

このキャッスレス還元を巡っては、有識者やメディアの評価は定まっていない。正確に言えば、完全な消化不良である。メディアによっては、キャッシュレスの普及を喜んでいるところも多い。しかし、政府が増税対策に重ねて税金を還元することは慎重に考える方がよい。現場の人々は、キャッシュレス決済によって中小企業の振興が図られるとは必ずしも考えていないようだ。キャッシュレスで売上が伸びても、決済手数料に厚みがあるので、それを中小企業が負担して利益に貢献しにくい。

2020年6月に政府の支援が一段落すると、その傾向はより強まる。中小企業のためにならない政策を中小企業政策の名前で推進しているのは良いことなのか。誰のためのキャッシュレス決済の振興なのか。

政治家からは、日本はキャッシュレス決済比率が低いので、それを20%から40%へと引き上げたいという発言がある。この発想は、消費税対策としてキャッシュレス還元を推進すべきだという考え方は微妙に違う。筆者は、キャッシュレス化自体には反対ではないが、その目的を税金投入をして消費税対策に重ねることは懐疑的に考えている。

有識者やメディアは、あまりに急浮上してきたキャッシュレス還元に対して、まだよく考え方を整理できていないのだと思う。現実が先行して、還元率が2%と5%に分かれてしまった。なぜ、そう決まったのかも誰もわからない。筆者も、キャッシュレス還元を利用してみたが、ある店舗では「それは使えない」と断られた。乱立するキャッシュレス決済のツールのうち、店舗によって使えないものが多いと消費者は混乱する。こうしたツールの統一化の問題も、キャッシュレス還元を増税対策に重ねて緊急に実施してしまったことの弊害だろう。

次の消費振興策を考える

政府は、10月の増税後の消費停滞に備えて何らかの経済対策を打ち出すことを検討しているようだ。本当に消費が停滞し、それが一時的なものでないと判断できるだろうか。おそらく、商業動態統計や家計調査、あるいはGDP統計が順次10~12月のデータを明らかにしても、その判断ははっきりしないだろう。だから、政府は予防的に対策を打つと筆者はみている。

ひとつ、現状を確認すると、2019年に入ってからの消費はそれほど悪いものではなかった(図表2)。特に、4・5月の連休では消費が増えて、6~9月もその余勢が続いていたと思える。駆け込み買いの要因を除いても、8・9月の消費は堅調だった。これは、今までの賃上げ効果の累積と、雇用環境の好調さによるものだ。さらに言えば、2019年初からは物価上昇によって消費者がコスト増に悩まされることも、一服していたとみている。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

こうした中では、政府は賃上げ促進を見守ることでも十分に思える。製造業では、米中貿易戦争により不確実性が高まり、マインドが悪化しているから、2020年は賃上げに慎重になる可能性はある。そこを保守的にならずに賃上げをさらに積極化することが望まれる。

仮に、それでも敢えて政府が何かしなければいけないのであれば、財政支出を極力抑えたかたちでの消費刺激のアイデアを検討すべきだ。例えば、家計が消費支出を増やしたとき、その一部分を所得控除できる対応は一案である。クレジットカードと電子マネーの使用額が、年間給与所得の10%を超えたとき、課税所得から10~20万円を上限に所得控除できることにする。代わりに、現在のキャッシュレス還元は2020年6月で約束通り終了する。

財政支出を使わない消費振興としては、2019年末と2020年のGWを任意に長くして、旅行・レジャーの消費を刺激する考え方もある。2019年末と2020年始は、うまく休めば9連休となり、2020年のGWは12 連休にすることもできる。財政資金をばらまかない対策へのシフトをより明確にした方がよい。

今一度、政府は経済対策として何が望ましいかを原理原則に立ち返って再検討する局面を迎えていると思える。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生