要旨

●消費税率引き上げによるCPIコア押し上げの影響度合いは、全国と東京都区部でやや異なる(全国+1.0%Pt、東京都区部+0.9%Pt)。また、総合、コア、コアコアでも影響度合いはそれぞれ異なる。

●消費税率引き上げ要因と教育無償化要因をどう取り扱うかによって、CPIの見え方が異なる。これらを特殊要因として除去したものが物価の基調を示すものとして有用と思われるが、日本銀行はこれらを除去しないものを重視する姿勢を示している。除去しない場合、除去したものと比べて0.4%Pt 高く算出される見込みである。混乱が生じないよう、丁寧な情報発信が求められる。

幼児教育,保育士
(画像=PIXTA)

消費税率引き上げの影響まとめ

消費者物価指数は、世帯が消費する財・サービスの価格の変動を測定することを目的としていることから、消費者が実際に支払う価格、つまり消費税分を含めた形で作成されている。そのため、10月29日に公表される10月分の東京都区部消費者物価からは、消費税率引き上げの影響が反映される形で指数が作成される。

この消費税率引き上げ分はあくまで制度的・一時的な要因に過ぎないため、物価の基調を把握する上では除いて考える方が望ましい。そのためには消費税率引き上げ分がフル転嫁された場合の物価への影響度合いを事前に正確に把握しておく必要がある。この影響度合いは「1.0%Pt1」と言われることが多いが、これはあくまで「全国」の「生鮮食品除く総合(CPIコア)」における数値であることに注意が必要だ。品目ウェイトの関係上、消費税率引き上げによる物価押し上げの影響は、全国と東京都区部とで微妙に異なる。また、影響度合いはコアでみるか総合でみるか、それともコアコアでみるかでもそれぞれ違う。

これをまとめたものが図表1だ。コアでみると、全国では1.0%Pt の一方、東京都区部では0.9%Ptとなる(小数第2位を四捨五入、以下同じ)。この差は主に、非課税品目である家賃(民営家賃、持家の帰属家賃など)のウェイトが都区部で高いことに起因する。10月分の東京都区部CPI公表の際には、全国における1.0%Pt を用いないよう気をつける必要がある。また、全国でみて、総合への影響は0.9%Pt、コアが1.0%Pt、生鮮食品及びエネルギーを除く総合(日銀版コアコア)が0.9%Pt、食料(酒類除く)及びエネルギーを除く総合(米国型コア)が1.1%Pt となる。軽減税率の対象である食料を含むかどうか等で影響度合いが異なってくる。細かいところだが、これらの区別は重要だ。

消費増税後、どのCPIをみるべきか
(画像=第一生命経済研究所)

10月分のCPIでもうひとつ注意が必要なのが教育無償化の影響である。10月1日より、すべての3~5歳児と住民税非課税世帯の0~2歳児を対象として、幼稚園、保育所等の利用料が無償化(上限あり)された。これは消費者物価指数では、幼稚園保育料(公立)、幼稚園保育料(私立)、保育所保育料の3品目に影響を与える。ここで一定の仮定を置いて計算すると、全国、都区部とも10月以降、CPIコアは▲0.6%Pt押し下げられることになる。日本銀行の試算では教育無償化の影響は19年度平均で▲0.3%Ptと試算されており、これは月次ベースに直すと▲0.6%Ptに相当する。日本経済研究センターが集計しているESPフォーキャストでも概ね同程度の押し下げが見込まれている。

ただし、この数字はあくまで一定の仮定を置いた上での試算値である。総務省が実際にどういった前提を置いて指数を作成するかは不明であり、実際の影響度合いについてはこの試算値から乖離する可能性も相応にあることに注意しておく必要があるだろう。

消費税、教育無償化要因を除くか除かないかで見え方が大きく異なる

この消費税率引き上げ要因と教育無償化要因をどう取り扱うかによって、10月以降、①消費税と教育無償化要因を除く、②消費税を除く、③どちらも除かない(公表値そのまま)、の3つのCPIが存在することになる。これらの動きを示したものが図表2(次項)だが、これをみると、それぞれかなり見え方が異なることが分かるだろう。①の消費税と教育無償化要因を除いたものを基準にすると、②は▲1.0%Pt低くなり、③は消費増税の押し上げ分(1.0%Pt)と教育無償化の押し下げ分(▲0.6%Pt)を差し引いた+0.4%Pt分高く計算される。最も低く出る②では、10月以降のCPIコアはマイナスになってしまう。 消費増税要因にしろ教育無償化要因にしろ、どちらも制度的なものであり特殊要因とみなすべきだろう。筆者は、物価の基調を把握する上では、これらを除いた①を最も重視すべきだと考えている。おそらく多くのエコノミストがこの意見に同意してくれるのではないだろうか。

それで済めば話は早いのだが、難しいのは、日本銀行が③の消費税や無償化要因を除かない数値を重視する方針を示していることである。展望レポートでも、見通しについては消費税や無償化要因を含んだ数値が提示されている。消費税や教育無償化の影響を除いた数値についても示されてはいるが、参考値としての取扱いにとどまっている。

その理由について、黒田総裁は以下のように説明している(2019年3月18日の記者会見)。「今回の税率引き上げと教育無償化は、これを合わせて1つの政策対応としてとらえますと、物価への影響は比較的軽微にとどまるということが予想されます。また、見通し計数から、こうした様々な制度変更や携帯電話通信料引き下げなどの影響を次々と除外していきますと、計数の客観性が損なわれることになりかねず、却ってその意味が分かり難くなってしまう可能性もあるということです。こうした論点あるいは物価を巡る今後の状況を踏まえますと、日本銀行としては、基本的に今申し上げたような一時的な要因を除外しない物価見通しを中心に説明し、そのうえで、必要に応じてそうした要因が物価に与える影響についても指摘していくことが適当ではないかと考えています。」

増税分と無償化分を差し引きして+0.4%Ptの押し上げという影響が軽微なものとは筆者には思えないが、特殊要因をただやみくもに除けばよいというものではないという点については理解もできる。日本銀行がこうした見解である以上、今後も増税や無償化分を含んだ値が重視される可能性が高いと思われる。マスコミ等でもこの値が参照されることが多くなるのではないだろうか。この場合、10月以降のCPIは実勢対比で高めに見えやすくなる。一方、筆者を含むエコノミストは消費税や無償化要因を除いた数字を重視する可能性が高いと思われる。また、少数派ではあるだろうが、消費税のみを除いて物価の下振れを強調する論者も現れるかもしれない。いずれにしても、しばらくは混乱した状況になりやすいだろう。

特殊要因をどのように取り扱うかは難しい問題であり、どの数字が正しいと断言できるものではない。こうした状況を理解した上で、日本銀行、民間エコノミスト、マスコミそれぞれが、読者等に誤解を招かないような丁寧な情報発信を行っていく必要があるだろう。(提供:第一生命経済研究所

消費増税後、どのCPIをみるべきか
(画像=第一生命経済研究所)

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
主席エコノミスト 新家 義貴


1 試算の詳細については10 月4 日発行のEconomic Trends「消費税率引き上げはCPIにどう反映されるか?」をご参照ください。