私たちは、2014年の増税時とオーバーラップさせて、2019年の消費動向を考えてしまう。しかし、2014年は直前まで株価上昇による資産効果があって、それが駆け込み買いを増幅させた。今回はそれがない点は決定的に異なる。今回の課題は、消費性向が下がってくる中で、所得増の力が消費拡大に回るようにすることである。

消費増税,知っておくべき4つ
(画像=(写真=J.Score Style編集部))

2014 年の駆け込み買いは何だったか?

私たちは、消費税率引き上げの影響を見極めたいと思っている。そのため、増税そのもののインパクトに過度に目を奪われてしまっている。経済を分析する際に、事件現場の変化だけに思考を奪われるのは良くない。もっと、経済構造がどう変化していくのかというメカニズムを「鳥の目」で観なくてはいけない。筆者は、2014年の前回増税から2019年の増税による消費動向について、消費性向の変化に注目する。家計が可処分所得の中からどれだけ消費を増やしたか(減らしたか)を把握する配分ペースの変化である(図表1)。

増税後の消費を上向かせる鍵
(画像=第一生命経済研究所)

消費性向は、2014年春まで一貫して上昇して、一時は貯蓄率ゼロまたはマイナスになると言われた。当時、エコノミスト達は、高齢化によって消費性向が上昇するトレンドは当たり前とみていたのである。しかし、このトレンドは変化する。2014~2019年は消費性向が低下して、貯蓄率がプラスになるトレンドが定着した。このトレンド変化に関する合理的説明は、今もって専門家からは行われていないように思える。なお、ここで使用するのは家計調査であるが、SNAベースの変化とも連動している。SNAの家計貯蓄率も、2013年度は△0.6%になり、その後でプラスに戻っている。

2014年春に転換点が訪れた理由について、思考の補助線を使って説明してみよう(図表2)。注目するのは、株価である。前の民主党政権時代は、株価が低迷して、政権交代が近づく2012年秋から日経平均株価は底入れして上昇し始める。そして、安倍政権誕生からアベノミクスの表明にかけて株価は急上昇する。そこでは、所得が伸びない中で、株価上昇の資産効果が消費を押し上げる。丁度、2014年4月に消費税率が8%になることを控えていて、消費拡大は駆け込み買いへと雪崩を打って傾いていく。つまり、あのときの駆け込み買いは、資産効果とシンクロして巨大化したのである。資産効果が耐久財に強く作用することは、そのときの消費増をうまく説明できる。

増税後の消費を上向かせる鍵
(画像=第一生命経済研究所)

宴の後遺症か?

上記の分析を踏まえると、2019年10月を前回と同一視することが間違っていることは明らかだ。最近でこそ、日経平均株価は上昇しているが、2013年の前年比1.6倍には程遠い。だから、今回は駆け込み買いが大規模に膨らむことはない。前回の資産効果がないことは、反動減が大きくならないことを予想させる。

それよりも考慮すべきことは、2014年に株価上昇のブームが終わり、使われすぎた消費が削減されるプロセスが今も続いていることだ。2014年から賃上げが再開された。可処分所得の増加は、物価上昇ペースを上回っている(図表3)。この動きは、使用するデータが人数×1人当たり可処分所得として求められたマクロの可処分所得である。人数の増加が加味されている。2014~2019年にかけて、就業者数が伸びることの寄与度は大きく、1人当たり可処分所得の伸びは鈍かった。2014年以降、増加した可処分所得は、必ずしも消費拡大には回っていない。所得増は、貯蓄増の方へと向かい、消費の押し上げはごく僅かだ。このことは、消費性向がこの5年間は一貫して低下していることに表われている。

増税後の消費を上向かせる鍵
(画像=第一生命経済研究所)

分析が少し難しいのは、5年間の消費性向の低下トレンドが、2014年の消費の反動減と必ずしも同じ理由ではないとみられることだ。どうして、この5年間に貯蓄率が上昇し、消費が増えにくいのかという定説はない。奇妙に符合するのは、消費者センチメントが同じ期間に亘ってずるずると悪化していることである。消費動向調査や景気ウォッチャー調査は、最近まで悪化が続いてきた。「マインドの悪化が消費性向を下げる」という説明は通りがよい。ただ、マインド悪化が何によってもたらされているのかは、ブラックボックスである。

2014年の後遺症がつくった消費性向の低下トレンドは一体どういう原理で現在まで続いているのであろうか。

老後の不安

2014年以降、消費マインドが悪化して、消費性向が低下した理由はいくつか考えられる。この期間は、賃上げも進んだが、物価上昇も起こる。2017年以降は、コアCPCIがプラスに浮上し、食料品の物価も様々な要因で上昇する。皮肉な話だが、デフレが終わりインフレ時代に移ったと日銀などが強調するほど、それが歓迎されるどころか、消費者のマインドを冷やした。賃上げよりも、実質賃金が下がることを人々は強く警戒した。

もうひとつ、消費性向の低下を世帯主年齢別にみるとわかることがある。すべての年齢層で低下しているが、そのうち、より低下が著しいのは20歳代と60歳代である。20歳代は、2014年の消費性向75.0%が2018年62.6%へと△12.4%ポイントも低下している。60歳代は96.2%から87.7%へと同じ期間に△12.5%ポイント低下した。この間、全体平均は△6.0%ポイントの低下である。

その背景を考えると、食料品価格の上昇がエンゲル係数の高い20歳代の消費マインドを打撃したことがひとつ考えられる。60歳代は、2013年から3年ごとに厚生年金の支給開始年齢の引き上げがあって、所得の厳しくなった世帯が将来への備えとして貯蓄を積み増したと考えられる。老後の不安が、年金制度の見直しによって顕在化した。この2013・2014年度は、特例水準の解消が一気に進んだことも、年金不安を増幅したことと思う。政府としては、2014年の増税のタイミングで年金制度改正をきちんと予定した通りに進めたかったのだろう。このときの増税分は、基礎年金の国庫負担の穴埋めに充てられたという経緯もある。その結果として、厳しい措置を強く意識させられた60歳代が防衛的な貯蓄に走った。

この説明で全世代に亘る消費性向の低下を完全に説明できたとは思わないとしても、確かに将来不安が2014年以降に強まったことは今後の政策を考えるときに意識しておく必要があろう。

今後の消費を上向かせる

消費性向のトレンドが変わって、消費が増えにくくなった。そこには老後不安や物価上昇による生活不安がある。このような見解に立つと、短期的なキャッシュレス還元や給付金・商品券のような需要刺激策では消費性向を継続的に上向かせて、消費拡大を成功させることは難しいという見方になる。構造論は説得力が高く、目先の対策を色あせさせる。消費税対策は、「オリンピックで消費が増える」のと同じように持久力の乏しい対策でしかない。

持久的効果として、不安を取り除く政策という発想はできるが、所詮不安が完全に解消することはあり得ないので、賃上げと雇用拡大の作用を強くするというカウンターパワーの着想に重きを置くことが正道と言えるだろう。もちろん、将来不安を緩和する制度設計と同時並行で考えることが重要である。

2020年の賃上げを考えるときにポイントになるのは、消費税要因を除く消費者物価上昇率が鈍化しそうな点である。消費税・無償化の要因を含めても上昇率は0.6~0.8%程度になる。これを上回って実質賃金をプラスにする賃上げを実現することが望まれる。すでに、賃上げは2014年から5年連続でプラスのベースアップ率を達成しており、将来的な賃上げ予想もしっかりしてきた。貯蓄率の高まりがあっても、消費支出の前年比を高めていくことになる。

結局、小手先の対策を考えると、どうしても将来不安・老後の心配の解消には限定的な効果しか期待できない。一旦低下した消費性向を多少なりとも戻していくには、地道に社会保障の持続可能性を高めて、現役時代に払い込んだ保険料に応じた便益を高齢者が享受できる制度を固めていくしかない。賃上げについても同様に、低下しすぎた労働分配率を上げていき、生産性上昇の果実をもっと勤労者が実感できるようにすることが望まれる。

初心に戻って、成長戦略+賃上げ+社会保障改革を進めることが、消費拡大の王道と言えよう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生