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ケース14 会社清算①
売り手 イ 社 | 買い手 ロ 社 | |
---|---|---|
業 種 | LPガス配送・充填 | 石油・ガス類の販売 |
年商/上場区分 | 2億円/非上場 | 215 億円/非上場 |
M&A の目的 | 業績不振 | 本業拡大・配送部門強化 |
LP ガス配送業者の売却 ~発注先による事業内製化
- 売り手 イ社の社長 ロ社の社長に対して
- 「これはロ社長、ようこそお越しくださいました。いつもウチを使っていただいてありがとうございます。最近の業績ねぇ。他社のダンピングが激しくて、商売はずいぶん厳しくなってます。LP ガスの配送業務が体力的にきつくないかって? 60 半ばにはなりましたが、自分でやってきたこの仕事ですから自信はありますし、社員も一所懸命働いてくれています。ま、もちろんあの手この手を使わないと、人手不足のこのご時世じゃあなかなかウチにとどまってくれないですけどね、へへ。ところで今日はどういったご用件で? え、ウチを買いたいって? うーん、もちろんいい仕事をいただいていますし、この商売をこれからも続けていくことを考えれば無下にもできない話かもしれないが… それにしてもいろんな業者を使ってらっしゃるが、どうしてウチなんでしょうね。ご存知のとおりウチは仕事に自信はあるが業績もよくないし、おたくのようにしっかりとした会社組織でもないし、ホントにうまくいくんでしょうかね? まぁ少し考えさせてくださいよ。私も相談しなきゃならない人も多いので。」
- 買い手 ロ社の顧問経営コンサルタント ロ社の社長に対して
- 「私が御社のコンサルティングを始めてから1年になります。この間の発見事項と改善の必要な点をお話ししたいと思います… 御社は元売り先との関係が良好なため、燃料商品の仕入値は安定的に推移しています。財務状況も資産負債のバランスが良いので、金融機関からの『借入を増やしてほしい』というラブコールも多く、理想的な取引関係といえます。また社内体制についても、業界内では先進的なIT システムを導入され、残業代の削減と同時に政府の主導する『働き方改革』の方向性に見合った人事管理も進んでいることは高く評価されます… 一方で商品販売に関しては、外注しているLP ガスの配送コストが最大のネックです。一般的に“安定配送”を主張する配送業者の立場のほうが、企業規模や体力で勝る供給業者よりも強い業界であることは理解していますが、このままの状態では取引環境の変動によって、稼いだ分がすべて外注コストに消えることにもなりかねません。ぜひとも早期に配送業務に関して内製化されることを強くお勧めします。」
❶背景、経緯
◎ 石油・ガス販売を手広く営むロ社の社長は、業界の旧弊を憂いて近代的な経営を進めており、大手シンクタンクの顧問コンサルタントからは「外注しているLPガス配送業務を内製化して、経費の削減と業務効率化を図るべし」との指摘を受けていた。同社長はかねてより、競争の激化によって業績は下降しているものの、下請けとしてLPガス配送業務を請け負っていたイ社社長の手腕に注目していた。まずは誠意を示すことが大事と考え、ロ社社長は直接イ社社長本人にM&A の意向を打診した。
◎ 当初ロ社社長は、協働による業界の体質改善への期待感や、ITシステムの共用による業務の合理化など、高い志と理詰めでイ社社長に迫って理解を求めたが、むしろイ社にとってこのような施策は士気の低下につながるとの反発を受け、納得には至らなかった。また金額面でも両者の思惑が相当かい離していたため、議論が前に進まない状態が続いていた。
◎ 両社ともある銀行の同じ支店と取引があったため、状況に窮したロ社社長はその銀行の支店長に仲立ち(交渉への同席)を頼み、徐々にお互いの希望や不安を伝え合う雰囲気を作っていった。その後1 年近くを要したが、優先事項や取引形態について双方が歩み寄ることとなり、最終的に売り手から買い手に従業員と事業一切を事業譲渡する条件で契約書が調印された。さらにその1カ月後に、公正取引委員会からの不勧告通知を受領(当時。平成18 年1月4 日より独占禁止法において勧告制度は廃止され、意見申述等の機会の付与といった事前手続を経たうえで、違反行為があるときは直ちに排除措置命令が下されることとなった)することで、クロージングに至った。最初のアプローチから約1年半が経過していた。
❷このエピソードの特徴と問題点
◎ LPガス業界は供給業者(本ケースにおけるロ社)と配送業者(同イ社)の役割が明確で、通常前者の規模は比較的大きく、後者は零細企業が多い。今回もその構図が当てはまるケースで、安定配送を武器に力関係はむしろ配送業者が強く、外注費用がかさむことが供給業者の慢性的なネックである。
問題点① 経営スタイルの違い:企業規模の違いもあり、両社の経営手法は相当異なっていた。「株主=経営者=トップセールスマン」であるイ社社長は、物事をすべてトップダウンで決裁するスピード感を優先し、属人的に会社を運営していた。一方ロ社は社長が音頭を取って、最先端の経営手法の導入を進めながら、組織の活性化と強化を重視していた。こうした経営スタイルの違いから、お互いの主張がかみ合わず、議論がこう着していた。
問題点② 軽視されていた内部管理:イ社の最優先課題は、他社を圧倒するサービス提供による営業力の強化であった。一方で経理・財務面では、仕訳や減価償却など会計情報が正確性を欠き、客先への過剰な接待や従業員の引き留めのために経費を水増しして資金を捻出するなど、資産・負債内容に不明瞭な部分が多かった。このほか、会社の都合で社会保険料の負担や支払いを変更したり、業界慣行との理由から取引契約書がほぼ存在せず、口頭での約束によって業務を提供したりしており、内部管理が機能していなかった。
❸問題点への対応
◎ 当事者間での話し合いに限界が見えた場合、客観的な見方ができる第三者の関与は状況を大きく改善する効果がある。本ケースは買い手の業務効率化と事業拡大、売り手の業績不振の解消と事業存続という、双方のニーズが一致するケースであったが、経営手法や優先事項の大きな違いが前向きな話し合いの障害になっていた。当事者同士では自説を相手に納得させることに腐心するため、ともすれば感情的なやりとりに終始してしまう。今回は取引のある銀行の支店長という、両社のことをよく理解している第三者の介在によって、両者の主張をまとめることができた。
◎ イ社の財務内容や内部体制を整備することは難しく時間もかかるため、ロ社への事業譲渡とし、譲渡完了後の一定期間内にイ社を清算して将来的な偶発債務の発生を抑えた。従業員は全員引き継がれ、給与の引上げや研修機会の提供など、処遇の改善によって譲渡後の引き留めにも配慮した。
❹成功のためのポイント
◎ 当事者同士で話をまとめることは望ましいが、親密であるためにかえって十分な要求ができない、感情的になってしまうなど弊害もある。それゆえ客観的な第三者の存在が必要となるが、取引の規模や内容次第では、M&A アドバイザーの起用ではなく、このケースのように売り手と買い手をよく知っており、双方の話をまとめられる中立的な人物(銀行のほかにもたとえば業界団体の長や専門家など)に関与してもらう解決策もある。
◎ かつて「余剰生産設備の整理統合による合理化」という業界再編論を掲げて同業者に買収を迫ったものの、失敗に終わった大手企業の事例もあった。大企業でさえも “情”が“理”に勝るのがM&A の現実であり、ましてや中小企業における交渉は、財務数値や成長率を議論の前面に押し出すと例外なく強い拒否反応にあう。買い手は理屈で説得しようと試みるよりも、三顧の礼で自社に迎える気持ちで、売り手側の目線に合わせて交渉を進めていくことが肝要である。
◎ 本ケースにおけるイ社社長のような、“たたき上げ営業マン”の売り手経営者(兼オーナー)と折衝する場合、業績や決算の内容よりも営業活動の評価に重きを置くべきである。一方で数字面の客観性も大事なため、本ケースでは第三者の介入で議論が前進し始めたタイミングから、イ社社長が信頼する顧問税理士に常時交渉の場への同席を求め、専門的な解説を行ってもらうことにより、企業の静態価値(売却時点の客観的な企業価値)を譲渡価額算定の根拠とする同意を得られたことが、成功の大きな要因となった。
税務・会計の観点から
1.事業譲渡とは
事業譲渡は、事業に係る資産及び負債の譲渡となり、事業譲渡の譲渡価額と、譲渡した資産(のれんを含みます。)及び負債の純額との差額が事業譲渡の損益になります。従業員も個別に承継することになりますが、譲渡元の会社を退職し、譲渡先の会社に新たに雇用されることになります。したがって、原則的には譲渡元で個々の従業員に対し、退職金の支払いが必要になります。ただし、事業譲渡の譲渡条件により、事業譲渡により譲り受けた従業員の退職金について、事業譲渡前の在職期間などを勘案して算定する旨を約し、事業を譲り受けた者がこれに伴う負担を引き受ける場合もあります。事業譲渡の譲渡価額からその退職給与債務引受けに係る額を控除した額が実際の事業譲渡の譲渡価額になります。
なお、消費税の取扱いは、譲渡対象資産を課税資産と非課税資産として区分して課税することになります。譲渡対象資産に土地がある場合には、土地に対する譲渡価額は、非課税売上になります。有価証券及び金銭債権がある場合には、有価証券及び金銭債権の額の5%が非課税売上になり、事業譲渡者の課税売上割合が低下するため、消費税の税金計算に影響しないかの確認が必要です。なお、のれん(営業権)も課税売上として、消費税の課税対象になりますから、注意が必要です。
2.事業の譲受け
事業を譲り受けた会社は、資産及び負債を時価評価したうえで承継します。取得した固定資産については、中古資産を取得した場合の見積り耐用年数で減価償却をすることができます。また、取得した資産が10 万円未満又は使用可能期間が1年未満の少額固定資産については、事業供用事業年度に損金算入することができます。さらに一括償却資産の損金算入、中小企業者等の少額減価償却資産の取得価額の損金算入の特例も、時価評価後の価額(通常は帳簿価額)での適用ができます。
実際の譲受価額と譲り受けた資産及び負債の会計上の時価評価額との差額は、会計上、のれんとして認識されます。原則として20 年以内にその効果の及ぶ期間にわたって定額法などにより規則的に償却されます。差額がマイナスとなる場合には負ののれんとして、のれんが生じた事業年度の利益として一時処理されます。
一方、税務上は、会計上の「のれん」の償却額を損金算入することはできません。税務上は、事業譲受けの譲受価額と、譲り受けた資産及び負債の税務上の時価評価額の純額との差額を「資産調整勘定」「負債調整勘定」として認識します。事業譲渡により譲り受けた従業員の退職給与について、事業譲渡前の在職期間などを勘案して算定する旨を約し、これに伴う負担を引き受けた場合におけるその退職給与債務引受けに係る金額は、一定の要件を満たせば退職給与負債調整勘定として認識します。また、事業譲渡に係る事業の利益に重大な影響を与える将来の債務で、その履行が確定していないもののうち、事業譲渡後3 年以内における債務の額に相当する金額は、短期重要負債調整勘定として認識します。
ただし、これらが認識されるのは、移転法人の事業譲渡直前において営む事業であること及びその事業に係る主要な資産又は負債のおおむね全部が事業譲渡により譲受け法人に移転することが要件です。主要な資産が移転したか否かは、その経緯や譲受け法人における実態をみて実質的に判断されます。
「資産調整勘定」「負債調整勘定」は、60カ月にわたって月割りで、退職給与負債調整勘定は対象者が退職する際に、短期重要負債調整勘定はその損失が発生した際に、損金又は益金に算入します。
法務の観点から
1.偶発債務・簿外債務について
偶発債務とは、債務の保証、引渡済の請負作業又は売渡済の商品に対する各種の保証、係争事件にかかる損害賠償義務、先物売買契約、受注契約その他現実に発生していない債務で将来において当該事業の負担となる可能性のあるものをいうと定義されます(財務諸表等規則取扱要領第146)。
簿外債務とは、貸借対照表上に記載されていない債務の総称であり、偶発債務を含む概念です。
偶発債務・簿外債務の発見は、財務デューデリジェンスにおける重要課題ですが、法務デューデリジェンスにおいてもその発見と処理が重要となります。
法務DD においては、未払労働債務、債務保証、損害賠償責任、非上場企業におけるデリバティブ取引等がしばしば問題となります。
偶発債務・簿外債務についての法務上の対応としては、法務DD で発見に努めることを前提として、最終契約書の中で、明らかにされたもの以外に偶発債務等が存在しない旨を売主に表明保証をさせるとともに、取引後に偶発債務・簿外債務が生じて買主が損害を被ることとなった場合には当該損害を売主が買主に対して補償する旨を定めることや、買収価額の設定において偶発債務・簿外債務を評価したうえで取引金額を減少させる等の調整を行うといったものが考えられます。
偶発債務・簿外債務のリスクが大きい場合には、株式譲渡や合併といった偶発債務・簿外債務を引き継ぐ手法ではなく、これらを引き継がない会社分割又は事業譲渡の手法を選択するということも考えられます。
本ケースにおいても、将来的な偶発債務の発生を抑えるべく、事業譲渡が用いられています。
2.液化石油ガス事業と許認可等
液化石油ガス(一般にLP ガスやプロパンガスとよばれています。)に関しては、液化石油ガスの保安の確保及び取引の適正化に関する法律(液化石油ガス法)等により、販売に登録が必要であるほか、貯蔵量と供給形態によって必要な許認可や届出が異なってきます。
本ケースでは、ロ社は石油・ガスの販売事業を営んでいますが、許認可関係が複雑なところですので、イ社固有の許認可等を調査確認するとともに、本ケースでは事業譲渡が用いられていることから、イ社固有の許認可等が存するのであれば、買主であるロ社側でクロージング日までに当該許認可の取得等の手続を完了させる必要があります(なお、液化石油ガス販売事業者、又は液化石油ガス器具等の製造・輸入を行う事業者が、その事業の全部を譲渡する場合は、その事業を譲り受けた者は、会社分割や合併の場合と同様、液化石油ガス販売事業者の地位を承継します。液化石油ガス法10 条、42 条。都市ガス事業者に適用されるガス事業法も、同様に承継規定を設けています。同法8 条、43 条、73 条、87 条、141 条)。⇒第4 章Ⅱ ⑹ 参照
3.M&Aと独占禁止法の規制
比較的規模の大きいM&A は、特定の市場における競争に影響を与えるおそれがあります。そこで、独占禁止法(私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律)は、一定のM&A について、次のような規制を設けています。
① 実体規制
M&A による企業結合が「一定の取引分野における競争を実質的に制限することとなる場合」や企業結合が「不公正な取引方法による場合」は、企業結合そのものが禁止されており(独禁法10 条1 項(会社による株式取得)、15条1項(合併)、15条の2第1項(会社分割)、15条の3第1項(共同株式移転)、16条1項(事業譲受け))、違反した場合は公正取引委員会において排除措置を命ずることができます(同17条の2。なお、これらは、個々の市場における競争の実質的制限を問題として企業結合を規制するもので、市場集中規制とよばれます。)。
どのような場合に企業結合が規制の対象となるかについては、公正取引委員会による「企業結合審査に関する独占禁止法の運用指針」に詳細に説明されています。
②届出規制
次の要件①に該当する会社が要件②に該当する会社の株式を取得しようとする場合において、要件③に該当することとなった場合には、公正取引委員会に事前の届出が必要となります(株式取得の場合、同10条2~7項)。
- 株式を取得しようとする会社及び当該会社の属する企業結合集団に属する当該会社以外の会社等の国内売上高の合計額が200億円を超える場合
- 株式発行会社及びその子会社の国内売上高の合計額が50 億円を超える場合
- 株式発行会社の株式を取得しようとする場合において、株式発行会社の総株主の議決権の数に占める届出会社が取得の後において所有することとなる当該株式発行会社の株式に係る議決権の数と届出会社の属する企業結合集団に属する当該届出会社以外の会社等が所有する当該株式発行会社の株式に係る議決権の数とを合計した議決権の数の割合(議決権保有割合)が新たに20%又は50%を超えることとなる場合
ただし、合併又は分割により上記要件に該当することがあるときは、「合併に関する計画届出書」等の所定の欄に当該事項を記載することにより、事前の届出書の提出は不要となります。
本ケースでは、買い手であるロ社の国内売上高は215億円ですが、売り手であるイ社の国内売上高は50億円以下(2億円)ですので、事前の届出は不要となります。
まとめ
- こう着状態では、中立的立場の人の意見が打開の切り口に。
- 「相手の立場に立って、物事を考えて対処する」ことは、M&Aでも“イロハのイ”。
- 会社法や民法以外の法律も頻繁に登場するのがM&A(独占禁止法、外為法など)。