中国商務省は、米中協議ですでに発動している追加関税を段階的に撤廃する方針だと発表した。最近は、電子部品デバイスの生産に反転のシグナルが点灯し、株価も上昇してきた。本当に米中貿易協議がうまく部分合意できれば、マクロの景気は2020 年にかけて好転していく見通しに変わってくる。2020 年は夏に東京五輪があり、その後の反動減も気になるが、その反動も急激に襲ってくるものではないだろう。消費増税による過度に慎重な見方も修正したい。

米中摩擦
(画像=PIXTA)

制裁関税撤廃と生産・株価

11月7日に中国商務省は、米中両政府がすでに発動している制裁関税を段階的に撤廃することで合意したと明らかにした。これが、本当であれば、その効果は大きい。まだ米国側がそうした合意を認めていないので、少し幅を持ってみる必要があるだろう。

米中貿易協議におけるトランプ大統領の妥協について、振り返っておくと、トランプ大統領は、10月15日に予定していた30%への関税率引き上げを延期した(10月12日)。これまで25%を課していた部分をさらに30%に引き上げようとトランプ大統領が決めたのが、8月23日だった。威嚇姿勢がディールによって見直されたことが、市場心理に影響した。そして、11月は、対中制裁関税の 第4弾にあたる1,100憶ドル(9月1日に15%で開始された分)を取り下げて、さらに12月15日から予定される1,600憶ドルの撤回も視野に入っている。そこにさらに既存の制裁関税の撤廃が加わってくるかたちである。これらの合意は、12月に米中のトップ会談を経て行われる観測である。

こうした米中協議の前進に加えて、最近になって景気底入れのサインが様々なかたちで表われてきた。正確に言えば、これまで景気後退期ではなかったので、「底入れ」ではない。「再拡大」とする方がよいかもしれない。

第一生命経済研究所
(画像=第一生命経済研究所)

その代表格が、鉱工業生産統計における電子部品デバイスの出荷在庫バランスの好転である(図表1)。このサインは、ITサイクルが上向きになる兆候とみられている。過去、電子部品デバイスの出荷在庫バランスは、2015年6月に大底を迎えて、その後13か月後の2016年7月に出荷指数の前年比はマイナス幅がボトムを迎えて、それから上昇方向に移行している。丁度、2015年8月に人民元レートが切り下げられて、チャイナショックと言われた時期と重なる。

直近の電子部品デバイスの出荷在庫バランスは、2018年9~11月が大底を迎えている。そこから13か月後は2019年10~12月という計算になる。ITサイクルが最悪期から回復局面へとスイッチするタイミングが丁度現在(2019年11月)ということになる。これは飽くまでひとつの経験則である。

第一生命経済研究所
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さらに、日経平均株価も、10月初から上昇基調がはっきりしてきている(図表2)。10月1日に消費税率が10%へと引き上げられた直後であった。株価が24,000円台の山を迎えたのは2018年1月と10月に2回あった。今後の株価も、そのピークに並ぶかもしれないと思わせる。これは、NYダウが最高値を更新して勢いよく伸びる効果を追い風にしたものでもある。

米中貿易協議

日米株価が上昇しているのは、米中での貿易交渉がいよいよ部分合意しそうだという観測からだ。実は、この制裁見送りとITサイクルの変化は大きな関連がある。12月15日に予定される第4弾の残りの部分は、スマホ・パソコンなどのIT機器が含まれるからだ。対中制裁は、これまで米国自身にもショックが大きなスマホ・パソコンを対象にすることを避けてきた。そうやって除外してきた部分が第4弾には多い。だから、米中合意によってスマホ・パソコンが適用から完全に外れることになれば、ITサイクルが上向きに転じる力がより大きくなる。2019年秋から順次進んでいく5G対応へのインフラ整備に加えて、下押し要因がなくなることは、2020年入り後の電子部品の需要拡大には極めて大きな追い風となるのである。

ひとつ加えて言えば、それでも課題は残る。例えば米商務省が中国の大手IT企業などに禁輸措置を講じ、その一部を3か月間猶予している。11月はその期限であり、部分合意に好ましい落とし所が含まれるかどうかはわからない。米中貿易協議は、未だに部分合意であり、知的財産権・技術移転・産業補助金といった重要課題は未解決である。中国に立地された海外企業の国外移転もしばらくは続くだろう。ITサイクルが上向きになる勢いには、依然として制約が加わっていることは頭に入れておく必要がある。

消費税率引き上げのタイミング

今後、トランプ大統領は再選に必要な選挙戦の勝利に向けて、米中協議をもはやひっくり返さない。この前提に立つと、2020年中の製造業は、生産回復と株価上昇の追い風に支えられて好転していくことが予想される。

正直に言えば、筆者はこれまで少し悲観バイアスを持っていた。それは10月の消費増税によって一時的に消費は低迷して、2020年は消費税対策が打ち切られていくと、夏の東京五輪までは景気の勢いが続いても、秋からは五輪の反動によって景気は失速しかねないとみていた。

おそらく、多くのエコノミストは筆者よりも悲観的であり、10月の消費増税は最悪のタイミングで実施したと信じている。従って、景気再拡大を唱えることは、かなり楽観的とみられても仕方がないと思える。

しかし、2014年の消費増税と比べてみるとよい。当時は、景気拡大のモメンタムが最高のときに増税を実行した。その代わりに、反転減と景気サイクルの下方転換がシンクロしてしまって、低迷が長引く。今回は逆に、景気サイクルがボトムに近いところで消費増税を実行している。上方へのトレンドが2020年にかけて明確化する中で、悲観バイアスは消化されていくだろう。人々が良いと思ったタイミングが最悪に変わり、人々がまずいと感じたタイミングが良くなることは、人間の知性とは限定的な能力しかないと感じさせる。

2020年のリスク要因

2019年の景気は、「悪化する製造業と堅調な非製造業のコントラスト」という特徴があった。2020年の景気をどう見通すことになるであろうか。

まず、製造業は回復へと転じていくだろう。非製造業は、逆に慎重な見方に傾くと考えられる。理由は、消費増税の後遺症を大きくみるバイアスが根強くある中で、キャッシュレス還元などの対策が切れることを人々が警戒するからだ。2020年4-6月、7-9月と五輪効果によって、家電販売増やレジャー・飲食サービスが盛り上がるだろう。その反面、雇用・所得は2018年の企業業績が下押し材料となって、鈍い伸びになるとみられる。2019年にあった景気後退リスクは2020年には消えるので、景気の体感温度は少し高くなるだろう。

2020年といえば、東京五輪後の反動が気になる。確かに、過去の経験則からみると、各国とも五輪の年は経済成長率が鈍化していて、五輪後は経済低迷に苦しむことが多い。これは、米経済が大統領選挙の前年に景気拡大して、当年は景気がスローダウンするという要因と重なるからだという解釈もできる。今回も、米経済は大型減税の一巡によって成長率の見通しは鈍化する(2019年2.3%→2020年2.0%)。それでも、潜在成長率並みの成長ペースは維持する見通しである。

日本経済は、五輪需要の中で建設需要は2018年くらいが山になり、2020年にいきなり落ち込みにはなりそうにない。実質の公的固定資本形成も、2019年4-6月までのデータでは大きな盛り上がりは確認されない(図表3)。その分、見込まれる反動も大きくはないだろう。東京圏では、大型再開発が五輪後も続き、反動減を起きにくくさせる。五輪後の反動として、不動産市況が暗転するというシナリオもあるが、大型再開発はその不安を改善させる要因にもなっている。

第一生命経済研究所
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現在まで堅調な民間設備投資も、にわかに2020年夏を境に落ちていく理由は見当たらない。消費増税によって、中小非製造業にダメージが蓄積していることはあるが、それは2020年に一気に出てくるとは考えにくい。

むしろ、2020年のリスクは米大統領選挙に隠れているかもしれない。トランプ大統領の言動にも不確実性はある。仮に、民主党の候補者がエリザベス・ウォーレン氏になると、新しくウォーレン・ショックが起きるかもしれない。

そのほかでは、FRBが利下げを休止する状態から、2020年は利上げの意思表示をすることで株式市場に心理的ショックを与えることも考えられる。米国以外の地域での地政学リスクとそれに伴う石油上昇も注意しておくべき要因である。

2020年のリスクは、日本国内単独ではなく、海外からのリスクに別の国内要因が重なって景気や株価の見通しを悪化させることになるだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生