2018・2019年を席捲したタピオカミルクティーに注目してみたい。繁華街などに活発に出店する効果は、きっと地価を上げる作用をもたらしているだろう。タピオカ屋さんの原価率は低く、厚い付加価値の中から高額の不動産賃料を支払うことができる。デフレを払拭する隠れた作用がいくつもあるところがおもしろい。
(注)本稿は、毎日新聞HPの経済プレミアに寄稿した内容を拡充したものである。
タピオカの分析
タピオカ・ブームは2019年を象徴する出来事だ。2018年も大ヒットしていて、今年は終わるかと思っていた。予想に反して、需要の据野はもっと広がった。その経済効果として注目するのは、地価に対する押し上げ効果である。目抜き通りにタピオカ屋さんが集中して出店していたり、商店街の空き店舗を出店したタピオカ屋さんが間借りしたりする。高い賃料でも、タピオカ屋さんが出店してくれるから、その商業地の地価が下がらずに維持される。
では、なぜ、タピオカ屋さんが、地価が高い目抜き通りにも出店できるのだろうか。なぜ、渋谷とか原宿のような人気のあるエリアに次々にタピオカ屋さんが集合できるのだろうか。
この秘密は、原価の構造にあると分析できる(図表)。高額の賃料は、固定費である。渋谷や原宿に出店すると、当然ながら固定費も大きくなる。この費用を回収するには、売上によって生じる利益(粗利)が増えやすくなくてはならない。立地条件の良い場所に出店すると販売数量が増えやすく、1杯当たりの利益(変動利益)が大きいから、売上によって生じる利益も大きくなりやすい。
タピオカミルクティーの原価率(売上原価÷売上)は10~30%とされる(人件費を含まず、1杯50円という説もある)。この比率が低いということは、粗利率が高いということになる。繁華街の目立つところにタピオカ屋さんが出店するのは、来店数が多くなることを期待してのことである。例えば、1杯が600円のタピオカミルクティーを1 時間に平均100杯販売したとすると、原価率が30%だとして粗利は42,000円になる。1か月の営業時間が300 時間として、1か月間の粗利は1,260万円という計算だ。これならば、1か月の賃料が200万円でも支払えそうに思える。販売数量×1杯当たりの利益=粗利を大きくしやすいから、高い賃料(固定費)を支払ってでもペイするのだ。
タピオカ屋さんの収益構造を類推してみると、高い賃料を支払っているほかに、固定費としてアルバイトの人件費や支払利息なども負担している。業界の平均的な支払利息などの比率を使って計算すると、経常利益率は実に30%となる。不動産賃料が1か月200万円と聞くと、いかにも高額に思えるが、付加価値(粗利)に占める割合は約16%となって、飲食サービスの中小企業の平均値とほぼ同じになる。つまり、粗利が厚くなると、人件費や賃料が高額になっても十分にやっていけるという訳だ。
なぜ、タピオカ屋さんが繁華街に多くみられるかという理由はそこに顧客が集まりやすいからだ。仮設の数値例では、損益分岐点売上高比率が57%となっている。これは、わかりやすく言えば、1時間に平均100杯のタピオカミルクティーを売っているとき、57杯目で固定費を回収して、58杯目より多く売ればそれが丸々経常利益になるという理屈である。タピオカ屋さんが、この2,3年間で急増した理由は、事業者が儲けた利益を活発に出店に再投資したからである。
高付加価値のビジネスが生まれると、地価が上昇し、投資が積極化することが、タピオカ屋さんの例からよくわかるはずだ。タピオカ屋さんには、デフレを脱却するための様々なアイデアが隠されていて、そこから私たちが学ぶことは数多くある。
タピオカ屋さんの波及効果
集客力のあるタピオカ屋さんが商店街に出店してくることは、別のお店にも恩恵がある。その地域に人が集まり、周囲の店でも来客数が増えると考えられるからだ。商店街の活性化策として、「中心の200mエリアに人気店を集めろ」という話を聞いたことがある。中心エリアに人が集まることで、中心以外の商店も来客数が増えるからである。
また、目抜き通りのタピオカ屋さんをみたとき、その近所に同業他社がいくつも出店していることに気付く。ラーメン屋さんにも同じ傾向があり、特定エリアに競合店が集まることがある。これを集積効果という。
なぜ、集積が起きるのかは、商品・サービスの特性によって集積メリットがあるからだ。タピオカ屋さんをよく知っている人は、お店によってタピオカの品質・味に違いがあることがわかるだろう。タピオカ好きの人は、集積地域に行けば、飲み比べができる。長い行列に並ばなくても、いくつか目指している種類を飲むことができる。愛好者にとってタピオカ飲料が「みんな違ってみんな良い」と感じられるからだ。だから、タピオカ屋さんはそうしたニーズを知って、目抜き通りに集積するのである。
結局、タピオカ屋さんが数多く出店してくると、別のお店の利益も増える。それは、地域全体の賃料と地価を上げる効果もあるということだ。
タピオカブームは終わるか?
タピオカのブームは、台湾からやってきた。2015年頃から台湾系のチェーン店が活発に日本に上陸してきた。よく考えると、タピオカの原料のキャッサバは南米産である。お茶のところに台湾企業の競争力の源泉があるのはおもしろい。
一般的に、日本は企業が海外から参入しにくいとみられているが、タピオカブームは例外的に海外資本の直接投資の増加となり、日本国内の需要押し上げにも寄与したと考えられる。また、海外企業の新規出店だから、そこで新しい雇用創出も行われる。非正規労働者が中心とみられるが、出店数が多いだけにその効果は労働需要を大きく増やしたと考えられる。このブームが長続きするほど、デフレ解消の効果が広く及ぶことになる。
反面、街のタピオカ屋さんが急増すると、かえって消費者が飽きることでブームが早く終わるのではないかと感じさせる。しかし、まだ行列が長い光景をあちこちでみるので、これは超過需要がある証拠と言えるだろう。経済学では、行列ができることは価格が安すぎることを意味する。供給能力を上回って消費者が買いたがっているので、その人達が供給を時間をかけて待つ(=行列をつくる)のである。行列がみられる間は、タピオカブームは長続きするということだろう。
筆者の経験では、前述のとおり、あちこちに増えたタピオカ屋さんの間では微妙に味が違っている。すでに、味によって、お客の繁忙に差が生じている。今後、起こりそうな変化はブームが終わるというよりも、タピオカ屋さんの中での淘汰が進むことだろう。需要が減るのではなく、品質が低い店の供給が減っていく方が先だと考えられる。
そうした競争圧力は、きっと品質向上の努力をタピオカ屋さんに求めることだろう。原価率が低いのだから、少しでも材料や加工法に費用をかけて品質を高めることで、生存競争を勝ち残ろうとする。そうした品質向上が活発化すると、需要は減りにくくなり、長続きする。
タピオカミルクティーの購買層は、10歳代の中高生から始まり、30~40歳代の女性へと広がっている。アーリーアダプター(初期採用者)から、アーリーマジョリティ(前期追随者)へと移っていることを示す。それが、レイトマジョリティ(後期追随者)などへと移った時にブームは終わることが多い。こうした枠組みからみて、市場がすでに成熟化に進んでいることは間違いない。
タピオカの次を狙う
筆者の予想では、タピオカブームが終わるのは、それに取って替わる次のブームが到来したときである。タピオカはすでに3次ブームであり、以前のブームから様々な人気スイーツが登場しては消えていった。
過去を振り返ると、第1次のタピオカブームは1992年頃に起こった。その前のバブル期は、1990年にティラミスやプレミアムアイスクリームがあった。第一次タピオカブームの後は、ナタデココ、パンナコッタ、カヌレ、ワッフル、ロールケーキ、シナモンロール、クリームブリュレ、生チョコ、マカロン、マンゴープリンと人気スイーツの主役は入れ替わった。人気のお笑い芸人が浮かんでは消えていったのに似ている。筆者はスイーツの変遷と同時代を生きてきて、平成時代と重なる約30年間に、スイーツブームがほぼ1・2年の期間で主役を取り替えてきたことを思い出す。
経済学では、こうした変化をイノベーションと呼ぶ。1種類の成功が、別のスイーツ業界に次なる成功を夢見させて、創意工夫を促すことになる。興味深いことは、イノベーションが従来になかった需要を次々と掘り起こすことだ。 2020年のスイーツ・イノベーションは、海外のヒット商品が日本に上陸してくることで起こるかもしれない。タピオカミルクティーは、まさに台湾のイノベーションが日本に伝播したものだ。この次は、やはり同じく、台湾発のチーズティ、豆花、あるいはタロイモティーではないかという見方もある。世界中のスイーツの中からも、タピオカの次を狙った日本上陸が起きそうだ。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生