先週(18日週)はグローバル情勢を見ている立場である我々にとってみると実に様々な急展開が生じてきた。たとえば香港政府が超法規的措置を可能にする「緊急状況規則条例」を半世紀ぶりに発動することで施行した「覆面禁止規則」に対して香港高等法院が18日(香港時間)に違憲判決を下した。これに対して中国の国会に相当する全国人民代表大会の常務委員会が重大な懸念を表明したのである。実は中国政府が香港に人民解放軍の特殊部隊を既に侵入させているという話が非公開情報ベースで入ってきているのだ。かつてないほどに香港情勢は緊張しているという訳だ。

米,イラン,関係
(画像=danielo/Shutterstock.com)

そのような中で我が国において相対的に報道頻度やその分析の深さが浅いのがイラン情勢である。ある意味ではイラン情勢こそ先週に最も大きく動いたのであり、これを無視してはならないのは原油マーケットにおける同国の重要性を考慮すれば明らかである。実はそれだけではないというのが卑見である。本稿は実は深刻な変化を迎えているイラン情勢を分析する。

そもそも先月(10月)になってからもイラン情勢は激しく動いてきた。同11日(テヘラン時間)にはイラン国籍の石油タンカーが紅海で爆発が生じた。これを受けてイランとサウジアラビアの対立が激化したことは記憶に新しい。

(図表1 先月11日にミサイル攻撃を受けたとするイラン国籍の石油タンカー)

先月11日にミサイル攻撃を受けたとするイラン国籍の石油タンカー
(出典:日本経済新聞)

他方でその前に当たる7日には米軍がシリア北部からの撤退を開始し、それに呼応するかのようにトルコ軍が動き始めたのだった。この問題はトルコとクルドの問題であるかのように“喧伝”されているが、そのようなことは全くないのである。なぜならばクルド人は中東の様々な地域に分布しているのであって、彼らが動き出せば必然的にイランやイラクにまで影響を及ぼすからだ。

(図表2 中東におけるクルド人の分布)

中東におけるクルド人の分布
(画像=出典:ABC News)

こうした中で早速今月頭になってイラクで暴動が頻発しており、更にこの内イラク中部にあるカルバラという都市で生じたデモ活動ではイラン総領事館が襲撃を受けたのだという。この襲撃が生じたのはイランとの距離感を巡り同じシーア派の間で路線対立があったからなのであるが、そこからの動向が非常に怪しいのである。すなわちイランは6日(テヘラン時間)になるとフォルドゥにある核施設においてこれまでの核合意に違反する形でウランの濃縮活動を再開させたものの、10日になるとやおら南西部にあるフゼスタン州において530億バレルもの埋蔵量があるという大規模油田が発見された旨公表したのだ。

米国の専門家は実際の埋蔵量を大きく誇張したもので実態としてはそのせいぜい5パーセント弱と算出しているのだが、その真偽はともかくとしてそもそもこの発表の直前に自分から核合意を破っているのであり、そのために米欧がこの油田の開発に乗り出すはずがない。無論いくら最近特にイランへ接近している中国であっても核合意という国際合意がある以上、それを破ったイランに平気で接近するというのは考えづらい。したがってこれには何らかの別の意図があると考えるべきなのである。

その意図が何であるかに答えるのは一旦置いておいて、以降の進展に改めて触れるならば、去る15日に突如としてイラン政府がガソリン価格を最大で3倍に上昇させたことを受けて全国規模でデモ活動が生じたのだ。

その上、イラン系インテリジェンス機関であるイラン情報省がイラクにおいて行ってきた非公然活動(covert action)を巡る報告書を米独立系ネット報道媒体であるThe Intercept及び米有力紙であるThe New York Timesが入手しやおらこれをリークしたのだ。匿名の情報源から得たという700通を超える報告書を通じて、様々な論点が俎上に載せられたが、去る2000年代前半における米軍のイラク統治においてイランが如何にそれを阻害したのかに加え、2014年の米軍が主導した対イスラム国(IS)掃討作戦に全くもって並行する形でイラン軍もイスラム国(IS)掃討を行ってきたことがリークされたのだ。

米国は今年(2019年)11月で在イラン米国大使館人質事件が40周年を迎えたこともあり新たな経済制裁を筆頭にイランに対する強硬措置を改めて取ってきた上、去る19日には米空母打撃群をペルシア湾に派遣しているという。しかし今回のリークがもたらしたのは、ISとの戦闘を筆頭にイランが必ずしも反米であるわけではないとの姿勢を同国が“喧伝”している点であり、米国、特に米民主党にとってはむしろトランプ米政権を批判する道具になり得るという点だ。同党に近いとされるThe New York Timesがこのリークに関わったことからもそれが推察されるのであって、逆に前述したイランが大規模油田の発見を“喧伝”したのも米国への呼び水であると考えれば納得が行くのである。

むしろこれらの事態を受けて大きく影響を受けているのは実はイスラエルであることにも付言したい。去る20日にシリア領にあるイラン軍の関連施設を空爆した旨イスラエルが公表しているが、米軍がシリアから撤兵したことはイスラエルにとって却って防波堤となってきた米軍がいなくなったという意味で、安全保障上のリスクが俄かに上がっているのである。その上、3度目の総選挙を迎えたのに加え、ネタニヤフ首相がいよいよ起訴されてしまったのだ。

これに伴い早ければ年始以降にも米イラン間で大きな変化が生じる可能性がある。それに伴い原油マーケットにも大きな動きがあっても不自然ではない。前述したイランのリークの中にはイランが対サウジアラビアのためにエジプトのムスリム同胞団に接近していることが記載された文書があったのだが、それはサウジアラビアだけでなく、イスラエルをも包囲することに留意しなければならない。中東の激動は近づいている。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。