「ここで買えば間違いない」~逸品ぞろいの食料品店
街でよく見かける累計200万個が売れたトートバッグ。そこには「DEAN&DELUCA」の文字が。女性に人気の店の名前だ。
東京・六本木の商業施設、「東京ミッドタウン」の中に「ディーン&デルーカ 六本木」がある。スタイリッシュなラックに商品がビッシリ並び、そこにはトートバッグも。長い行列の先にあったのは色とりどりの惣菜売り場だ。
「スモークサーモンのレアグリル ハーブラビゴットソース」(100g920円+税)は酸味を効かせたソース仕立て。牛肉を薄切りにした「牛もも肉のタリアータ パルミジャーノ添え」(100g920円+税)にはイタリア産チーズがたっぷり。こんな凝りに凝った惣菜が常時40種類以上並んでいる。
評判を呼ぶおいしさの秘密はショーケースの後ろにあった。店内に厨房があり、調理スタッフが手作りしている。だから出来たてのおいしさが味わえる。
惣菜の中でも一番人気の商品を調理していた。深めの容器にミートソースを延ばして入れ、その上に平らなパスタ、さらにホワイトソースを。この作業を繰り返してオーブンで20分、イタリア料理の「ラザニア」が焼きあがった。カットすれば24層のパスタやソースが現れる。
「『ラザニアを食べている』という食べ応えがあります」(六本木店セカンドシェフ・田中康平)と言うように、1ピース約950円+税という値段だが、男性でも一人では食べきれない程のボリュームだ。
惣菜の他に売られているのは、フランスやアメリカのワインやシャンパン、イタリア直輸入のチーズなど、厳選された商品ばかり。「ディーン&デルーカ」は世界中から4000種類もの美味しいものだけを集めた「食のセレクトショップ」だ。
「これは失敗したなということがない」「安心して買える」と、客は口をそろえる。
ヒット商品を発掘する7人のバイヤー~ライバルとの違いは?
評判を呼ぶ品ぞろえの鍵を握るのはバイヤーだ。7人で世界中を飛び回り商品を発掘。会議を開き、棚に置くかどうかを決めている。
東京・目黒区の碑文谷オフィス。この日はバイヤー歴15年のチーフバイヤー・宮嶋真志が見つけてきたチョコレートが選定の対象。イタリア北部・ピエモンテ州のチョコレートの町で10軒の工房を訪ね歩き、「ボドラート」という工房でやっと見つけた、日本では見かけない手作りチョコレートだと言う。
そのチョコレートにナイフを入れると、中から溢れ出したのは、イタリアのアルコール度数の高い酒、グラッパ。この意外性に惚れ込んだという。他のスタッフの評価も「味は間違いない」と上々だが、味はよくても簡単にゴーは出ない。この会議を通り、実際に商品化されるのはわずか3割程度だ。
「バイヤーのみんなはおいしいものしか持ってこないので、そこから先のストーリーや、作り手の気持ちをひっくるめて決めています」(ブランド統括・田中大資)
厳しいふるいを通り抜けたバイヤー発掘ヒット商品・ベストスリーは――
第3位「ピスタチオクリーム」(1600円+税)。イタリア産のピスタチオを使った甘くて濃厚なナッツクリーム。パンにつければ極上スイーツに早変わり。
第2位「キャンディバッグ」(600円+税)。スペイン・バルセロナ生まれのお菓子で、手軽なプレゼントとして買っていく人が多いそうだ。
第1位「ブラックトリュフソルト」(30g1200円+税)。高級珍味のトリュフとイタリアの天然塩を合わせた調味料。いろいろな料理を簡単においしくしてくれるという。
また、「ディーン&デルーカ」では、頼めばほとんどの商品が試食できる。看板商品の一つ、生ハムも試食可能。塊で売っている生ハムをその場でスライスしてくれる。一番おいしい切りたてを試食し、買って帰ることができるのだ。
「ディーン&デルーカ」を展開するウェルカム代表・横川正紀は、同店とライバルとの一番の違いについて、「簡単に言うと、百貨店でもなく、一貨店(専門店)でもなく、しっかりセレクトされた『十貨店』のようなお店です」と言う。
「ディーン&デルーカ」はニューヨークの生まれ。イタリアを中心とした世界の食材と高級惣菜を扱う新しいスタイルがニューヨーカーに愛された。それを日本に持ち込んだのが横川だ。2003年に「ディーン&デルーカ」とライセンス契約、日本で展開している。16年間で店舗は49まで増え、昨年の売り上げは116億円と、過去最高を叩き出した。
その一方で、本国アメリカの「ディーン&デルーカ」は現在、存続の危機にある。ニューヨークにある本店の扉は閉ざされ、張り紙には「一時閉店」の文字が。今年10月、アメリカ全土の店舗が営業停止という事態に陥っているのだ。
日本での躍進について、店の名前の由来にもなった創業者ジョルジオ・デルーカは、「日本で展開していなかったら、ディーン&デルーカの全てがダメになっていたね。なくなっていたかもしれない。日本の店はよくやったよ。上出来だ」と語っている。
ニューヨーク発の食料品店~日本で大人気の理由
「ディーン&デルーカ」が新店舗を出すと、熱狂的な大歓迎を受けると言う。
神奈川・川崎市「新百合丘オーパ」。「ディーン&デルーカカフェ 新百合丘オーパ」のオープン当日にも長い行列ができていた。この店舗は食材などの品揃えは少な目で、イートインが中心のカフェの形態。「ディーン&デルーカ」の49店舗中29店舗はこうしたカフェのスタイルをとっている。
「まさか新百合ヶ丘にできるとは思わなかった。お洒落な街にあるイメージだったので」と、地元の人たちはこの出店に驚きと興奮を隠せない。
カフェには他では見かけないパンも並ぶ。病みつきになる甘さで大人気の「シナモンロール」(360円+税)、いちじくが贅沢に乗った「いちじくチャイマフィン」(350円+税)、クッキー菓子のオレオを使った「クラッシュチョコレートマフィン」(340円+税)……。これらのパンは自社のパン工房で作っている。
新百合ヶ丘への出店は、その集客力を見込んだ商業施設の方からの誘致だった。
「目の肥えたお客様に満足していただける店を持ってこれたのが、一番うれしいことです」(「新百合丘オーパ」館長・田中興一郎さん)
横川は1972年、外食チェーン「すかいらーく」の創業家に生まれた。父親は創業した4兄弟の一人、横川紀夫。カンブリア宮殿にも登場した外食レジェンド、「高倉町珈琲」会長の横川竟は伯父にあたる。
「『すかいらーく』は父が4人兄弟で経営していたので、家族、血縁は入社させないという決まりがあった。子供のころから入社することはないと思っていました」(横川)
大学の建築学科でデザインを学んだ横川は、卒業後、アメリカ資本の大手インテリアショップに入社。その後、2000年にウェルカムの前身、ジョージズファニチュアを設立。アメリカから直接仕入れた家具や小物をそろえた日用雑貨の店「ジョージズ」をオープンさせた。さらに翌年には東京の一等地・青山に高級家具の店「シボネ」をオープン。外食とは違う道を進んだ。
転機は2002年。大手商社からアメリカの食材店「ディーン&デルーカ」を日本でやってみないかという話が持ち込まれた。それはジョエル・ディーンとジョルジオ・デルーカが、世界中の本当においしいものを見つけ出して販売する、新しいスタイルの店だった。
横川はアメリカに渡り、ニューヨークの本店を視察。そこで衝撃を受けたと言う。
「料理を毎日するわけでもない自分が料理をしたくなる、このワクワクした食材店は何だ、と。単純にこの店が日本にあったら喜んでもらえると直感しました」(横川)
そして2003年には東京・丸の内に「ディーン&デルーカ」の日本1号店をオープン。店内にはアメリカから直輸入した100種類もの高級食材を並べ、ポップもニューヨークの店と同じ英語表記のものを使った。
きっかけは蕎麦?~アメリカの創業者からのアドバイス
まさにニューヨークの「ディーン&デルーカ」がそのまま日本に来たような店作りは話題を呼び、オープン直後から客が殺到した。ところが、客は入っているのに食材は売れない。売り上げは上がらず、資本金を食いつぶしながら3年が過ぎた。
悩んだ横川は、藁にもすがる思いで創業者の一人、デルーカにアドバイスを求めた。すると、彼が言ったのは「君の店に蕎麦は置いているのかい?」だった。横川は何も答えられず、押し黙ったと言う。
デルーカは業績が悪化する前に「ディーン&デルーカ」から離れ、現在はニューヨークで小さなレストランを営んでいる。
「そうそう、蕎麦を置け。蕎麦の棚を作るようにと言ったよ。それはお客が店に来る理由を作るためさ。素晴らしい日本の食品を置いて客を引き寄せるのさ。日本の食品を置くことで、客はどんな店か理解してくれると私には分かっていた」
「衝撃的でした。何分固まっていたか分からないくらい固まっていた。『ディーン&デルーカ』を日本で展開しようとしていた自分たちからすると、店の中に日本の食材があること自体、格好悪いぐらいに思っていましたから」(横川)
デルーカのアドバイスを受け、横川はアメリカのまねではない、「日本のディーン&デルーカ」作りに乗り出す。まず設けたのが日本の食材だけを集めたコーナー。日本人になじみがあり、しかも価値の高い商品を集めた。
例えば伝統の味がひしめく京都で見つけ出した取引先は和食に欠かせないだしの専門店、「うね乃」。のれんを守って116年の老舗で、鹿児島・枕崎産のかつお節などよりすぐりの国産素材にこだわり、本物の味を追求しているだしメーカーだ。3年がかりで開発したという新商品の原料はマグロ。高級料亭などで使われているまぐろ節だ。
現在、「ディーン&デルーカ」に並ぶ日本の商品はおよそ800種類にまで増え、熱烈なファンもつかんでいる。
女性客が籠に入れたのはアサリの佃煮「羽田大谷の若炊あさり」(780円+税)。羽田で130年続く佃煮専門店「大谷政吉商店」の人気商品だ。一方、男性客が手に取ったのは京都の「志ば久」から仕入れているしば漬け「きざみ赤志ば」(400円+税)。国産ナスとアカジソを夏に漬け込み、食べ頃を迎えた季節の味だ。
輸入食材も日本人向きに改良した。例えばトマトピューレは、中身は同じだが、アメリカサイズと比べると日本サイズは半分以下だ。
「なかなか日本だと大きいサイズは使い切れないのと、お値段も高くなってしまうので、両方を扱っています」(横川)
サイズだけではない。見つけてきた商品の現地メーカーに日本人の味覚に合うレシピで再発注。それをプライベートブランドとして販売しているのだ。
こうした日本人向け改革は成功し、アドバイスを受けた2006年を境に売り上げは大きく伸長。去年はついに100億円を突破。デルーカは「それは素晴らしい。とても驚いたよ。本当におめでとう」と言うのだった。
メニュー開発の舞台裏&予約困難な料理教室
「ディーン&デルーカ 六本木」の厨房に、開発担当やエリアマネージャーといったスタッフが集結していた。並べられていたのは惣菜の数々。これから試食会が開かれる。
作ったのは六本木店の中村智慎シェフ。「ディーン&デルーカ」では定番惣菜の他に、各店舗オリジナルの惣菜も売っている。その店のシェフの裁量で作ることができるのだ。
この日、中村シェフは新作12品を用意していた。例えばカンパチをレモンソースであえたカルパッチョ。ところが、スタッフの1人が「味にもう少しインパクトがあった方が」と感想を言えば、総料理長の村上英寿は「カンパチは刺身で普通に売っているから、それと同じだとしんどい。高すぎる」。
続いては牛肉のタリアータ。ジロール茸とオリーブを合わせた自信作だ。だがこちらも「一体感がない」「バラバラの素材になっている」とダメ出しが続く。
「みんなバラバラと言ったけど、一つずつ味付けや調理法を考えた方がいいね」(村上) 結局、12品中8品が作り直し。求められるレベルは極めて高い。
「改善するところがあるということは、お客様にお届けするわけにはいかない。完璧に仕上げなければいけない」(中村)
一方、東京・赤坂の「アーティザンテーブル・ディーン&デルーカ」で和やかに行われていたのが、季節ごとに開催している大人気の料理教室。メモを取る熱心な客も多い、店舗で販売している食材や調味料の使い方もここで覚えることができる。
この日、村上総料理長は「パテドカンパーニュ」「サザエのブルギニョン」など本格的なコースメニュー8品を作った。今回の参加料は、料理にワインがついて1人1万円。「乾杯」の瞬間を楽しみに参加している人が多いのだそうだ。
~村上龍の編集後記~
友人の、五十代の男性編集者は「ディーン&デルーカ」を知らなかった。だがロゴ入りのトートバッグを見せると、それは知ってると言った。
「おしゃれな女性がよく持ってる」。だが、おしゃれとアートは違う。ゴッホはおしゃれではない。アートは大前提としては存在しない。
意匠でも機能でもなく、何もないところから本質を抽出することで、結果的にアートになる。正確には「ディーン&デルーカ」はおしゃれの範疇ではなく、アートという領域にある。横川さんの美意識と生き方が、店舗全体とディテールに反映されているからだ。
<出演者略歴>
横川正紀(よこかわ・まさき)1972年、東京都生まれ。1996年、京都精華大学美術学部建築学科卒業、米家具チェーン、ピア・ワン・インポーツ入社。2000年、ジョージズファニチュア(ウェルカムの前身)設立。2003年、「ディーン&デルーカ」1号店を丸の内にオープン。
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