カナダ独立運動,注意
(画像=Rawpixel.com/Shutterstock.com)

「国際金融」という言葉で一般の人々が思い浮かべるのは「ウォール・ストリート(The Wall Street)」であろうし、他にはシンガポールや香港であろう。しかし国際金融ないし国際金融史を少しでも学んだことがある人からすれば、未だに世界の外国為替取引で40パーセント以上のシェアを有する「ロンドン・シティ(City of London)」の地位こそが重要であることが常識であり、少なくともウォール・ストリートと同等の扱いをするはずである。

(図表1 グローバル規模での外国為替取引量の地域別シェア率)

グローバル規模での外国為替取引量の地域別シェア率
(出典:ForexAbode.com)

これに類する話として、米国に隠れがちであるもののグローバルに見てみれば少なくない影響力を持つ国家がカナダである。そのカナダにおいて異変が起きているのだ。それは何か。どのようなインパクトを持つのか。本稿は天然資源マーケットで大きな影響力を持つカナダについて議論する。

カナダはその歴史的経緯から英語に加えフランス語も公用語に指定している。その中でもケベック州は昔から連邦としてのカナダからの独立運動を過去から行ってきたことは良く知られている。それがBREXITをきっかけとしてケベック州版BREXITである「QUEXIT」へのモチベーションを増大させてきた。

これはこれでカナダにおける大きな争点ではある。しかし問題はそこでは無いのである。ブリティッシュコロンビア州を挟んで太平洋に、また南部で米モンタナ州に隣接するアルバータ州で独立運動が生じているのだ。

アルバータ州は「カナダのテキサス」と呼ばれるカナダでも有数の原油産出州である。以下の図表2からも明らかなように米国にも通じるパイプラインが敷設されている。他方で近年はオイルサンドの精製が盛んだったのである。

(図表2 米加を通る原油パイプライン)

しかし原油価格や州財政の安定化を図るべく今年(2019年)1月には州内企業にオイルサンドの精製や原油生産を減産するようにアルバータ州政府が要請していたのだった。それ以前から原油価格低迷を受けてアルバータ州は不況下にあったのである。こうしたことも後押しすることで独立運動が激化しているという訳なのだ。

またこのアルバータ州と米国をつなぐパイプラインであるKey Stone Pipelineはその差し止めを巡り米国およびカナダの双方で大きな争点となってきたのであり、未だに反対運動が続いている上、10月末には米ノースダコタ州で多量の原油流出が見つかっているのだ。そもそもカナダは連邦政府がパリ協定を批准している中で連邦とアルバータ州で対立してきたのだ。このようなアルバータ州が独立するとなれば、原油マーケットや天然ガス・マーケットで新たなプレゼンスを発揮することは言うまでもない。

しかし、カナダを巡ってはそれ以上に考えなければいけないことがある。それは「タックス・ヘイブン(租税回避地)」との関係である。2017年11月5日に世界的に一斉公開された、いわゆる「パラダイス文書(Paradise Papers)」の中でカナダも大きく取り上げられたのであり、カナダ人による取引3,000件以上のファイルが所在することが判明している上、ジャン・クレティエンといった元首相が3人もそこに含まれていたことも知られている。そもそもカナダはその投資の4分の1がタックス・ヘイブンに流れていた租税回避大国なのである。絶対額ベースで言えば当然米国には及ばないものの、比率という観点から言えばカナダの方がより悪質であったという訳だ。この問題を研究するアラン=デノー・モントレアル大学講師はその著書である“Paradis fiscaux : la filière canadienne”においてこう書いている:

“Le Canada est un acteur central dans le processus d’offshorisation du monde. (・・・中略・・・) [L]e pays a largement contribué à créer les paradis fiscaux des Caraïbes à partir des années 1950 et favorise aujourd’hui de mille manières les détenteurs de fortune et les entreprises cherchant à contourner son système fiscal et ses lois. (・・・中略・・・)Un avocat de Calgary, ancien bonze du Parti conservateur, a structuré aux Îles Caïmans les lois consacrant le secret bancaire. Le gouvernement fédéral a fait de la Barbade le havre fiscal de prédilection des entreprises canadiennes et a signé un accord de libre-échange avec le Panama, repaire mondial des narcotrafiquants. Aujourd’hui, le Canada partage même son siège dans les instances de la Banque mondiale et du Fonds monétaire international avec un collectif de paradis fiscaux de la Caraïbe britannique.”

すなわち、バミューダ島やケイマン諸島といったカリブ海の諸島を1950年代にオフショア化してきた、世界のオフショア化の中心的なプレイヤーがカナダだったのである。そもそもカナダが独特の役割を持っていることは、カナダ人であるマーク=カーニー・カナダ銀行総裁が同じ同君連合であるとはいえ英国の中央銀行総裁をやっていることからも推察できることなのだ。

(図表3 かつてカナダ銀行の総裁でもあったマーク=カーニー・イングランド銀行総裁)

かつてカナダ銀行の総裁でもあったマーク=カーニー・イングランド銀行
(出典:Bank of England)

カナダで起きている異変は米国に英国、そしてグローバル・マクロに大きな影響を与えようとしているのである。我が国ではあまりプレゼンスが高くないように思えるが、それは全くの事実無根であることに留意しなければならないのだ。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。