欧州,東アジア・シフト
(画像=S-F/Shutterstock.com)

欧州で異変が生じている。欧州圏における製造業購買担当者景気指数(PMI)が長期間50を割っている。一般にPMIが50を割る場合、製造業が不況に陥っていることを意味すると言われている。欧州の中でも優等生と言われるドイツも同様にPMIベースで不景気に至っていると言える。

(図表1 過去1年間におけるドイツの製造業購買担当者景気指数(PMI))

過去1年間におけるドイツの製造業購買担当者景気指数(PMI)
(出典:Yahoo!ファイナンス)

他方であくまでも一統計での値が不調であるにすぎないという批判もあり得る。しかし事はそれほど単純ではないのだ。本稿はドイツで今起こっていること、更にはこれから生じ得ることを分析する。

ドイツの経済状況が深刻であることはこのPMIを筆頭に示されてきたのだが、それ以外にもそれを示すような事態が生じている。第一にドイツでの最新の統計では600,000棟以上のアパートで人が入居していないのだという。これは全体の約2.8パーセントに該当する。しかしこれは地域によってはより悪いのであり、ピルマゼンス市では9.1パーセントにまで達しているのだ。

第二にドイツの貯蓄銀行である北ドイツ州立銀行(Nord LB)に36億ユーロの公的資金を注入することがいよいよ欧州委員会(EC)からの承諾を得たのだ。同国最大手のドイツ銀行が経営危機に至ってから久しいが、実際には同第二位のコメルツバンクもオランダのINGグループやイタリアのウニクレジットなどから買収提案を受けてきたのは記憶に新しい。

ドイツの銀行システムは我が国や米英型のシステムとは異なっている。特に貯蓄銀行は我が国と比較すると独特なものとなっている。すなわち所有者が地方自治体となっており、業務に公益性が求められるとともに、その活動範囲が所有者である地方自治体の行政区域と全く同一地域に制限されている。金融機能としては、(1)すべての国民階層に対する金融サービスへのアクセスを確保すること、(2)国民的な貯蓄形成を促進すること、(3)中小企業に対する資金調達を支援すること、(4)地方経済の振興である。こうして中小企業金融や地域金融を中心とし、分権的な銀行システム構造のなかで不可欠な金融機能を担っているのだ。そうした中で貯蓄銀行が仮に消失した場合にドイツ国内で生じる損害は計り知れない。

他方でそうしたドイツが次の手を考えていないわけではない。中国で突如として上海とドイツとの間で証券連携を行うことが公表されたのである。すなわちドイツ系の上場企業の中でも特に優良な一部の企業が上海において預託証券を流通させるのだという。

そもそも(西)ドイツは米国とソ連(ロシア)との間である意味での「綱引き」を行うことでその生存を図ってきた。占領の経緯から米国と近いことは言うまでもないが、他方でシュレーダー首相(当時)は首相職からの退任直後にロシアのガスプロムで役員に就任した。こうしてそれぞれの政党(政治家)が米露にバランス良く接近したり距離を置いたりすることで生存を図ってきたという訳だ。そこに中国という選択肢を加えてきたのである。

戦前から「中独合作」という名目でドイツと中国(当時は中華民国)は接近してきたのであり、ヴァイマール体制下にあったドイツは中国をエマージング・マーケットとして成長してきたのだ。それでも過激化を避けることが出来ず最終的にはナチスの台頭を生んだことを想起すれば、ドイツが再び過酷な状況になる可能性も否定できない。

もっともこうした東アジアへの接近はこれまでとは全く異なる可能性すらある。なぜならばロンドン・シティ(City of London)も既に上海での証券連携を行ってきたのである。オイル・ショック以降、大雑把に言えばオイル・マネーはドイツ銀行を経由してロンドン・シティ(City of London)へとロンダリングされ、最終的に米国債など様々な金融商品に投資されるというグローバルな資金潮流があったのだが、その中でコアを担ってきた2主体が上海にへと移ったのであった。

ドイツの不況がグローバル経済に与えるインパクトを無視してはならないのは言うまでもない。しかしそれ以上に、その上海・中国シフトにこそ目を向けるべきである。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。