ここ2-3年、グローバルに活躍するビジネス・パーソンの常識を身に着けることをテーマとした書籍やセミナーが流行している。たとえば西洋美術史といったアートの知識を身に着ける書籍が人気で大型書店に行くと類似のテーマを扱った本が平積みになっている。これの続編テーマとして出て注目を集めているのが、ワインである。

中国,ワイン
(画像=Africa Studio/Shutterstock.com)

二日酔いになりやすいという欠点があるものの女性や海外(特に欧州)駐在を経験したことのある男性は特にワインを好きな方が多い。また上述した本で取り扱われていることからも明らかなように我が国以外、特に宗教上の理由とも相まって伝統的に嗜好性飲料として愛好してきた欧州を中心に世界中に愛好家がいる。他方でワイン醸造家もそうした愛飲家の嗜好を満たすべく連日ワイン造りに励んでおり、またそのブランドを守るべくラベル一つとっても著名な芸術家にそのデザインを依頼するなど努力をしている。

(図表1 著名な芸術家がデザインした有名ワイン・セラーのラベル)

もっともワインの歴史を想い起すと、紀元前4,100年前からアルメニアで製造されたことが分かっている一方で、エジプトやイラン、レバノンなどの中東でもつくられてきた。それ以上にワイン醸造の歴史が古いとされているのが実は中国である。紹興酒といった黄酒よりもワイン醸造の歴史が古いということが分かっているのだ。

(図表2 中国における年間ワイン輸入量の推移)

中国における年間ワイン輸入量の推移
(出典:SuperWine)

中国のワイン・マーケットの拡大は著しい。輸入ワイン量も増大が続いてきた。その中でもフランスからの輸入量が著しいのであり、実際今年(2019年)時点での国別輸入ワイン金額トップ国はフランスなのである:

1. フランス:10億5,800万ドル
2. オーストラリア:7億2,325万ドル
3. チリ: 2億6,970万ドル
4. イタリア:1億6,840万ドル
5. スペイン:1億6,210万ドル
6. 米国: 7,550万ドル
7. 南アフリカ:32.9万ドル
8. ニュージーランド:2,877万ドル
9. アルゼンチン:2,618万ドル
10. ドイツ: 2,580ドル

そのフランスが興味深い動きを示している。世界的にも著名なワインブランドであるシャトー・ムートン・ロートシルトが10年かけて中国で醸造したワインを初めて発売したのだ。

ワインの原料はブドウであり植物であるため、その土地の影響を大きく受ける。筆者は学生時代に同品種・同育成手法・同一環境ではあるものの唯一それぞれ南側・北側にあるために日当たりのみが異なる条件にあるブドウから醸造したワインを同時に試飲したことがあるが全くもって異なる味がしたことを覚えている。それがフランスから中国に移れば当然生育条件が大きく異なるとしてもおかしくはない。

シャトー・ムートン・ロートシルトが醸造を行っている山東省では1892年に醸造を開始した烟台張裕葡萄醸酒を筆頭に欧米に通用するワインの醸造に励んできた。一昨年にイタリアのワイン企業と提携した現地企業がワインのテーマパークを開園している。そこに欧州ワインの本家本元が移ってきたのである。欧州では近年の異常気象を受けてワイン収穫量が激変したり品質が著しく変化したりしていることが知られている。また寧夏回族自治区でも近年ワイン醸造が活発になっており、モエ・ヘネシー・ディアジオも同地にワイナリーを創設しているのだ。グローバル・ワイン・マーケットにおいて中国ワインが一流ブランドとして知られる日も遠くはないのである。

ただし1点だけ留意しなければならないことがある。それはこうしたワインというのはあくまでも「欧米流ワイン」であるということである。すなわち欧米人の作り方でつくったものなのだ。

実は中国では新疆ウイグル自治区でもワイン製造が有名である。同地では紀元前からぶどうを栽培していたことが判明しており、同地での作り方は必ずしも欧米流のものに則っているわけでもない。

かつては米国が独占的に築いてきたデジタル・テクノロジー・マーケットも今やアリババやテンセントといった企業が現れたことで、欧米流のデジタル・マーケットに比肩する上、併存する形で欧米から見れば独自の中国型デジタル・マーケットが現れている。そういった経緯やそもそものワイン醸造の歴史を踏まえれば、中国ブランドでしかも中国独自の製法で造ったまったく新しいワイン・カテゴリーが産まれる可能性があるのである。

我が国でも甲府や様々な箇所でワイン醸造は活発化しており、筆者が宮崎で飲んだ綾ワインを始めとした宮崎ワインもかなりの美味であった。実は17世紀から熊本藩でワイン製造がなされていたことが学術研究で判明しているのであり、各地で新たなワイン栽培の試行錯誤がなされる中で我が国においても新たなワイン・カテゴリーの創出に至る可能性がある。

ワインは金融資産としても重要な意義を有してきた。そうした意味でも中国ワインの注目が集まりつつある。ワインと言えば欧州という時代はもはや終わってしまうのかもしれない。

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
元キャリア外交官である原田武夫が2007年に設立登記(本社:東京・丸の内)。グローバル・マクロ(国際的な資金循環)と地政学リスクの分析をベースとした予測分析シナリオを定量分析と定性分析による独自の手法で作成・公表している。それに基づく調査分析レポートはトムソン・ロイターで配信され、国内外の有力機関投資家等から定評を得ている。「パックス・ジャポニカ」の実現を掲げた独立系シンクタンクとしての活動の他、国内外有力企業に対する経営コンサルティングや社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。

大和田克 (おおわだ・すぐる)
株式会社原田武夫国際戦略情報研究所グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー。2014年早稲田大学基幹理工学研究科数学応用数理専攻修士課程修了。同年4月に2017年3月まで株式会社みずほフィナンシャルグループにて勤務。同期間中、みずほ第一フィナンシャルテクノロジーに出向。2017年より現職。