要旨
● 2020年の景気は、夏場にかけて東京五輪関連の消費特需が盛り上がる可能性が高い。2020年の訪日外客数は政府目標の4,000万人までは行かずとも、3,500万人は超えそう。5兆円を大きく超える旅行消費額の出現の可能性がある。
● 東京五輪観戦のための国内旅行やテレビの買い替え等の特需が発生することも予想され、特に6月末にはキャッシュレスのポイント還元の期限を控えていることから、年前半に駆け込み需要が発生することが予想される。
● 2020年の消費を占う上では、家計の負担増も大きなカギを握る。消費増税に伴う負担軽減の時限措置の多くが期限を迎えることに加え、年明けから給与所得控除の見直しや10月にたばこ増税といった負担増が予定されている。税制改革が今年の家計に及ぼす影響を試算すると、トータルで昨年に比べて年間1.6兆円の負担増となる。
● 来年11月に控える米国大統領選挙に対する不確実性には注意が必要。金融市場のバブルもリスク。98年のLTCMショック後の逆イールド発生時の様にFRBが利下げをしすぎると、99年以降のITバブルのように、今回も短期的に金融市場でバブルが発生しその後崩壊する可能性もあり、その場合には日本経済への悪影響も無視できない。
● 最大の注目は、トランプ大統領と民主党候補者の経済政策。トランプ大統領の経済政策の特徴を勘案すれば、更なる拡張的な財政政策への期待と保護主義的な通商政策の懸念が残る一方、民主党候補者の一人であるバイデン前副大統領はトランプ政権の保護主義を批判しており、通商面で不透明感が少なく、企業に対する規制に対しても前向きでない点が、金融市場にとってポジティブ。しかし、同じ民主党候補者のウォーレン上院議員は、反自由貿易主義で企業や高所得者への増税、企業への規制強化を打ち出しているため、民主党候補者が誰になるのかも金融市場の大きな焦点となろう。
● 2020年の相場環境については、トランプ大統領が再選を目指すべく経済重視に政策がシフトすることが予想される。また、日本でも東京五輪特需が期待されることに加えて、中国のGDP倍増目標期限年でもある。このため、リスクオン気味に推移するとの見方が強まれば、世界の株式市場の押し上げ圧力となる可能性がある。ただし、米国大統領選後に米中の覇権争いが再び激化することが懸念され、任期満了に近づく安倍首相が経済政策後回しで憲法改正に邁進するリスクも警戒される。年後半はリスクオフに伴う株価の下落が金利低下・円高を後押しする展開になるかもしれない。
●減速してきた世界経済
2019年の世界経済は米国中心に拡大は続けたものの、減速してきた。特に米国は、米中追加関税の影響等もあり、ISM製造業景況指数が10年ぶりの水準まで低下した。
更に、米国以外は力強さを欠く状況にあり、情報関連財の在庫調整に加えてトランプ政権による敵対的貿易戦略が足を引っ張ったため、ユーロ圏やアジアの経済は製造業を中心に鈍化した。
こうした中、2019年の日本経済を一言で表現すると、実感なき景気後退といえよう。情報関連財の在庫調整に加えて米中摩擦の激化等もあり、製造業を中心に経済活動は落ち込んだものの、連休の増加や国際イベントが目白押しだったこと等もあり、非製造業の活動は底堅かったということだろう。
為替の円高推移等を通じた企業業績懸念を反映して、日経平均株価も軟調に推移した。それにもかかわらず、景気後退の実感が乏しかった要因は、10連休や全国各地で開催されたG20、ラグビーW杯等により特需が発生したことがある。また、原油価格の低下を主因に軽減したエネルギーコストが、家計の消費行動に対して下支えになったこともあろう。
東京五輪で個人消費活性化
こうした中、2020年の景気を占う上では、国内最大イベントである東京五輪の開催が大きな鍵を握るだろう。既に建設特需は2019年中にピークアウトしている可能性が高いが、ラグビーW杯でも開催期間中に内外の観光客の増加により、組織委員会が当初想定していた4,300億円を上回る経済効果が発生した可能性がある。2020年 の東京五輪の開催時 期は8月となるため、他の外部環境にもよるが、夏場にかけて東京五輪関連の消費特需が盛り上がる可能性が高い。
特に、インバウンドの拡大に伴う需要効果は大きいと思われる。なぜなら、政府は2020年の訪日外客数と訪日外国人旅行消費額の目標をそれぞれ4,000万人、8兆円としているからである。
2019年の訪日外客数は日韓関係の悪化による韓国人観光客減少の影響等もあり、 3,300万人台にとどまりそうだが、2020年は政府目標の4,000万人までは行かずとも、3,500万人は超えそうだ。これに訪日外国人一人当り消費額 の約15万円を乗じれば、5兆円を大きく超える旅行消費額の出現の可能性がある。
更に、東京五輪観戦のための国内旅行やテレビの買い替え等の特需が発生することが予想され、特に6月末にはキャッシュレスのポイント還元の期限を控えていることから、年前半に駆け込み需要が発生することが予想される。
中でも、五輪特需としてテレビの買い替えサイクルに伴う需要効果も大きいと推察される。内閣府の消費動向調査(2019年3月)によれば、テレビの平均使用年数は9.7年となっている。
テレビの販売は昨年10月の消費税率引き上げ前に駆け 込み需要で少し盛り上がったが、更に前に遡ると、2009年度~2010年度にかけてはそれ以上に販売が盛り上がった。背景には、リーマンショック後の景気悪化を受けて、麻生政権下で家電エコポイント政策が打ち出されたことがある。これで自動車やエコポイントの対象となったテレビ、冷蔵庫、エアコンの駆け込み需要が発生しており、 2020年はそこから10年を経過していることに加え、一昨年末から4K・8K放送が始まっていること等もあり、その時に販売された家電の買い替え需要が期待される。
中でもテレビに関しては、2011年7月の 地デジ化に向けて多くの世帯で買い替えが進んでから、買い替えサイクルの9年以上が経つため、買い替え需要はかなりあることが期待される。なお、2020年の東京五輪が実施されれば、日本人のレジャーや観光関連市場でも特需が発生する可能性が高いだろう。
目まぐるしく変わる家計の負担状況
2020年の消費を占う上では、家計の負担増も大きなカギを握っている。 今年10月に引き上げられた消費増税については、軽減税率の負担軽減を加味しても、2019年対比で3.5兆円の家計負担増となる。しかし一方で、年金生活者に対する支援給付金により2019年対比で0.4兆円の負担軽減となる。また、消費増税の使い道として増収分の一部が10月から幼児・保育無償化に充当されており、 2020年4月から大学無償化へも充当されることになっている。このことから、子育て世帯を中心に2019年対比で1.2兆円の負担軽減になると計算される。
ただし、消費増税に伴う負担軽減の時限措置の多くが2020年に期限を迎えることにも注意が必要だろう。例えば、プレミアム付き商品券と次世代住宅ポイントが3月までで終 了する。また、キャッシュレスポイント還元も6月末に終了の予定である。さらに、自動車税環境性能割軽減も9月末で終了する。
加えて、年明けから給与所得控除の見直しや、10月にたばこ増税といった負担 増 が予定されている。このため、こうした税制改革が家計に及ぼす影響を試算すると、トータルで2019年に比べて年間1.6兆円の負担増となる。
なお、企業経営への影響としても、消費税の仕入税額計算などの特例の適用期限が2020年9月末となっている。このため、2019年同様に 消費の現場では混乱が生じ、中小の小売業等では廃業が増加する可能性もあろう。
リスクは政治と金融市場
安倍首相が自民党総裁として在任できる最長期限は2021年9月末だが、その翌月10月21日が衆議院議員任期満了となることからすると、自民党総裁選前の2020年中に解散総選挙を行う可能性もあろう。また、安倍政権は憲法改正と改正後の憲法施行の目標時期を2020年12月としている。
このため、憲法改正案や解散総選挙の状況次第で安倍政権の政権基盤の揺らぎが生じることになれば、マーケット環境の悪化を通じて日本経済に悪影響を及ぼすリスクもあろう。日本株の売買は約6割以上を外国人投資家が占めており、安倍政権の政権基盤が盤石で政治的に安定 である ほど、外国人投資家が日本株を保有しやすくなり、基盤が揺らぐほど手放されやすくなる。マーケット環境が悪化すれば、日本経済も困難を強いられることになるだろう。
米国大統領選の不確実性が日本経済に逆風
11月に控える米国大統領選挙に対する不確実性も、日本 経済に大きく影響を及ぼすだろう。前回の大統領選のように、世論調査の信頼性が低下すれば、市場関係者は積極的なポジションを取りにくくなり、株安等を通じて米国経済に悪影響を及ぼす可能性がある。
さらに、金融市場のバブルもリスクである。特に米国経済は景気後退の前に必ず見られる逆イールド(長期金利が短期金利を上回る)の状況にあったため、予防措置的な利下げに動いている。しかし、98年のLTCMショック(米国大手ヘッジファンドLTCMの実質破綻)後の逆イールド発生時の様にFBRが利下げをしすぎるようなことになれば、99年 以降のITバブルのように、今回も短期的に金融市場でバブルが発生しその後崩壊する可能性もあり、その場合には日本経済への悪影響も無視できないことになろう。
中でも最大の注目は、トランプ大統領と民主党候補者の経済政策である。トランプ大統領の経済政策の特徴を勘案すれば、更なる拡張的な財政政策への期待と保護主義的な通商政策の懸念が残る。
一方、民主党候補者の一人であるバイデン前副大統領はトランプ政権の保護主義を批判しており、通商面で不透明感が少ないと見られている。また、企業に対する規制に対しても前向きでない点が、金融市場にとってポジティブだろう。しかし、同じ民主党候補者のウォーレン上院議員は、反自由貿易主義で企業や高所得者への増税、企業への規制強化を打ち出しているため、民主党候補者が誰になるのかも金融市場の大きな焦点となろう。
日本経済への影響としては、ウォーレン上院議員が勝ち上がり、米国経済が大きく落ち込むことになれば、日本の経済成長率もかなり押し下げられることになるだろう。また、トランプ大統領が再選を果たしたとしても、トランプ政権の政策運営もリスクだろう。というのも、次の再選はないため、経済そっちのけで米中通商 摩擦が激化することになれば、米国経済が景気後退に陥り、円高・株安を通じて日本経済にも悪影響が波及する可能性がある。
2020年のマーケット
2019年のマーケットは、昨年の夏ごろまで長期金利が低下トレンドにあったことに加えて、不安定な株式市場でリスクを取りにくい状況にあった。
こうした中、FRBが2019年7~10月のFOMCで、立て続けに利下げに踏み切るとともに、 ECBも9月に緩和にかじを切ったことも、株式・債券市場にポジティブに作用した。しかし、すでにFRBは10月に利下げを打ち止め、様子見の 姿勢に転じている。このため、米中貿易協議の進展次第では、世界の株価や長期金利が更なる上昇を試す可能性もある。また、日銀も10月の金融政策決定会合でフォワードガイダンスを強化したが、その後の長期金利の上昇を放置している。
2020年の相場環境については、トランプ大統領が再選を目指すべく、経済重視に政策がシフトする
ことが予想される。また、日本でも東京五輪特需が期待されることに加えて、中国が2010年比でGDPを倍増する目標期限年でもある。このため、リスクオン気味に推移するとの見方が強まれば、世界の株式市場の押し上げ圧力となる可能性がある。
ただし、年後半以降はこれらの重要インベント効果が剥落することが意識されるだろう。特に米国では、大統領次第で米中の覇権争いが再び激化することが懸念され、任期満了に近づく安倍首相が経済政策後回しで憲法改正に邁進するリスクも警戒される。年後半はリスクオフに伴う株価の下落が金利低下・円高を後押しする展開になるかもしれない。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣