駆け込みの反動は小さなものと予想されるが、先行きも厳しい環境が続く
要旨
● 足下の住宅着工戸数は、分譲マンションが増加基調で推移するものの、消費税率引き上げに伴う駆け込み需要の反動が持家を中心に生じており、全体として減少傾向で推移している。
● 駆け込み需要は持家で発生していることが確認できるが、ベースラインとの乖離でみると、今回の駆け込み需要の規模は過去に生じたものと比較して小さい。そのため、反動減も小さな規模にとどまることが想定される。
● 駆け込み需要の反動が一巡した後も、消費者心理の悪化や金融機関によるアパートローン融資への慎重姿勢の継続、分譲マンションの販売不振といった住宅を取り巻く厳しい環境は続き、住宅着工戸数は弱い動きが続くだろう。
住宅着工戸数は前期比▲2.7%
7-9月期の住宅着工戸数は年率換算済季節調整値で89.9万戸(前期比▲2.7%)と減少した(資料1)。消費税率引き上げによる駆け込み需要が4-6月期にピークアウトし、7-9月期は反動減が顕在化する結果となった。もっとも、前回(2014年)や前々回(1997 年)の消費税率引き上げ時と比較すると、住宅ローン減税やすまい給付金等の需要平準化策によって、駆け込み需要の規模は小さなものにとどまった。10月の住宅着工戸数は前月比▲2.0%と減少するも、持家の着工戸数がほぼ横ばいでの推移となるなど、駆け込み需要の反動の規模が小さいことを裏付ける内容となっている。
消費増税による駆け込み需要
1997年と2014年の増税時と比較すると、1997年4月の消費税率の3%から5%への引き上げ時、2014年4月の消費税率の5%から8%への引き上げ時とも、税率引き上げの4~5四半期前から駆け込み需要が顕在化し始め、1~2四半期前にピークを迎え(※1)、税率引き上げ後1四半期程度の期間に渡って反動減が生じていたことが確認できる(資料2~5)。
過去の経験則に当てはめると、向こう3か月程度は駆け込み需要の反動減が生じることが予想される。反動減の規模については、すまい給付金や住宅ローン減税の拡充といった需要平準化策によって駆け込み需要の規模は過去2回と比較して小規模なものにとどまっていることから、反動減の規模についても小さなものになるだろう。
駆け込み需要の発生規模は、利用関係別の区分によって異なる。今回の消費税率引き上げに伴って、最も大きく駆け込み需要が生じた項目は、持家である。今回の消費税率引き上げは、良好な雇用所得環境の下、持家への需要が増加しやすい環境下で実施されたこともあり、2018年8月頃から駆け込み需要による持家着工戸数の増加がみられた。もっとも、持家については、すまい給付金や住宅ローン減税の拡充によって、住宅需要の平準化が図られていることから、過去の動きとしても駆け込み需要の発生規模は小規模にとどまっている。消費税率引き上げ30か月前から14か月前までの平均値をベースラインとし、ベースラインを上回る分の持家着工戸数(季節調整値)を駆け込み需要の規模として試算を行った。その結果、持家の駆け込み需要の規模は1997年の消費税率引き上げ時に10.8戸、2014年の消費税率引き上げ時に5.3万戸、2019年の消費税率引き上げ時に1.4戸(資料6~8)となった。需要平準化策が実施されたことにより、今回の駆け込み需要の規模は1997年の7分の1以下、2014年の3分の1以下にまで抑制されていることが分かる。
貸家については、前回、前々回の増税時と異なり、消費税率引き上げ前での着工戸数の増加はみられなかった。過去に駆け込み需要の発生がみられた増税前1~5四半期前においても、貸家着工戸数は減少傾向で推移しており、駆け込み需要が発生している可能性は低い。節税対策による貸家建設の一巡や金融機関によるアパートローン融資の厳格化によって、貸家需要そのものが低迷する中で、将来の需要の先食いである駆け込み需要が生じにくい環境であったことが背景にあると考えられる。分譲については、足下での基調は強いものの、この動きが駆け込み需要によるものとは判断し難い。分譲住宅は、デベロッパーが住宅の需要見通しに基づいて建設工事に取りかかるため、住宅購入者が着工のタイミングを決定できる持家や貸家と異なり、そもそも駆け込み需要が発生しにくい。足下の基調の強さは、6月頃から生じたものであり、デベロッパーが6月以降に建設した分譲住宅を消費税率引き上げ前の9月までに販売することを見越して建設しているとは考えにくく、高齢者が居住地を市部に移す動きや共働きの高収入世帯の購買力を見越した供給増による増加基調であると思われる。
消費税率の引き上げに伴う駆け込み需要とその反動を平準化するため、政府は住宅ローン減税とすまい給付金などの制度を導入している。すまい給付金については、消費税率が引き上げられた2019年10月から、年収要件の緩和と支出額の増額が実施された。具体的には、これまで収入額の目安(※2)が510万円以下の場合に最大30万円が支給されていた給付金が、2019年10月以降には収入額の目安が775万円以下の場合に最大50万円が支給されることになる。その他の年収区分の住宅購入者についても、資料9のように給付金が増額されている。
また、住宅ローン減税については、2019年10月から控除期間が10年から13年へと3年間延長され、消費税率引き上げによって生じる2%の負担増分を11年目~13年目に取り戻すことができる設計となっている(※3)。住宅取得価格やローンの返済方法にもよるが、消費税率引き上げによる負担増は住宅ローン減税の活用により回収できる場合が多い。前述のすまい給付金と同時に制度を活用した場合、消費税率引き上げ後の2019年10月以降に住宅を購入した方が経済的に合理的な場合も多く、需要の平準化効果は非常に大きいと言えよう(資料9)。
2019年度89.6万戸、20年度84.4万戸を予測先行きの住宅着工戸数を2019年度89.6万戸、2020年度84.4万戸を予測する。先述のように、駆け込み需要は過去の消費税率引き上げ時と比較して小規模なものにとどまったため、この先に生じる反動減の規模も小さいものになることが予想される。ただし、反動減の小ささをもって楽観はできない。過去の増税時にみられたように駆け込みの反動によって着工戸数が大幅に減少する可能性は低いとみられるが、住宅着工を取り巻く環境は当面厳しい状況が続くことが想定され、減少基調は当面継続するだろう。
持家については、消費増税による可処分所得への影響が消費者心理を悪化させ、減少傾向で推移するとみている。貸家については、金融機関による貸家への融資姿勢が依然として厳しいことを受けて、新規貸出はマイナスでの推移が続いている(資料10)。金融機関の個人向け不動産投資への慎重な融資姿勢は当面続くことが想定され、貸家は弱い動きが続くだろう。分譲については、分譲マンションを中心とした増加基調が続いてきたが、足下で契約率が低水準で推移している(資料11)。販売が振るわない中で着工が増加を続くことは考えにくく、分譲住宅の牽引役を担っていた分譲マンションは減少に転じる可能性が高いとみている。また、第一次住宅取得の適齢層である30代人口が今後縮小していくことも住宅着工全体への下押し圧力として作用するだろう(資料12~13)。(提供:第一生命経済研究所)
※1 住宅について、消費税率引き上げ日の半年前の指定日の前日までに契約したものについては、引渡しが税率引き上げの基準日以降になっても引き上げ前の税率を適用する特例。
※2 夫婦(妻は収入なし)及び中学生以下の子どもが2人のモデル世帯で、住宅ローンを利用して住宅取得する場合の夫の収入額の目安。
※3 控除対象が①住宅ローン残高又は住宅の取得対価(上限4,000万円)のうちいずれか少ない方の金額の1%、②建物の取得価格(上限4,000万円)、①②のうちいずれか少ない方の金額が3年間に渡り控除されるため、住宅取得価格やローン返済方法によっては増税分を取り戻せない場合もある。
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 副主任エコノミスト 小池 理人