要旨

● 政府が経済対策を決定した。今年の台風被害の復旧や国土強靭化関連のインフラ整備、中小企業支援や家計に対するマイナンバーポイントの付与などが盛り込まれる。

● 財政支出13.2兆円と銘打たれてはいるものの、このうち家計還元などは支出につながるか不透明な部分が多く、これらの額すべてが来年の景気押し上げに効くわけではない。また、直接GDPを押し上げる公共投資も、事業が長期にわたる財政投融資なども含まれているほか、人手不足をはじめとしたボトルネックで工事の進捗が遅れる可能性が高い。20年度の景気押し上げ効果は+0.3%pt前後にとどまると考えられ、追加的なGDP押し上げ効果は控えめに見ておいた方が良い。

● また、比較可能な「国の追加歳出分」で基準を統一してみると、今回の追加歳出は6.1兆円となる。実は昨年(5.9兆円)とほとんど変わっていない。20年度の景気を“押し上げる”というよりは落ち込みを抑える、と表現したほうが正確である。

● 経済対策における「真水」の定義は、徐々に広く解釈されるようになっている。従来はGDPを直接押し上げる公共投資に限定されていたが、2016年には国・地方の歳出額が真水とされ、今回は財政支出として、さらに財政投融資を含めた定義づけがなされている。同じ言葉でも意味がかなり移り変わっており、規模をみるうえでは注意が必要である

政府経済見通しの精度
(画像=PIXTA)

経済対策が決定

政府は5日に経済対策(安心と成長の未来を拓く総合経済対策)を閣議決定した。国と地方の直接の歳出額は9.4兆円、政府が国債発行を通じて調達する資金を元手とした財政投融資が3.8兆円、民間負担分なども含めた事業規模は26.0兆円になる。主に、年末に向けて予算案が閣議決定される見込みの2019年度の補正予算や、2020年度の当初予算に計上されることになる。同日公表の経済対策の内容を記した資料によれば、今回の経済対策の骨格は①災害からの復旧・復興の加速と安全・安心の確保、②経済の下振れリスクを乗り越えようとする者への重点支援、③未来への投資と東京オリンピック・パラリンピック後も見据えた経済活力の維持・向上の3つからなる。

内容をみていくと、①は今年の大規模な台風の被災地への支援、施設やインフラの復旧、改良、学校施設の防災機能強化などが主だ。また、水害防止のための堤防強化など、国土強靭化関連の公共投資が全国的に展開されることになる。②は中小企業や小規模事業者への生産性向上支援等が中心になっている。賃上げや被用者保険の任意適用等、従業員還元を積極化させた企業に対する設備投資の支援や、職業教育を受講させた企業への助成金に関するよう要件緩和などが行われる。また、TPP11、EUとのEPA、日米貿易協定に対応した農林水産業の支援や、かねてより問題提起のなされている就職氷河期世代の支援プログラムが含まれている。③にはポスト5Gなど、先端技術に関する開発支援の積極化、世界的に高まる気候変動をはじめとした環境問題への対応のほか、訪日観光客の受け入れ態勢強化などが含まれている。また、個人消費の下支え策として、予算切れが見込まれているキャッシュレスポイント事業の財源補填、マイナンバー保有者に+5,000円を付与するポイント事業などが行われる。

13兆円経済対策の解剖
(画像=第一生命経済研究所)

GDP押し上げ効果は控えめに見ておく必要がある

経済対策の規模として「13兆円の財政支出」と大きな額が並ぶが、これらはかなり広めにとられた概念であり、直接GDP押し上げにつながるわけではない点には留意が必要だ。2日付レポート(※1)でも指摘しているように、今回の経済対策による景気押し上げ効果については相当控えめに見ておいた方が良い。家計還元などはすべてが支出につながるわけではなく、すべてが来年の景気押し上げに効くわけではない。また、直接GDPを押し上げる公共投資も、事業が長期にわたる財政投融資なども含まれているほか、人手不足をはじめとしたボトルネックで建設工事の進捗が遅れる可能性が高い。

経済対策の全容は予算編成まで不確定な部分があるが、景気押し上げ効果に関してある程度の目星をつけることはできる。報道によれば公共投資が6兆円程度、うち一般会計からの歳出が3.2兆円程度、復興特会が0.3兆円程度、財政投融資が2.6兆円程度とされている。2020年度の景気への影響を考えると、財政投融資は長期の事業に充てられる部分が多く、即効的な効果は期待しにくい。残りの3.5兆円程度から用地費などを除いた額が短期的な景気の押し上げに効くことが見込まれるが、人手不足に伴う建設価格の上昇や工事の進捗の遅れによって、効果は薄く長いものとなる可能性が高い。実際に2020年度の実質GDPの押し上げに効くのは+0.3%pt前後にとどまると見込まれる。

なお、現在公表されている資料には、財政支出のうち国の分の歳出が具体的に記されている。これをもとに昨年の予算と規模比較が可能だ。この基準で去年の予算編成と比較した場合、今回経済対策を通じた追加歳出額は実は去年とほとんど変わらない。表にしたものが資料2だ。2018年度には災害復旧を中心とした第一次補正予算と、国土強靭化を主軸とした第二次補正予算の2度の補正予算が組まれている。さらに、2019年度の当初予算では消費税率引き上げ対策としてキャッシュレス・ポイントや公共投資などを組み入れた2兆円の「臨時・特別の措置」が追加された。これらを合わせると5.9兆円となる。次に、今回の経済対策で示された2019年度補正予算と2020年度の「臨時・特別の措置」はそれぞれ4.3兆円、1.8兆円で、合計6.1兆円だ。2019年度と20年度でほぼ同規模だ。20年度の景気を“押し上げる”というよりは落ち込みを抑える、と表現したほうが正確である。

13兆円経済対策の解剖
(画像=第一生命経済研究所)

「財政支出」と「財政措置」のニュアンス

今回の経済対策は2016年に実施された「未来への投資を実現するための経済対策」にフレームや内容がよく似ている。災害復旧やインフラ投資などの公共投資が多く計上されている点、財政投融資を積極的に活用している点、民間資金なども含めた「事業規模」の値を前面に打ち出すことで、大規模な経済政策である点を示している点などが共通項だ。

13兆円経済対策の解剖
(画像=第一生命経済研究所)

そうした中で、細かいがところで1つ変わった点がある。それは「財政支出」の定義だ。

どういうことか。資料1.2でも示しているように、2016・19年の経済対策は国や地方の直接の支出額、国の財政資金を用いた企業への貸付等に充てられる財政投融資、民間資金や金融支援等も含めた事業規模という括りで構成されている。2016年の経済対策では、このうち国や地方の直接の財政支出と財政投融資を合わせて、「財政措置」という語で示されていた。財政投融資は財政資金を元手にした貸付・投資であり、政府が直接使う支出ではないため「措置」という言葉が用いられていたと思われる。しかし、今回の経済対策では2016年の「財政措置」は、「財政支出」として整理されている。

「措置」とした方が言葉のニュアンスは合うように思われる。「支出」の語が用いられたのは、今回の経済対策が「真水10兆円」という要請から始まったものであるからだろう。「支出」の定義を財政投融資にまで拡大することで、要請の10兆円ラインをクリアする形となっている。

“真水”ってなんだっけ?

経済対策の規模等をみるうえでよく使われる“真水”という言葉は、必ずしも明確に定義づけがなされているわけではない。今回の経済対策では、今回定義における「財政支出」(国・地方の歳出+財政投融資)が“真水”という建付けになっているとみられるが、本来この「真水」は異なる概念だった。例えば、日本経済研究センター編の「経済予測入門」(2000)では、以下のように書かれている。

「真水」とは、「経済対策のうちGDPを直接増やす金額」のことです。政府は見映えをよくするために様々な添加物を入れて経済対策の規模を大きくしますが、そうした不純物を除いた金額を「真水」と言うわけです。(中略)

真水の計算は次の式で表せます。

真水=一般公共事業(用地費を除く)+災害復旧事業+施設費等+地方単独事業(用地費を除く)

また、2016年の経済対策時に、日本経済新聞(※2)は以下のように報じている。

経済対策は「未来への投資を実現する経済対策」と銘打ち、国と地方の直接の歳出(真水)7.5兆円を投入する。国の支出は6.2兆円となる。

今回の経済対策では「財政支出13兆円」として打ち出されている。この額を「真水」と定義しているとみなせば、過去から「真水」の概念そのものが拡大していることがみえてくる。過去には①「GDPを直接押し上げる額」として公共投資を中心とした概念であったが、②「政府の直接の支出」という形で包括範囲が広がり、③政府の財政資金を元手にした支出+投融資まで膨らんだことになる。

13兆円経済対策の解剖
(画像=第一生命経済研究所)

補正財源のほとんどは追加国債発行で賄われる見込み

なお、補正予算の財源は、追加の国債発行が中心となろう。国債発行の伴わない財源として①税収入の予算見込みからの上振れ、②国債費などの既定経費の減額、③昨年度の純剰余金がある。②で1兆円程度、③で0.7兆円が確保できそうだが、①はむしろ下振れで追加の財源が必要な環境だ。報道等によれば19年度税収は2兆円程度の下振れが予想されている。今回の経済対策における公共投資部分に建設国債が充てられ、税収下振れ部分は赤字国債の発行を通じて補填される見込みだ。(提供:第一生命経済研究所


※1 Economic Trends 「10兆円経済対策をどうみるか~実はそれほど大規模ではない?~」(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2019/hoshi191202.pdf)なお、執筆当初の情報から実際の規模が若干上振れしたが、主意は変わらない。

※2 例えば、日本経済新聞(2016.9)「経済対策を閣議決定 事業規模28兆円、国・地方の歳出7.5兆円」https://style.nikkei.com/article/DGXKZO06874810V00C16A9EAC001/


(参考文献)
日本経済研究センター(2000) 「経済予測入門」 日本経済新聞社


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 星野 卓也