増税後の短観は、大企業・製造業が業況判断DI を前回比▲5ポイント悪化させた。2014年4月の前回増税後に同▲5ポイントだったのと同程度である。ところが、大企業・非製造業は、業況が同▲1ポイントと、2014年6月の同▲5ポイントよりも悪化していない。内訳をみると、小売の悪化幅は2014年6月よりもかなり小さいからだ。
遂に製造業の業況水準は0になる
12月13日に発表された日銀短観は、大企業・製造業の業況判断DI が前回比▲5ポイントの悪化となった。業況の水準は、前回の5から0となっている。業況水準は遂に「良い」超が完全になくなってしまった。これは2013年に「良い」超に浮上して以降で初めてのことである。つまり、製造業は「土俵際」にいるということだ。
その大企業・製造業は、自動車が前回比▲13ポイントと、増税後の国内新車販売台数が落ち込んだのを受けている。業務用機械の同▲16ポイント、生産用機械の同▲7ポイント、はん用機械の同▲6ポイントは、増税よりも中国向けの輸出減が響いているだろう。
一方、ITサイクルが上向きに変わり、5G携帯対応の需要増を期待していた電気機械は同▲1ポイントで改善しなかった。
前に消費増税が行われた直後の2014年6月調査は、大企業・製造業の業況DI が前回に比べて▲5ポイント落ち、大企業・非製造業でも業況DIが前回比▲5ポイント低下した。これと比べると、同じくらいのマイナス幅だったと言える。
ただ、今回の大企業・非製造業は業況が同▲1ポイントと意外に小幅のマイナスであった。これを増税のインパクトが小さいと評価して良いかは見方が分かれるだろうが、それは確かにあると思う。小売りの業況DIは、2014年6月は同▲23ポイントも悪化した。それが今回は、小売の悪化幅は同▲7ポイントと約3分の1に縮小している。ラグビーワールドカップによる宿泊・飲食サービスの同+2ポイント改善や、設備投資関連で物品賃貸が同+3ポイント、情報サービスが同+1ポイント改善する動きもあった。増税のマイナス・インパクトについては、また統計データが出揃わないが、物品販売では悪影響はより大きく表れ、サービスにはより小さいという見方もできそうだ。
増税インパクト
今回の短観の注目点は、まさしく増税インパクトを企業がどのように受け止めたかを知ることにある。すでに述べたように、大企業の小売は2014年6月の前回比▲23ポイントが、今回の同▲7ポイントで済んでいる点で、影響は限定されている。これを中小企業の小売で見ると2014年6月の同▲36ポイントが、今回の同▲10ポイントと悪化幅が遥かに小さい。また、サービスが悪化しにくかった点は、2014年6月も今回も同様の傾向が見てとれた。
反対に少し慎重に見た方が良い点もある。先行きDIの変化である。2014年6月の大企業・非製造業は、最近の業況が19→先行き19で横這いだった。今回は最近の業況が20→先行き18へと少し慎重化する見通しである。中小企業・非製造業は、2014年6月の最近の業況が2→先行き0であるのに対して、今回は最近の業況が7→先行き1とより見方が厳しい。この点は、非製造業が2014年の経験を踏まえて、恐る恐る先行きに身構えている様子がわかる。
今回の増税は、前回に比べて小売サービスが値引きすることで客離れを食い止めようとしたことが特徴である。増税分を本体価格の値引きによって吸収すると、たとえ販売数量を維持できても、収益は悪化する。つまり、大きなデフレ作用をもたらす。消費者物価も、増税要因を除いてみると、プラス幅を縮小させることになる。非製造業の販売価格DIは、大企業が前回比0で、中小企業も同0だった。事前の不安は販売価格DI には表れていなかった。
売上・収益計画は製造業で下振れ
最近の景気は、増税もさることながら、輸出悪化の方が目立つ。大企業・製造業には、その影響は増税以上に色濃い。例えば、2019年度の輸出計画は、前回比▲3.5%ポイントの下方修正となる。国内売上の同▲1.2%ポイントよりも下方修正幅が大きい。経常利益計画も、前回比▲5.5ポイントと大きく下振れした。収益悪化の効果は、想定為替レートが前回108.68円/ドルから今回107.83 円/ドルへと円高方向で見直されたこともある(変化率▲0.8%)。
少し意外なのは非製造業の経常利益計画の上方修正である。大企業・非製造業は前回比+1.0%ポイントの上方修正で、中小企業・非製造業は前回比+3.3%ポイントの上方修正となった。この変化だけで、増税インパクトが収益面で小さかったとは言えないが、不安を後退させる要因にはなる。
設備投資は堅調
日銀の黒田総裁は、常々景気のモメンタムについて自信を述べている。その根拠の一つは、短観の設備投資の強さにある。それは今回もデータによって裏付けられた。
大企業・製造業は、2019年度計画が前年比11.3%の高い伸びである。非製造業の方が、投資の伸びが少し鈍いようには見えるが、恐らく年度の実績ベースでは、大企業・中小企業がともに前年比プラスで着地しそうである。今次景気局面では、中期トレンドをつくる投資サイクルが上昇傾向であることが、長い景気拡大期を支えているのだ。
今後の景気と金融政策
短観の読み方は、悪化のところだけを見ると消極的に見える。しかし、2014年6月の増税時に比べると、企業は何とかマイナス・インパクトを吸収していて、増税だけで景気腰折れするものではなさそうだということがわかる。
製造業は、従来から悪化が続いていて、今回も期待された下げ止まりはみえないのだが、何とか土俵際で踏ん張れそうだ。理由は、米中貿易協議で第一次の合意がまとまり、その中で既存の追加関税部分まで引き下げられそうだからである。トランプ大統領は弾劾訴追を迫られて、早々に米中協議を一段落させたがっている。この動きは、2020年に入って貿易取引を改善させていく大きな材料である。株式市場はすでにこれを織り込んでいるようだ。製造業が上昇に変わることが、現在の土俵際で踏ん張れる根拠となる。
さて、日銀だが、あれだけ期待させた追加緩和はなさそうである。米中協議が一段落して、FRBも利下げを休止させた。為替レートも安定しているので、2020年は再び様子見をするだろう。黒田総裁はしんどい勝負に勝てそうだと笑っているに違いない。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生