要旨

● GDPは国の経済成長や景気動向を示す重要な統計であり、世界的にも注目度が高いにも関らず、日本のGDPは一次速報と二次速報、さらに第一次年次推計の各時点で大きく改定されるケースが目立つ。

● 第一次年次推計値の改定は、それまでの速報値が需要側と供給側の両面から簡便的に推計されるのに対し、より充実した供給側のデータのみから新たに推計し直されることが主因。

● 需要側からの推計値と供給側からの推計値にかい離が生じる理由としては、需要側の基礎統計のサンプル要因によるブレの大きさが指摘できる。カバレッジやアンケート調査の精度等を勘案すれば、この需要側統計からGDP速報を推計するには限界がある。

● 1次から2次速報値への改定に限定しても、設備投資と民間在庫において、1次速報は供給側のみから推計されるのに対し、2次速報では供給側よりも変動の大きい需要側との加重平均で推計し直されることに問題がある。

● 国際的な整合性等も勘案して、多くの国で行われているようにGDP速報値の推計も供給側からの推計で一本化するという改革が必要。

ドル,FOMC
(画像=corlaffra/Shutterstock.com)

はじめに

GDP統計の改訂が相次いでいる。12月9日に発表された2018年度GDPの第一次年次推計値では、実質成長率が+0.3%とそれまでの速報値の+0.7%から▲0.4%ポイントも下方修正された。また、同日発表された2019年7-9月期の四半期GDP二次速報値では、実質成長率がそれまでの前期比年率+0.2%から+1.8%へ実に+1.6%ポイントの改定となり、市場関係者の混乱を招いた。一方、米国のGDPも改定が行われるが、2019年7-9月期の改定状況を比較しても日本の改定が異常に大きいことが分かる。

このように、GDPは国の経済成長や景気動向を示す重要な統計であり、世界的にも注目度が高いにもかかわらず、日本のGDPは一次速報と二次速報、さらに確報の各時点で大きく改定されるケースが目立つ。なぜそうしたことが起こるのか。

そこで本稿では、GDP統計の推計方法の問題点を改めて振り返る。

大幅改定相次ぐGDP統計
(画像=第一生命経済研究所)

第一次年次推計の改定は速報との算出方法の違いが原因

結論から述べれば、第一年次推計値(年度末から約9ヶ月後)の改定は、それまでの速報値が需要側と供給側の両面から簡便的に推計されるのに対し、速報値とは異なるより充実した供給側のデータのみから新たに推計し直されることが主因である。

GDP第一次年次推計値の算出手法を簡単に説明すると、経産省の「生産動態統計」「商業統計表」「事業所統計」等、各種カバレッジの広い供給側の年次データを使用したコモディティー・フロー法(以下 コモ法)と呼ばれる手法によって算出される。これは、品目ごとに当該年度における生産、輸出入、在庫増減等を把握して総供給を推計し、これらの品目を流通段階ごとに消費、投資などの需要項目別に金額ベースで把握する方法である。

一方、GDP速報値の個人消費と設備投資は、①需要側統計と②供給側統計の両面から算出される。①は前期の実績をベンチマークとして、総務省「家計調査」「家計消費状況調査」や財務省「法人企業統計季報」等の四半期別に得られる需要側統計の前期比で延長して推計している。これに対し、②は第一次年次推計値と同様コモ法により算出される。しかし、第一次年次推計値で用いられる基礎統計は年次データしか取れないため、速報では経産省「生産動態統計」や総務省「サービス統計」、国交省「国土交通月例経済報告」等、四半期別に得られる供給側の統計を使用し、品目数も確報から大幅に束ねて算出している。そして、この前期比を用いて前期の実績をベンチマークとして延長推計することで算出される。

こうして得られた①と②の推計値が統合され、最終的な速報値となる。従って、第一次年次推計値が改定されるのは、家計(消費状況)調査や法人企業統計季報といった需要側の基礎統計から推計された推計値と、コモ法によって供給側統計から推計された推計値にかい離が生じることが原因と言える。

需要側統計のサンプルの少なさが主因

このように、需要側からの推計値と供給側からの推計値にかい離が生じる理由としては、推計データの問題点として、需要側の基礎統計のサンプル要因によるブレの大きさが指摘できる。

設備投資の需要側基礎統計となる法人企業統計季報では、中堅・中小企業について毎年4-6月期に調査企業のサンプル替えが行われるため、統計の連続性に問題がある。中でも中小企業については、無作為抽出による8930社程度の標本調査を92万社以上分(100倍以上)の数値に拡張しているというサンプルの少なさも統計の精度を下げているものと思われる。

一方、個人消費の需要側基礎統計についても、約5800万世帯以上ある日本の個人消費の動向を家計調査で約0.8万世帯、家計消費状況調査でも約3万世帯のサンプルで推計していること自体に問題がある。その上、報告者の負担が大きいことや女性の社会進出が進む中で、調査世帯の偏りも統計の精度を下げていることが指摘できる。

一方、供給側の統計は一般に企業を対象とした調査であり、調査対象全体に占めるカバレッジが需要側の統計に比べて高いため、比較的精度が高いといわれている。しかし、推計プロセスで用いられる商品毎の需要項目への配分比率やマージン率、運賃率等が、2011年の産業連関表をもとに流通段階毎に設定している。このため、こうした比率の当該推計期間の変化が反映されない等の欠点がある。

我が国のGDP速報値が第一次年次推計値と異なる手法で算出が可能なのは、家計(消費状況)調査や法人企業統計季報等、海外に例を見ない需要側の詳細な統計が存在するためであり、これらの統計は家計や企業財務の詳細な分析には有用なものと思われる。しかし、GDP速報を推計するために使用される法人企業統計や家計調査といった需要側統計はそもそもGDPを推計するために調査されたデータではない。こうしたデータの信憑性や信頼性に乏しいデータを使用することによる弊害が改定を引き起こす。カバレッジやアンケート調査の精度等を勘案すれば、この統計からGDP速報値を推計するには限界があるものと思われる。

大幅改定相次ぐGDP統計
(画像=第一生命経済研究所)

2次速報改訂は統計精度に問題がある需要側統計の反映が主因

また、1次から2次速報値への改定に限定しても、設備投資と民間在庫において、1次速報は供給側のみから推計されるのに対し、2次速報では供給側と統計精度に問題がある需要側の加重平均で推計し直されることに問題がある。つまり、設備投資と民間在庫に関しては1次速報が需要側基礎統計である法人企業統計季報の公表前に公表されるため供給側の統計のみで推計されるのである。従って、一次と二次では元となる推計データが異なることからすれば、GDP統計が修正されるもの当然と言える。

この背景には、先に指摘した法人企業統計季報のサンプル要因がある。これにより、特に中小企業の設備投資が実態の動きを正確に表していない可能性が高い。また、統計がカウントされる時期が需要側と供給側で微妙に異なることも大きく影響しているものと思われる。つまり、供給側の統計では財が出荷される段階で計上されるのに対して、法人企業統計季報では企業の財務諸表に記帳された段階で計上される。更に、法人企業統計季報は四半期毎の企業の財務諸表を集計することにより作成される一方で、回答する企業で四半期毎に決算を行っている企業は一部の大企業に限られ、大部分の企業は仮決算による報告を余儀なくされることも影響していると思われる。

設備投資に関しては、第一次年次推計値との比較では需要統計と供給統計の精度は同程度とされているが、需要側と供給側の設備投資関連統計の前期比を比較すると、需要側統計のブレが大きいとの見方もある。

従って、前期比で延長推計する場合は四半期毎のブレが少ない供給側統計の方が変動が少ないものと思われる。しかし、現状の設備投資や民間在庫の推計手法では2次速報値で需要側からの推計値が反映されてしまう。このため、GDPの2次速報値で設備投資や民間在庫の修正に起因した成長率の改訂が市場の混乱を招いているのである。

一方、米国をはじめ日本以外の先進国は、供給のみで推計するのが一般的であり、改定されるごとにデータが充実し、積み上げ型でGDP統計をより補強する改定が行われるのが普通であり、日本のケースが特異である。しかし、こうした実態を内外の投資家や市場関係者がどこまで理解しているかは疑問である。

大幅改定相次ぐGDP統計
(画像=第一生命経済研究所)

求められるGDP統計の精度向上

結局、我が国のGDP統計の最大の問題点は、四半期毎に推計される速報値と年次推計値が全く異なるデータや手法で算出されることである。米国のGDP統計でも改訂は頻繁に実施されるが、その改訂は必ず既存の統計に新たに判明した情報を反映させるという形での改訂であり、日本のように改訂の前後で全く違ったデータや手法により推計を行い、経済成長率が大幅に変わることは稀である。

従って、最終的に年次推計値が供給側の統計から推計されることや、2次速報値が設備投資の改定により大幅修正を余儀なくされる可能性があること等を勘案すれば、国際的整合性等も勘案して、多くの国で行われているようにGDP速報値の推計も供給側からの推計で一本化するという改革が必要と思われる。

今後もGDP統計が大幅に改定されるようなことを続けていれば、日本のGDP統計の信頼性のみならず、我が国全体の統計の信頼を損なうことにもなり兼ねない。また、GDP統計は、政府の経済政策対応や企業の戦略立案等の際に実態景気の評価として多く用いられていることからすれば、日本国内においても経済政策の判断を大きく見誤る恐れもある。こうしたことからも、一日も早いGDP統計の精度向上が望まれる。(提供:第一生命経済研究所


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣