民間予測機関は2020年度の成長見通しを0.39%としている。伸び率が低い理由は、(1)増税の後遺症、(2)五輪効果の小ささ、(3)世界経済の鈍化、が挙げられる。弱い見通しは、まだ水ものであり、2020年前半の消費リバウンドで大きく姿が変わり得る。
マイナスのゲタ 2020年の景気はどうなりそうか。ESPフォーキャスト調査で示されている2020年度の実質GDP成長率は0.39%と極めて低い。2018年度実績0.69%、2019年度見込み0.69%と比べても、2020年度はその伸び率の低さが目立っている。
2020年度と言えば、夏の東京五輪の経済効果が期待される。そのタイミングに合わせて、JR山手線の新橋駅・高輪ゲートウェイ駅の開業(2020年春)、地下鉄日比谷線には虎ノ門ヒルズ駅の開業(2020年6月6日)が予定される。それらの経済効果がマクロ経済にもいくらか寄与してもおかしくなさそうである。なぜ、予想される2020年度の成長率見通しが低調になるのであろうか。
経済予測のテクニカルな点からみると、10月の消費税率引き上げの後遺症が挙げられる。2020年度の成長率は、2019年度平均の実質GDP水準から、2020年度がどの位増えるかで決まってくる。2019年度は10 月に増税が行われて、10-12月に年度平均値から一旦大きくGDPが下がり、2020年1-3月、4-6月と緩やかに回復していく(図表1)。前年度末に大きく下がった水準から緩やかに増えるから2020年度の平均値は上がりにくい。いわゆる年度後半のマイナスの「ゲタ」が2020年度の成長率を低くみせるのである。
実体面で言えば、多くのエコノミストは予想外に2019年10-12月の実質GDPが落ち込むことを警戒している。これは9月の新車販売や商業販売統計が大きな駆け込みをみせているからだ。10-12月は山高ければ谷深しとなって、落ち込みも大きくなると予感させている。
具体的に、2019年度の平均値は539.1 兆円前後になりそうである(ESPフォーキャストの11月調査データを利用)。ESPフォーキャストでは、2019年10-12月の実質GDPは前期比年率△2.65%となり、2020年1-3月は0.52%と僅かに戻る予想である。2020年1-3月の実質GDPは537.9兆円となり、2019年度平均の539.1兆円よりも、△0.2%(△0.22%)ほど低くなる。つまり、2020年4-6月以降の実質GDPの伸びは、前年度平均(539.1兆円)よりも△0.2%低いところから増えていくことになる。△0.2%のマイナスのゲタが2020年度の成長見通しを極めて消極的な伸び率にみせている。
なお、この構図は、今後、10-12月と2020年1-3月のGDP統計が発表されるとかなり変化するに違いない。なぜならば、10-12月に前期比年率△2.65%の落ち込みは過大に下落幅をみている可能性があるからだ(反対にもっと下落する可能性もある)。1-3月についても、回復力を過少評価している可能性は大きい。いずれにしろ、2019年度後半は振れ幅が読みにくい。2020年度の成長率見通しはまだ水ものだと考えておく方がよい。
五輪効果を除くと弱い成長
次に、東京五輪効果は、2020年4月以降の成長率を大きく押し上げるという見方について考えたい。
ESPフォーキャストでは、2020年4-6月は年率1.08%、7-9月は1.18%となっている。五輪がなかったときの成長ペースを0.4~0.7%と仮定すると、五輪のある半期間は+0.6~+0.8%の需要上乗せがあるとみられる。実額に換算して、+1.6~+2.2兆円の押し上げ額とみることができる。
東京五輪の経済効果については、東京都がその需要増加額を直接効果で約2兆円(19,790億円)、レガシー効果(大会後の取組みによる需要増)で約12兆円としている(図表2)。この試算だけで様々な見方ができるが、直接効果の方だけをカウントすると、約2兆円が大会前・大会期間中に需要を押し上げる作用とみることで違和感はないだろう。
すでに、国立競技場は大方の工事が終わり、大会チケットの支払いも進んでいる。そうした大会前の需要増を除いて、直前の4-6月と期間中に重なる7-9月を併せて、民間予測機関の予想に基づき+1.6~+2.2兆円程度の需要増を見込んでいることは、妥当な数字だろう。
注意したいのは、2020年10-12月以降の反動である。ESPフォーキャストでは2020年10-12月は前期比年率0.34%と伸び率が鈍る。ここにはレガシー効果の押し上げに効く半面、インバウンドの減少はマイナスに働きそうである。
2020年度における東京五輪の実質GDPの増加が約2兆円とみて、その割合が約+0.4%ポイント程度だと目処をつけることができる。しかし、2020年度の民間成長率見通しが0.39%だとすると、+0.4%の五輪効果を除くと、マイナスのゲタを相殺する0.2%程度しか成長できない計算になる。これは、政府の潜在成長率(1.0%)を下回っていて、2020年度は非常に弱いペースという理解である。
外需に依存できない局面
日本経済を巡る環境が厳しくなっていることが、増税要因と五輪要因を除外して考えたときの成長ペースを弱くしている理由として挙げられるだろう。
特に、近年は外需の成長寄与が過去よりも低調になっている。輸出が大きく伸びなければ、外需寄与度がプラスになりにくく、内需+外需で表される成長率を高めにくい。東日本大震災があった2011年以降、外需寄与度がプラスになったのは8年間のうち半分の4年間だけだ。それ以前の10年間では8年間が外需プラスである。
こうした外需の弱まりは米中貿易戦争のせいだけではない2019・2020年の成長率見通しは、米国、ユーロ圏、中国ともに2018年よりも鈍化していく方向にある。世界経済の成長加速が望みにくくなっているから、貿易取引が低調になり、外需に頼れない図式になっているのが実情である。
実は、ここ数年、需要項目の中で最もパワフルな項目は設備投資である。GDPの計算方法の中に研究開発費を含めたことも手伝って、その伸び率の寄与度が以前に増して目立っている。現在でも、成長持続の根拠として「設備投資の堅調さ」が繰り返して強調される。
しかし、よく調べてみると、設備投資は常に独立的に伸びているのではなく、実質輸出と微妙に連動している(図表3)。やはり、世界経済の成長鈍化の悪影響を受けて伸び悩んでいく可能性はある。
真水10兆円以上の要求
2020年度の経済成長が芳しくないのであれば、何を選択するべきなのか。筆者は、民間企業活動を促進する規制緩和や賃上げによる消費支援が求められると考える。安倍政権の政策に期待するところもあるが、最近は社会保障改革の旗印だった在職老齢年金廃止が頓挫しかけている。過去、農業改革、医療改革などの旗を振って、入り口の小さな修正で改革終了となったのと同じく、在職老齢年金廃止も抵抗勢力の巻き返しになす術なく、完全な撤廃から上限見返しへと寄り切られそうになっている。
改革が頓挫しそうな一方で、成長支援には真水10兆円以上の財政出動という声が上がっている。オールドエコノミーの政策手法に先祖返りにみえる。軽減税率分を除いて、4.6兆円の消費増税を行って、もう一方でその2倍以上の支出拡大を建設関連を中心に行おうとしている。これでは家計から事業者への資金シフトと同じになる。
先日の台風15号、19号を経験して国民の誰もが、防災対策が必要と思った。その感情に便乗して、必要以上の支出拡大をすることは、政権によるチェック機能が働いていないように思える。
真水を嵩上げすることに熱心な人々は、GDP統計で実質の公的固定資本形成がほとんどプラス寄与しなくなっている事実を知っているのだろうか。資材高騰や人手不足なども足枷の要因だ。公共事業を使って、民需を刺激する発想は、今は実効性を上げられない。有効な民需刺激に知恵を絞ってほしいものだ。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生