2019年度補正予算として、真水10兆円もの巨大な歳出拡大を求める声がある。12月上旬に取りまとめられる経済政策では、それらの意見がどこまで抑制されるのかが注目される。元々、災害対策として歳出増を求める声が、超大型の予算要求へとすり替わった印象がある。それらの中に本来ならばあってもよい消費刺激策が手薄だという問題点もある。

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(画像=baranq/Shutterstock.com)

※本稿は11月28日付けのロイター通信原稿に加筆・修正した。

急浮上した経済対策

政府は2019年度補正予算を組んで、景気刺激に動こうとしている。与党などからは真水10兆円という声が相次いで上がる。消費増税が軽減税率分を除いて4.6兆円の家計負担増であることを考えると、その2倍以上を使ってしまおうということになる。

ここにきて、経済対策が急浮上したのは、安倍首相が11月8日に指示したからだ。経済対策は、2019年度補正予算と、2020年度当初予算を一体で取りまとめる。経済対策は12月上旬にまとまるという。2019年度補正だけで真水10兆円という数字には耳を疑ってしまうが、その規模を政府はどこまで真に受けて実行するのか。財政再建に対する緩みがどこまで抑え込まれるのかが注目される。

経済対策が浮上した背景には、(1)台風19号とその前の15号による被害を踏まえた災害対策、(2)経済の下振れリスクへの備え、(3)東京五輪後の成長維持、の3つが主な目的となる。その中でも、防災用に公共事業を拡大することは筆者も賛成する。しかし、国民の間に公共事業を増やすことに共感が得られたとしても、いきなり10兆円という金額を使ってしまうことが正当化されてよい訳ではない。むしろ、過去に積み上げられた国土強靭化計画によって、台風19号の被害が未然に防止できなかったのかが疑問として残る。なお、国土強靭化計画は、2018~20年度の3年間で7兆円の総事業費を使う計画であった。

年中行事化していた補正予算

経済対策として浮上しているのは、ポスト5G基金創設、中小企業向けの生産性革命補助金などである。これらは、消費税率引き上げ後の消費刺激とは違う。年度の予算編成のときに次の候補として目されていた案件が、新しい経済対策として格上げされたのだろう。例年、当初予算を絞り込む代わりに、年度末に近づくと、補正予算が組まれて、準備されていた案件が計上される。

安倍政権は、発足当初2012・2013年度補正予算として10.3兆円の超巨大な金額を増額した。その後は、3~5兆円台の増額修正に止めている。そうした経緯からして、真水10兆円の巨大な増額を目指そうとする補正予算は異例に見える。

すでに、増税対策として準備されたものは、2019とは違った性格のものになる。 これは2020年度予算の方になると考えられるが、消費刺激策として該当するのは、2020年9月から2021年3月までのマイナンバーカードを活用した最大5,000円の還元策がある。こちらはキャッシュレス決済が2020年6月に終了した後の消費刺激策の後継という位置付けのようだ。以前から用意されていたメニューを、経済対策の中に入れた格好である。 整理して考えると、なぜ今、真水10兆円もの経済対策が急浮上しているのかがよく理解できなくなる。景気下振れリスクという言葉が、真水10兆円という巨大な歳出増の必要性に直結する訳ではなかろう。もしも、増税後の消費低迷を不安視しているのならば、対策の主軸は家計消費への働きかけを中心にするべきである。ところが、マイナンバーを利用したポイント還元くらいしか、その目的に役立つものはない。ポスト5G対応などは、各省庁がやりたい案件をリストアップしたものであり、消費低迷によく効く薬を処方しているようには見えない。理屈として、消費以外の分野でどうして巨大な支出増を必要とするのかは、筋が通っていないと思う。 もちろん、台風15号・19号による被害をみて、公共事業の必要性が強まったことは正当性がある。しかし、今までの国土強靭化がどのように有効で、どのような防災が不足しているのかが分析されないまま、巨大な金額が最初から大きく打ち出されるのは違和感がある。与党からの要請に対して、政府はもっと目的と手段の対応が適当かどうかを吟味して、正しく応ずるべきだろう。年度の当初予算に計上されている。そして、安倍政権はそれらを十分な消費税対策と説明してきた。だから、ここにきて計上されるものは消費税対策とは違った性格のものになる。

これは2020年度予算の方になると考えられるが、消費刺激策として該当するのは、2020年9月から2021年3月までのマイナンバーカードを活用した最大5,000円の還元策がある。こちらはキャッシュレス決済が2020年6月に終了した後の消費刺激策の後継という位置付けのようだ。以前から用意されていたメニューを、経済対策の中に入れた格好である。

整理して考えると、なぜ今、真水10兆円もの経済対策が急浮上しているのかがよく理解できなくなる。景気下振れリスクという言葉が、真水10兆円という巨大な歳出増の必要性に直結する訳ではなかろう。もしも、増税後の消費低迷を不安視しているのならば、対策の主軸は家計消費への働きかけを中心にするべきである。ところが、マイナンバーを利用したポイント還元くらいしか、その目的に役立つものはない。ポスト5G対応などは、各省庁がやりたい案件をリストアップしたものであり、消費低迷によく効く薬を処方しているようには見えない。理屈として、消費以外の分野でどうして巨大な支出増を必要とするのかは、筋が通っていないと思う。

もちろん、台風15号・19号による被害をみて、公共事業の必要性が強まったことは正当性がある。しかし、今までの国土強靭化がどのように有効で、どのような防災が不足しているのかが分析されないまま、巨大な金額が最初から大きく打ち出されるのは違和感がある。与党からの要請に対して、政府はもっと目的と手段の対応が適当かどうかを吟味して、正しく応ずるべきだろう。

マイナンバー・ポイント還元の混乱

従来から政府は、キャッシュレス決済のポイント還元が2020年6月に終了することを問題視していた。そこで消費刺激が途切れてしまい、崖ができることへの警戒である。

こうした議論は、キャッシュレス還元が対応として極めて有効であることが前提になる。その前提が入手されたデータで実証されているかどうかは不明である。むしろ、「崖」という言葉が独り歩きして、後継対策の必要性が論じられている感がある。キャッシュレス還元によって、消費データが豊富に入手できるはずなのに、皮肉なことにデータ分析には依存しない感覚的な不安によって、政策が動かされようとしている。データ分析というツールが進歩しても、それを使って判断する側がそれをうまく活用できなくては意味がないと思える。

さて、マイナンバーのポイント還元はどこまで消費刺激策として有効なのだろうか。筆者は、効果はかなり乏しいとみる。マイナンバーカードは普及率が14%に過ぎない。それを見せて、スマホやカードにポイントを追加した金額を入力するという。そのための機器を購入したり、自治体で利用するとしても手間がかかる。政府は、国民に広く割り振ったマイナンバーを利用してもらいたいので、カード利用を促進したいと考えている。しかし、そもそも普及率が極端に低く、それを少し高めたところで対象人数は限定だろう。政策目的に、マイナンバーの普及と消費刺激の2つを混在させているところも無理がある。最大25%の還元率は、カードを保有してもらうための特典だと思えるが、それほど魅力的なプレミアムには思えない。

多くの国民が、手軽にマイナンバーのデータを持ち歩くことに強い抵抗感を持っている。企業内では、個人情報を漏洩してはいけないという厳しい管理体制があり、ほとんどの勤労者はそのカルチャーに染まって個人データを手軽に持ち歩こうとしない。社会的に個人情報管理のハードルを上げてしまったことが、マイナンバーの普及を妨げていると考えられる。

本質的に、健康保険証や運転免許証と変わらないと考える人もいるが、それは理解が違う。マイナンバーカードを使うと、消費行動の履歴などを追うことがことができるかもしれない。これは、多くの国民にとって知られたくない情報を政府などに捕捉されることを警戒させる。特に、高所得・高額資産を持っている人は、巨大な政府債務を日本政府が抱えているのをみて、資産課税などで将来は債務返済を進めるのではないかと恐れている。これは、根拠の有無とは別に捕捉を恐れる感情が芽生えているせいだ。「真水10兆円が必要」という声を聞くと、マイナンバーカードを安心して使って大丈夫かと思う人はいるだろう。

財源不足とその効果

政府にとって、大型経済対策を打とうとするときに問題になるのは財源である。これまでは税収が当初予算よりも上方修正されるなど、余力が生まれている中で、それを原資に補正予算を打つことができた。2019年度は、税収見通しが当初の62.5兆円から約▲2兆円ほど下振れして、補正予算を打つ余力がない。国債費の年度内の減額も+1兆円強というところだろう。一方で増税をして、もう一方で赤字国債を増発するには、余程の根拠がなくてはいけないはずだ。筆者はそうした根拠が示されないまま、リストアップされた歳出案件が消化されようとしている流れがおかしいと考える。

歳出拡大は、景気刺激になるという古典的な主張を唱える人はいるだろう。しかし、2019年度補正予算による需要嵩上げがある場合、それが終了するときには需要がなくなることを心配しなくてはいけない。経済対策には、五輪後も成長を持続させる狙いもあるが、ならば、2019年度補正予算を増やさずに、2020年度当初予算を拡充して、公共事業の執行を後ずらしする方が無用に反動減を大きくせずに済むはずだ。

政府は、増税後に財政規律が緩んでしまうと何のための増税なのか、国民に対して全く説明がつかなくなってしまうので、襟を正して歳出拡大の圧力を抑え込んでもらいたい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生