シンカー:マーケットでは日銀の国債買入減額余地には限界があり、過度な金利低下の対応策が限られていると見方が多かった。増加している日銀の保有国債の償還額を、国債買い切りオペ額が下回ってしまい、保有国債残高が減少してしまった場合、マネタリーベースが減少し、日銀のコミットメントに反してしまうと考えるからだろう。ただ、日銀の保有国債が償還されると、日銀の保有国債残高が減少するとともに、日銀にある政府預金が減少する。日銀はETFなど国債以外の資産買入も行っているため、ネットの国債買入額がマイナスに転じてもマネタリーべースの拡大を維持するための一定のバッファーを確保している。また、国債の代わりに国庫短期証券などを買う手段もある。政府が国庫短期証券を買い、償還されたときの資金を基に政府が償還資金調達のために新しく発行した国庫短期証券を同額だけ買うというサイクルを継続すれば、長期国債を保有するのと変わらないと考えられる。日銀の国債買入の減額余地を過小評価することは、日銀がマーケットに与える金利上昇圧力を過小評価することなるだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

米中通商協議の不透明感が増し、英国のEU離脱問題でも合意無き離脱が意識された中、低金利環境が続き、マーケットでは日銀の国債買入減額余地には限界があり、過度な金利低下の対応策が限られていると見方が多かった。

増加している日銀の保有国債の償還額を、国債買い切りオペ額が下回ってしまい、保有国債残高が減少してしまった場合、マネタリーベースが減少し、日銀のコミットメントに反してしまうと考えるからだろう。

ただ、日銀の保有国債が償還されると、日銀の保有国債残高が減少するとともに、日銀にある政府預金が減少する。

政府預金はマネタリーベースに含まれないため、マネタリーベースに変化はない。

政府預金の減少を防ぐため、政府が国庫短期証券を発行し、日銀がマーケットからすぐに買い切った場合には、政府預金も変化しない。

日銀が既にマーケットに存在する国庫短期証券を継続的に大幅に買い切ることを決定し、その保有残高の大きな増加額を2%の物価安定目標が達成されるまで維持する方針を示しても、この条件は整う。

このスキームを大幅に継続利用し、国債の償還にともなう政府の民間からの国債買入による資金調達を十分に抑制すれば、日銀の保有国債の償還額を、国債買い切りオペ額が大きく下回っても、マネタリーベースが減少することはなく、政策のコミットメントを修正する必要性もない。

一方、国債の償還にともなう政府の民間からの資金調達を抑制できるため、国債買い切りオペを減額する余地はその分だけ大きくなる。

長期国債の変わりに国庫短期証券などを買うと、償還が早まるため、マネタリーベースの拡大に支障が出るとの考えがあるようだ。

しかし、償還された資金を基に日銀が償還資金調達のために新しく発行された国庫短期証券を買えば、マネタリーベースの維持するのは容易である。

そのサイクルを継続すれば日銀が長期国債を保有し、マネタリーベースの水準を維持するのと変わりはないだろう。

日銀には国債の買入以外に銀行券発行残高と貨幣流通高の年率2%程度増加分(2.5兆円程度)、ETF買い入れ分(6兆円程度)、貸出支援基金の増加分(2兆円程度)などマネタリーベースが縮小に転じるの防ぐバッファーは他にもある。

マネタリーベースの拡大は継続し、金融緩和のコミットメントは維持しているというスタンスを保つと同時にイールドカーブ・コントロールへの移行後、金利水準の重視により、量的緩和の部分があいまいになっていたことを修正することもできる。

政府・日銀の共同目標としての2%の物価上昇率を目指し、現行の金融政策のフレームワークを持続的にするため、国庫短期証券がマーケットで不足した場合、オーバーパーである利点もあり、政府は発行を増加して協力できるだろう。

国債発行は年度計画で行われるた、短期的な需給の動きに対して追加発行などで対応することは難しい一方で、国庫短期証券は国債と違い、発行などに関して財務省により裁量が与えられており、需給の動きにより容易に対応できると考えられる。

来年度の国債発行計画で前倒債発行の限度額が縮小したことで、マネタリーベースの縮小圧力となる過度な前倒債発行を抑制する効果があったと考えらえる。

確かに、国庫短期証券の保有額が大きく増加すると、マイナス金利であるため、日銀の損失は膨らむ。

しかし、日銀の国庫納付金(余剰金)は2018年度には5500億円程度あり、2%物価安定目標を早期に達成するために追加緩和として短期国債・政府短期証券の買入を増やしても、一定の期間で目標が達成されれば、バッファーも十分にあり、大きな問題は起こらないだろう。

過去に国庫短期証券を60兆円程度(発行残高比60%程度)保有した前例があり、足許の保有額の10兆円(発行残高対比10%程度)を考えると、日銀には買入余地は十分にあると考えられる。

日銀は従来から理論上可能であれば、現緩和政策の効果を強化や効率化できる政策を常に検討しているスタンスを維持しているため、理論上可能な政策であれば検討する可能性は十分にあるだろう。

マーケットは日銀の買入減額の限界を意識しすぎている可能性は十分にある。

黒田総裁も12月19日の日銀金融政策決定会合後の記者会見で「超長期のところはもう少しスティープになってもいいのではないかと思っています」と言及し、国債買入の減額余地がまだ十分にあることを示唆している。

日銀の国債買入の減額余地を過小評価することは、日銀がマーケットに与える金利上昇圧力を過小評価することなるだろう。

図)日銀の国債保有額と国庫短期証券保有額

日銀の国債保有額と国庫短期証券保有額
(画像=日銀、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司