2019年11月6日、ソフトバンクグループの2020年3月期・第2四半期の決算会見ではウィワーク問題に関心が集まりました。決算会見の焦点になったのは、損失額やウィワークの今後の見通しなどです。しかし説明会の中で孫正義氏の投資家としての自信が揺らぐことはありませんでした。そこで今回は孫氏が投資で最重要と話す「フリー・キャッシュフロー(FCF)」について解説します。
「真っ赤っかの大赤字」!ウィワーク問題をおさらい
孫正義氏は、決算会見の開口一番「決算内容はぼろぼろ、真っ赤っかの大赤字」と通常の決算会見では聞けない大胆な表現で口火を切りました。大赤字の要因は、ソフトバンクグループの主力事業である「ソフトバンク・ビジョン・ファンド」の投資先企業である、オフィスシェア大手のウィワークを運営する米ウィーカンパニーの企業価値が下がり評価損が発生したことです。
さらに配車サービスを展開する米ウーバーテクノロジーズなど他の投資先の株価が下落したことで、ファンド事業は9,702億円の巨額の損失(前年同期は3,924億円の利益)が発生する結果となりました。これによりソフトバンクグループの最終損益は7,001億円の赤字となり前年同期の5,264億円の黒字から一気に赤字転落という衝撃の決算内容になったのです。
なぜ今回の損失が発生したのか 孫正義氏の釈明
ソフトバンクグループは、なぜ今回これほどまで巨額の損失を計上することになったのでしょうか。孫氏は投資先のウィワークについて「価値を高く見すぎた」と反省の弁を述べています。創業者のアダム・ニューマン氏についても「彼の良い部分の価値を良く見すぎてしまい、マイナス面には目をつぶってしまった」と見立てが甘かったことを認めました。
会社や創業者を高く評価しすぎた結果、ウィワークの価値下落によってソフトバンクグループ保有分の株式では4.7米億ドル(1米ドル108円として約5,076億円)の評価損を計上するに至ります。決算に対する株式市場の反応は比較的冷静です。決算発表当日(2019年11月6日)のソフトバンクグループの株価終値は4,322円でした。
しかし決算の結果を受けた翌7日の終値は、4,226円で96円安と限定的な下げにとどまっています。その要因になったのは、孫氏が記者会見で投資が失敗だったことをあっさり認めたことです。そのうえで「決算はぼろぼろだが株主価値は約1兆4,000円増えた」「ソフトバンク・ビジョン・ファンドの累計利益は約1兆2,000億円あり大勢にまったく異常はない」とすぐに前向きなコメントを発表しました。
これにより投資家心理が前向きになったことも影響しているかもしれません。ソフトバンク・ビジョン・ファンドが投資した企業の先行きは、決して暗い見通しばかりではありません。三菱総合研究所が2018年11月号で発表した「MRIマンスリーレポート」によると、2050年にMaaS(交通手段としての移動サービス)は全世界で900兆円の市場になると予測されています。MaaSの一環である配車サービスは、有望なビジネスモデルであることは確かでしょう。同サービスを手掛けるウーバーテクノロジーズの業績も市場の拡大と連動して伸びる可能性もあります。
孫正義氏が逆風の決算説明会で強調した“重要な指標”フリー・キャッシュフロー
企業価値を計るうえで重要な要素が財務指標です。「会社四季報」のキャッシュフロー欄をみると「営業キャッシュフロー」「投資キャッシュフロー」「財務キャッシュフロー」「現金等」の4つの項目が掲載されています。しかし孫氏は記者会見の中で「私は指標を一つだけ取れといわれればフリー・キャッシュフローだと思っている」と先の4項目以外の重要性を語りました。
そのうえで「今、フリー・キャッシュフローが出ていなくても5年後、7年後に出てくるフリー・キャッシュフローをディスカウントして買うべきかどうかを判断している」と投資に対する方針を示しています。孫氏が最も重要視するフリー・キャッシュフローとは、どのような指標でしょうか。
フリー・キャッシュフローを専門的に解説すると……
グロービス経営大学院の解説によると「フリー・キャッシュフロー」とは、「将来得られるキャッシュフローを、適切な“割引率”で資本コストに反映させることで現在の価値を求める考え方」をいいます。また「債権者や株主に対する利払いや配当にあてることができる、債権者や株主に帰属するキャッシュフローのこと」と定義されています。孫氏が記者会見で使ったディスカウントという言葉がこの“割引率”にあたると考えられます。
ちなみに、同大学院が示している計算式は次の通りです。
フリー・キャッシュフロー=営業利益×(1-税率)+減価償却費-投資-△運転資本
フリー・キャッシュフローを分かりやすく解説すると……
大学院の専門的な解説では少し難解と感じる人もいるかもしれません。フリー・キャッシュフローを端的に整理し分かりやすくいうと「企業が自由に使えるお金」のことを指します。
先に述べた4つのキャッシュフローのうち「営業キャッシュフロー」と「投資キャッシュフロー」を合わせたものがフリー・キャッシュフローのもとになります。すなわち、事業によって稼ぎ出したお金から設備投資などの経費などを差し引いて残ったお金がフリー・キャッシュフローとなり、株主への配当や借入金の返済、自社株買いなどに使われます。
今回のウィワーク問題で孫正義氏の投資スタンスは変わるのか?
フリー・キャッシュフローの内容が分かったところで今回の出来事によって孫氏の投資スタンスが変わることはないかを最後に考えてみましょう。ソフトバンクグループの屋台骨を揺るがすウィワークですが、同社に対しては否定的な意見が多くみられます。記者質問の中でジャーナリストから「インターネットやAI革命というが、ウィワークは単なる不動産業である。不動産業にあの時価はない」と孫氏に投げかけがありました。これに対し孫氏は、「赤字解消を基礎編だとすれば将来的には応用編としてAIやコミュニティに関する付加価値を付ける部分を取り入れていきたい」と回答しています。
また別の記者からの質問で「なぜウィワークを高く買ってしまったのか。第2、第3のウィワークは出てこないのか」との懸念材料が示されました。厳しい質問にも孫氏はひるむことなく「出てくることはあると思う。今までの実績でも価値が減ったのが20数社で増えたのが30数社、減ったのが6,000億で増えたのが1兆8,000億。金額的には3勝1敗である。このビジネスで10勝0敗はそもそもありえない」と堂々と受け答えしています。
孫氏が強気になる背景には、アリババ集団への投資で大成功を収めた経験があるでしょう。ヤフーへの投資もまた然り。もし孫氏が10勝0敗の負けない投資を心がけるような経営者であれば、アリババやヤフーを発掘することはできなかったかもしれません。孫氏は勝敗よりも投資の中身を重視する姿勢のようです。極端な話、1勝9敗でもその1勝がアリババであれば投資全体では成功と考えることができます。
過去にはネットバブルがはじけ、ソフトバンクの株式価値が約100分の1に下落しました。孫氏は周囲からすさまじい批判を浴びながらもYahoo!BBを立ち上げ、日本にブロードバンドを普及させた経験があります。この経験が逆境に負けない自信につながっているのかもしれません。
孫正義という稀代の経営者がこの難局をどう乗り切って新たな投資に向かうのかが注目されます。すでに経営・投資をしている既存企業の価値を高めながら、次なる金鉱脈をいかに掘り当てるのか、市場としては当分孫氏の動向から目が離せそうもありません。(提供:Wealth Lounge)
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