部下を指導するとき、「ここが間違っている」と否定しがちです。「否定しない」コツはありますか?

「否定」するのは仕方がない

「指導」とは「部下が現在行っていることを修正し、正しい方向へ導く」ことですから、「部下を否定する」という事実からは逃れられません。身につけるべきは「相手を否定しないコツ」ではなく、「的確に否定するコツ」です。

「的確に否定するコツ」は「事実ベース」で伝えることです。

「お前はダメだ」ではなく、「相手に一生懸命提案をしているのはわかるんだけど、横で聞いていると君の提案は自社の都合ばかりを話している。相手のオーナーのニーズをまったく聞けていない。まずは相手のニーズを聞いて、それに合わせて提案してみよう」というように、具体的に「事実」を示し、修正を求めるのです。

部下自身も、自分のやっていることについて「どのような理由でうまくいっていないのか」がわかれば、行動を改めやすくなります。

部下の行為が明らかに間違っている場合は、訂正しやすいでしょう。しかし仕事は複雑なもの。

部下の言い分に一理あることも多いのです。

「自分は間違っていない」と主張する部下

ある製薬メーカーでは、他社との競合優位性を確保するために、「月300万円以上の売上があるドラッグストアには、月8回訪問しなさい」というルールがありました。多くの部下はこのルールを守っていましたが、ある部下は月に4回しか訪問していません。

ここで「お前はなぜ4回しか訪問していないんだ!もっと訪問しろ」と頭ごなしに叱っては、部下は心を閉ざしてしまいます。まずは「なぜ月4回しか訪問していないんだ?」と、「事実」を確認します。

すると部下は、次のように答えました。

「『8回』という回数だけを稼ごうと思ったら、いくらでも稼げます。でもそれは、会社のルールを守るためだけの行動でしかない。私はより効率のよい営業を目指しているのです。

私は新商品の提案だけではなく、納入しているすべての商品で何が売れていて何が売れていないのかをチェックし、既存商品の入れ替えも同時に行っています。新たな提案をして相手から『よし、そのお話に乗りましょう』という返事をいただいたとき、『じゃあ来週持ってきます』という話をすれば、訪店回数は1回多くなります。しかし1週分、その商品を売る機会を損失することになります。だから私はあらかじめ、相手からいい返事をいただいたときのために、提案する商品の在庫を持って営業に伺い、すぐに補充できる準備を整えているのです。

言わせていただければ、私は訪問2回分、3回分の仕事を1回で行っているのです。営業の質は、訪問10回分くらいのものを保てていると自負しています」

部下の側からも、「事実」をもとに「訪店は月4回にとどまっているが、こちらにも理がある」という説明があったのです。

上司はこの言い分に納得。この部下については「月4回」という訪問回数を認めることにしました。

「事実」をベースにすり合わせれば、相手を真っ向から否定せずにすみますし、対応も柔軟にできるのです。

伝書鳩になってはいけない

上司の役割は、経営陣から下りてきた目標を部下に伝えるだけの伝書鳩ではありません。「8回」という目標をただ吠えているだけでは、自分の頭で考えて、より効率的に相手のニーズに応えようとする優秀な部下を潰すことになります。

上司はまず、「8回」という目標の裏にある経営陣の意図を知る必要があります。「なぜ8回なのか」を確認するのです。そうでなければ、部下の側から「4回でもいいじゃないですか」と言われたときに、対等に議論ができません。

同時に部下に対しても、「8回なんて無理ですよ」で終わらせるのではなく、「なぜ8回が無理なのか」を「事実ベース」で説明させる必要があります。部下の側にも説明責任があるのです。

ここまで議論を固めておけば、たとえ他の社員から「あいつだけ月4回の訪問でOKなんてずるい」という声があがったときにも、ごまかさずに対応できます。

「あいつは月4回の訪問だが、1回あたりの訪問時間は他のみんなの3~4倍。その時間でこれだけの質の営業をしている。このやり方を選びたい人は選びなさい」と、部下の働き方に幅を持たせることができるのです。部下は自分の選んだ働き方で、納得して働くことができます。

仕事の自由度を高められる

「事実ベース」ですり合わせるというと、堅苦しさを感じる人もいるかもしれません。ですが、先ほどの例のように仕事の自由度を高めることができます。

一度すり合わせておけば、次期以降、この部下については「月4回の訪問」をベースに目標を設定できます。毎期「目標は月8回だ」「いや、私は月4回で結果を出している。月4回でOKにしてくれ」という同じやりとりをしなくてすみ、その時間を生産的な活動に使うことができます。

1万人のリーダーが悩んでいること
浅井 浩一
1958年生まれ。大学卒業後、JT(日本たばこ産業)に就職。「勤務地域限定」の地方採用として入社。日本一小さな工場勤務での、きめ細かなコミュニケーションを通じた働きぶりを買われ、本社勤務に。職場再建のプロと称され、次々と任された組織を活性化させ、歴代最年少の支店長に大抜擢。2001年より自らも現場でマネジメントを行いながら、公益財団法人日本生産性本部・経営アカデミーなどのビジネススクールで多くの企業幹部、管理職、リーダーを指導。これまで指導してきたリーダーの数は1万人を超え、お互いを信頼し助け合える組織作りを信条とし、「意識と行動を変える超実践派」の第一人者として高い評価を得ている。著書に『はじめてリーダーになる君へ』(ダイヤモンド社)、『目標を「達成するリーダー」と「達成しないリーダー」の習慣』(明日香出版社)がある。

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