日本にある約382万の企業のうち、99.7%を占める中小企業。これらの企業が直面している問題が、経営者の高齢化と後継者不足だ。
日本M&Aセンターの試算では、後継者不在のために廃業を余儀なくされる企業は2025年までに127万社にものぼるとされ、日本経済にとっても大きな損失を引き起こす。
いわゆる「跡継ぎ」がおらず、事業の継続が難しくなる中小企業への一手が、親族でない第三者による事業承継だ。2019年12月には、中小企業庁も「第三者承継支援総合パッケージ」を策定し、自体の改善に本腰を入れている。
そこで注目を浴びているのが、インターネットを活用したサービスによる「スモールM&A」だ。個人が売り手の情報を自由に閲覧し、会社を買えるインフラが整ってきたことで、“雲の上の出来事”だったM&Aが身近になっているとも言える。
こうした小規模なM&Aによる事業承継をサポートするプラットフォームとして日本M&Aセンターから生まれたのが「Batonz(バトンズ)」だ。
サービスを運営する株式会社バトンズ代表取締役の大山敬義氏に2019年までの個人M&A市場の動きと2020年以降の見通し、さらに実際にM&Aをする際のアドバイスを伺った。
近年急拡大しつつあるスモールM&A市場
まずは「スモールM&A」という言葉について定義しておきたい。スモールM&Aは明確な定義がないものの、中小企業を対象に数百万~1億円で取引されるものが多いという。2019年に行われたソフトバンクによるヤフーの買収などのように、ときには数千億円もの金額が動く“大型のM&A“とも、年商数億円から数十億円の企業が中心のいわゆる中小M&Aとも大きく異なる。
レコフデータの調査によると、国内企業のM&A件数は2017年で3050件。リーマンショックなどの大きな経済的ショックの影響を受ける時期もあるが、2012年以降は堅調に増加している。
中小M&Aの件数も年々増加していて、中小企業のM&Aを手がける上場3社(日本M&Aセンター、ストライク、M&Aキャピタルパートナーズ)の成約件数を見ても2012年の157件から、5年後の2017年には3倍以上の526件にまで増加している。
一方年商数千万から1億円程度のスモールM&Aはここ1、2年それらを上回る急ピッチで拡大している
なぜ今スモールM&A市場が熱い視線を集め、盛り上がりを見せているのだろうか?
大企業や超富裕層だけのものだったM&Aがより身近に
――これまでM&Aといえば、大企業の買収や合併などをニュースで見るくらいのもの、というイメージがありました。スモールM&A、特に個人によるM&Aはなぜ増えているのですか?
かつてのM&Aは巨大企業が行うもので、その規模も数百億から数千億、投資銀行などに支払うフィーも億単位というものでした。 それが日本M&AセンターのようなM&A仲介会社が出てきたことで、年商数億円から数十億円の中小中堅の企業にもM&Aの門戸が開かれ、それ以前と比べるとM&Aはグッと身近なものになりました。
しかしそうは言っても買収資金や少なくとも2000万円程度になる仲介会社へのフィーを考えると、やはり買い手としては最低でも売上5億円以上の規模の会社に限られていたのも事実です。
また、売り手の方も同額程度のフィーはかかってきますから、持ち出しを考えなければそれ以上の価格で売却できる企業、年商でいうとやはり数億円以上に限られていました。
つまり仮に「手元に1000万円あるから会社を買いたい」と相談を受けても、残念ながら紹介できる会社は存在しなかったのです。
小規模事業者間でのスモールM&Aは存在こそしていましたが、あくまで知人のツテや紹介によるもので、ビジネスとして成立するものではありませんでした。
――つまり、個人が買えるような規模の会社の情報が集まる場所はなかったのですね。
個人によるM&Aは、これまでの売上数億円の売り手企業と少なくとも5億円以上の買い手企業という中小M&Aよりさらに小規模なものです。
年商1億円以下くらいの会社を小規模な法人や個人が買収する、いわゆるスモールM&Aという分野で、アメリカでは「ビジネスセル/ビジネスバイ」のように呼ばれています。
中小M&AとスモールM&Aの大きな違いは、相手の見つけ方、つまりマッチングです。
M&Aの世界では、大きな会社ほど買い手を見つけやすくなります。例えば一部上場の家電メーカーであれば、ほとんどの人が名前を知っているはずですから、関連業界の中で「どこが買うだろうか?」と想像も巡らせやすいでしょう。
反対に、郊外にある売り上げ2億円の金属加工工場はどうでしょうか。非上場で名前を知る人も少なく、どんな業界とつながっていく業種なのかもいまひとつ想像しにくい。自社にシナジーをもたらす企業かどうかも分かりませんから、なかなか検討されにくいですよね。
こうした「売り手企業」に対して「買い手」を探すのが日本M&Aセンターのようなコンサルタントの役目。どんな業界の企業がこの会社を買いたいだろうか?と考えながら、1社1社にコンタクトをとって“お見合い相手”を探していくのです。
その作業にももちろんフィーはかかりますから、M&Aはやはりある程度の規模の会社にしか選べない選択肢だったと言えますね。
ネット活用による事業承継が拡大
――なぜ今、個人によるスモールM&Aが可能になったのでしょうか?
個人やごく小規模な事業者によるスモールM&Aがこの1~2年で増えている背景には、ネットの普及が考えられるでしょう。
コンサルタントにお金を払わなくても、Batonzのようなサイトにアクセスして検索をすれば、全国の売り情報が探せるようになったのです。この「ネットで探す」というムーブメントが、今回お話しするスモールM&Aの軸になっています。
今、Batonzに登録されている売り情報は約2000件です。一方買い手として登録されている数は約3万件に及びます。かつては2000人の売り手から「買ってほしい」と言われるような人物は、それなりの規模の会社やごく一部の富豪だけだったでしょう。それが今や、誰もが無料でアクセスできる時代。M&Aは選ばれた人だけの神聖なもの、そんな世界が崩れたといっていいはずです。
――ネットの活用によって情報アクセスがしやすくなり、より多くの売り手と買い手がM&Aを検討できる場が整ったということですね。
そうですね。また、事業承継ブームが起きていることも一因と考えられます。
中小企業庁も「第三者承継支援総合パッケージ」の策定などで対策に乗り出したように、中小企業の後継者不足は深刻な問題です。特に地方では廃業が増え、経済が衰退するリスクが高い。
中小企業庁が掲げた目標は、今後10年間で60万社、つまり年間6万社の第三者承継、スモールM&Aを実現すること。2019年の年間成立件数は約4000件ですから、単純計算で15倍にするという非常に高い目標です。
後継者不足の背景にあるのは経営者の高齢化です。かつて40代で代替わりをしていた中小企業も、現在は経営者の平均年齢が60歳を超えています。2025年には70歳を超え、もはや待ったなしの状況と言えるでしょう。
東京商工リサーチの調査では、後継者がいない127万社のうち約半数が黒字経営ということです。にもかかわらず廃業を選ばなくてはならないのは非常にもったいない。そこで、親族でなくても第三者に会社を譲渡し、事業承継をしてもらいたいという動きが活発化しているのです。
2018年に発売された三戸政和さんの著書『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』は、16万部を超えるベストセラーになりました。買い手となる個人にとっても、M&Aが決して夢物語ではないということの表れだと思います。
個人によるスモールM&Aは増えてマーケットも拡大
――2020年以降、このスモールM&Aのマーケットではどのような動きが出ると思われますか?