12 月半ばにかけて、大きな変化として、(1)米中合意、(2)英総選挙、(3)米利下げ休止の3つがあった。これらは、2020年前半にかけて外需を好転させる材料になるだろう。日本経済は、2020年夏の東京五輪が終わると一旦は停滞を迎える。3つの効果がそれを変えられるだろうか。
米中の第1段階の合意
少し時間が経ってしまったが、振り返ると、12月半ばは過去から未来に向けて転換軸(ピボット)になりそうなイベントが集中した。そこで、まとめてこれらを整理しておきたい。12月13日の米中貿易協議の第1段階の合意の発表、12月12日の英総選挙、そして12月10・11日のFOMCによる利下げ休止の3つである。この間、日米株価は大きく上昇する。これら3つのイベントについて、「市場はすでに織り込み済み」とか、「不確実性の霧はまだ晴れない」といったコメントは多い。むしろ、筆者は政治家や政策当局者が自ら能動的に動くことによって、将来の行動に期待を持たせた点が評価できると思える。
まず、米中貿易協議である。最大のポイントは9月に発動した第4弾の一部の制裁関税1,200 ドルについて、関税率15%から7.5%へと切り下げることを決めた点である。今まで制裁関税の報復合戦を開始してから、引き下げは初めてのことである。もしかして、ターニングポイントになるかと思わせる。ここには、「米国は発動済み関税の一部を取り消す」という中国と、「関税の大部分は維持される」という米国の主張の対立はある。筆者は、中国側が語っている段階的な撤廃へと舵が切られたと理解する。経済指標の中で、ITサイクルが上向きに変わっていく変化がすでに散見されている。その流れを米中協議は後押ししていく点で大きな意味がある。
無論、まだ高いハードルは残っている。トランプ政権が今後2年間で中国が米国からの輸入額を2,000億ドルも増やすという方針は本当に可能なのだろうか。とうもろこしや豚肉などの農産品の輸入増500億ドルの約束でさえ、かなり高いとみている。
中国は、米・小麦・とうもろこしは自給する方針を持っており、とうもろこしには従来補助金を出してきた。割高な自国産を止めて、大量の米国産とうもろこしを使用することは、補助金を減らし、豚などの飼料コストを下げるメリットはある。反面、中国国内のとうもろこし農家へのダメージはあるだろう。2,000億ドルの方針の方は、対中貿易赤字を解消したいというトランプ大統領が、2020年の大統領選挙に向けてポジション・トークをしていると感じられる。こちらは、現実味が乏しい。
理解すべきは、トランプ大統領が選挙に向けて、米中貿易戦争を一旦は収束させたいと強く願っていることだ。2020年秋の選挙で勝ってから、第2段階の合意へと動き出すのだろう。混乱よりも、一旦は安定を求めている。
もう一つ、米中合意ができたことは、トランプ大統領にとって大きな得点である。自身の再選には有利になった。公約した貿易赤字是正に対して実績をつくった。この間、18日に米下院では民主党を中心に大統領の弾劾訴追を決議した。しかし、実績をつくろうとする大統領の足を引っ張ろうとする対応は、有権者からは好まれないだろう。民主党は、それもある程度わかっていて、何も批判なしでは済まされないから、行動している部分もある。国民の支持を新しい行動によって取り付けようとしている点で、トランプ大統領が得点したことは、政策が前向きに動くことを期待させる。ここまでの株価上昇の反応は、そうした理解に基づくと考えられる。
英総選挙も決められない政治へのNOだ
12日の英国の選挙では、保守党が勝利して、労働党は敗北した。有権者は、ブレグジットの長期化にうんざりしており、ジョンソン首相を信任する票決をしたとみられる。ジョンソン首相は10月にEUとの間に合意を行った。今考えれば、そうした実績が評価されて、2020年末までの移行期間に何とか合意なき離脱を回避することを有権者から任されたのだろう。今後、各国とFTAを英国が結ばなくてはいけないという不確実性は残る。それでも、ジョンソン首相は選挙によって信任を得たことが、自己実現的なパワーとなって、不確実性に対処しやすくなる。
トランプ大統領も、ジョンソン首相も、これまでの混沌とした状態から、政治への期待の方に流れを引き戻したところが今までと違って新しいのだろう。今後の課題に対して、両者がうまく決断できないリスクは存在するが、そうなったときは株価が上がった分が落ちるという反応になろう。それは期待感の生起確率が低下するという反応でもある。
FRBの利下げ休止
米中交渉の行方は、微妙に米国の金融政策に影響を与えてきた。交渉が厳しい報復の応酬になると、トランプ大統領はFRBの政策に注文をつけた。自分が火をつけて株価が下がったのに、悪いのはFRBだと責任を転嫁した。
この図式は、2020年は変化していくだろう。FRBは金融政策の自由度を高めることができる。米中合意は、目先の不安を後退させた。今後、まさしく経済データ次第で先々の利上げが意識されたり、追加利下げの観測も生じるだろう。FOMCメンバーの意見も、ドットチャートをみると、従来の対立が解消してほぼ一枚岩になって、2020年の金利据え置きを予想している。いずれにしろ、金融市場はFRBに任せておけば、今回のようにうまく捌いていくと予想する。これは、株価にとってはプラス要因とみられる。
実体面では、対中制裁関税が米物価上昇圧力になってきた要因がなくなっていく点も重要だ。インフレ要因が後退すると、FRBは長く利下げ休止を続けられる。関税がコストアップによる消費抑制になることもなくなり、景気にプラスである。
2020年も慎重な見方が続く
今後の日本経済に対して、各イベントがどのような効果を及ぼしそうなのだろうか。まず、製造業にとっては、ITサイクルが上向きになる動きが加速される点で、2020年前半の景気にはプラスである。株価上昇が進むことも個人消費には恩恵がある。欧州経済についても、当面の混乱が一旦はなくなり、2020年末にかけて波乱が起きにくく、回復の流れがサポートされそうだ(図表)。
ただし、日本の輸出環境が大きく改善するには、もっと中国経済にプラスの効果が表れることが必要だ。しかし、中国はにわかには改善しにくいのではないか。米中貿易戦争は、米国よりも中国の悪化によって日本企業はより大きく悪影響を受けている。焦点は、米中摩擦が一服したところから中国経済がどのくらい持ち直すかである。日本の一般機械・電気機械は、中国からの下押し圧力を相当強く受けている。最近では、中国の製造業PMIは、財新が2019年7月から改善しており、国家統計局の方でも11月は持ち直しとなっている。
とはいえ、中国の通信機器などに対する締め付けは厳しく、たとえ部分的に追加関税が上がらなくとも、悪化は避けられない。米中合意の効果は、中国企業に限界的なプラスに止まるだろう。2020年にかけての外需の回復は、中国経済の回復の鈍さによってペースは緩やかとみられる。
2019年末からみえる風景は、ITサイクルのように循環的な好材料にはあまり反応しにくい日本企業が多いというものだ。これは、米中合意があったとしても、根本になる米中対立が大枠で変わらないという慎重な見方に基づく。トランプ大統領再選が歓迎されるとしても、それは民主党のアンチビジネス的な候補者よりはましであるという見方があるからだ。むしろ、トランプ大統領が中国に対してディールをまとめようとすると、議会は民主党を中心にさらに中国に厳しい姿勢を採る。トランプ大統領は、弱腰に見られないように、中国への強硬姿勢を引くに引けなくなっている。これは、自縄自縛に陥っている状態である。
2020年の日本経済は、外需環境が改善することが企業のマインド悪化に歯止めをかけさせるだろうが、国内へのプラスの波及は小さいだろう。引き続き、東京五輪以降の低空飛行を警戒したい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生