2019年10月の消費税率の引き上げは、短観の非製造業・業況判断DIを大きく押し下げるには至らなかった。むしろ、押し下げは中小企業の小売・個人サービス・宿泊飲食サービスの方に表われた。これらのセクターは、業況判断DIの水準が低く、利益率もまた低いという特徴がある。デフレ構造が、それらの収益率の低さの背景にはある。

増税,不動産投資,影響
(画像=takasu/Shutterstock.com)

前回よりもかなり影響は小さい

2019年12月の日銀短観では、消費税率10%への引き上げのインパクトがどう表われたか。企業の景況感という点にフォーカスをして増税の悪影響を再検証してみたい。

まず、大企業・非製造業では、悪影響はほとんど表われていない(図表1)。業況判断DIが前回比△1%ポイント(以下%ポイントをPと略)と、2014年6月の△5P、東日本大震災後2011年6月の△8Pと比べてもごく僅かである。中小企業・非製造業は、業況の前回比が△3Pと、2014年6月の△6P、2011年6月の△7Pと比べても同様に小さな変化である。△3P程度の幅の変化は、特別なショックがなくても起こる。

景況感への増税インパクト
(画像=第一生命経済研究所)

業種別には、中小企業の方で消費関連が幅広く落ち込んだという特徴がある。中小企業の小売は△10P、宿泊・飲食サービスが△10P、対個人サービスが△8P、運輸・郵便が△5P、卸売が△3P、情報通信が△1Pである。

大企業では、小売が△7Pになったほかはほとんど悪化はみられていない(図表2)。こうした変化幅は、2014年6月の業種別の変化に比べると、かなり小幅であるという特徴もある。2014年6月のときは中小の小売が△36Pと劇的に落ちていた。

景況感への増税インパクト
(画像=第一生命経済研究所)

なぜダメージが小売に集中するのか?

消費税のダメージが、小売に集中して、中小企業の方では対個人サービス、宿泊・飲食サービスにも強く表れるという変化は、一見すると当たり前のことに思える。小売の業況は、その手前で駆け込み需要が生じて、一旦良くなったところから落ちるから、今回の前回比だけをみると悪化幅が大きくなる。大企業・小売の業況DIは、2019年3月の2→6月7→9月4→12月△3へと推移している。中小企業・小売は2019年3月の△4→6月△7→9月△4→12月△14と推移している。駆け込みが9月調査を改善させる動きはごく小さいがあったように思える。

なぜ、小売にダメージが鮮明なのかを考えるとき、消費税というショックよりも、それを受け止める小売の体質の方にも問題があると筆者は考えている。業況判断DI自体の水準に注目すると、中小企業・非製造業の11業種では、小売と宿泊・飲食サービスの「悪い」超幅が他の業種よりも大きい(図表3)。つまり、元々、業況の悪いところほど消費税という外的ショックの影響力も大きかったということだ。

景況感への増税インパクト
(画像=第一生命経済研究所)

この業種別の「悪い」超幅は、企業の売上高経常利益率の水準と関連している。2019年度計画の中小企業・非製造業の業種別の売上高経常利益率は、卸売2.02%、小売2.28%、宿泊・飲食サービス2.42%の3つがとりわけ低い。

この点は、裏返しにみれば、どうして大企業・非製造業には消費税のショックが相対的に小さかったのかという説明にもなる。大企業の2019年度計画の売上高経常利益率は、卸売2.92%、小売3.77%、宿泊・飲食サービス5.29%と、中小企業よりも高い。厚い利益率があれば、増税による影響を吸収できるということだ。

では、なぜ卸小売・宿泊飲食サービスはそもそも利益率が薄いのか。理由がデフレだからと説明すると、よくわかったようでいて、同語反復のようにも聞こえる。一方で、なぜ、建設・不動産などがデフレではないのかと言えば、顧客が価格転嫁に耐えられるからだろう。そのように思考を深めていくと、卸小売などは消費者が価格転嫁に対して脆弱だからだと言える。これは、消費者の中で年金生活者が増えて、彼らの年金収入が増えにくいことに起因する。消費者への価格転嫁が難しいということだ。社会保障財源を消費税から取ろうとしても、そもそも年金生活者の生活水準を切り下げる余地が乏しく、間接的にダメージが卸小売などに表われる。高齢化がすでに進んだ現在、消費税率を引き上げることの自由度は極めて限定的なのである。

日本の低生産性問題

消費税のダメージは、収益率の低い中小企業のセクターに表われやすい。この図式は、言い換えると、日本の低生産性問題が存在することと同じだろう。人口減少・少子化・高齢化によって、日本の小売・サービスのセクターは付加価値が薄くなる。消費税は付加価値税なので、企業の付加価値に応じて負担が決まってくる。そして、価格転嫁が難しいと自らの付加価値を削って、税を負担せざるを得なくなる。逆に、サービスの品質を武器にして価格を引き上げられる企業は、税の転嫁も容易という訳だ。

筆者は、日本の低生産性は企業のビジネスのやり方がまずいという理由だけでなく、人口減少・少子化・高齢化という構造が強く働くことを指摘してきた。企業の生産性が低くなるのは、日本の消費市場の「稼ぎにくさ」にも問題がある。供給サイドよりも需要サイドに制約が加わるとき、アウトプットを生み出しにくくなる。経済政策が意識的にこの構造にどう対処すべきかを考えなくては、デフレ構造はなくならない。インフレターゲットを設定すれば、デフレが解消できるという発想は、全くの理解不足である。

ひとつの打開策は、シニア化した日本の勤労者が高い賃金で働き、社会保障負担に耐えられる所得構造に変えることだ。課題としては、シニアが働きながら、不足すると感じる年金収入を補っていくことが柔軟にできるように労働市場を見直していくことであろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生