NISA・私的年金制度の改正が主。退職所得や資産課税が今後の課題
要旨
● 2020年度の税制改正大綱が示された。改正全体の増減税規模は小さく、マクロ経済へのインパクトは限定的。個人所得関連では、NISAや私的年金制度の改正が行われる。
● NISAにおいては、未成年を対象とするジュニアNISAが廃止され、つみたてNISAと一般NISAの期限が5年延長。一般NISAの非課税枠は2024年以降「二階建て」とする。一階部分はインデックス投信などつみたてNISAの対象商品に限定。二階部分は整理銘柄など一部が除外されるものの、基本的には従来の一般NISAと同様の設計になる。
● 私的年金制度では加入における年齢や受給開始年齢の柔軟化が行われる。企業に70歳までの就業確保を求める、公的年金の受給開始年齢の選択肢拡大を実施することに合わせて、私的年金も制度の柔軟化が行われる。
● 来年以降は、公的年金等控除の見直しが2018年度税制改正に続いて議論の対象になりそうだ。大きな課題としては、勤続年数が長いほど恩恵の大きくなる退職所得課税のインセンティブスキームや、生前贈与を促す観点で相続税と贈与税の負担ギャップ解消がある。これらは税制改正大綱でも問題視されているが、この1年での進展はほとんどみられない。議論の加速が望まれる。
増減税規模は小さく、マクロ景気への影響は限定的
政府は12月20日に2020年度の税制改正大綱を閣議決定した。これは、来年の国会で議論される税制改正のメニューである。今年の主な改正項目は以下の資料1の通りだ。個人金融資産関連の税制改正やオープンイノベーション推進税制、5G導入促進税制やエンジェル税制の改正が並ぶ。
今回の税制改正は、全般的に制度のファインチューニング(微調整)にとどまった印象だ。財務省から20日に公表された今回の制度改正に伴う増減税額は、国税で平年度+80億円の増税、地方税で+13億円とのことだ。企業の交際費の損金不算入制度が縮小されることなどに伴ってネット増税となるが、その規模はマクロの観点からみれば大きくない。今回の税制改正によるマクロ経済への影響は限定的であろう。
NISA、確定拠出年金等を見直し
今回の改正の中のメイントピックは、個人の資産形成に関する制度改正だろう。改正は大きく2つに分けられ、①NISA(少額投資非課税制度)の延長・見直しや②iDecoをはじめとした私的年金制度の見直しがある。
まず、NISAについてみていこう。2014年からスタートしたNISAの制度は改正を重ね、①一般NISA、②つみたてNISA、③ジュニアNISAの3つに枝分かれしている。このうち③のジュニアNISAについては2023年において廃止されることが決定した。NISA3制度の利用数(2019年9月末時点、金融庁)を確認すると、一般NISAが1,170万1,321口座、つみたてNISAが170万5,900口座、ジュニアNISAが34万2,842口座となっている。ジュニアNISAは未成年者を対象とした制度であったが、18歳まで払い出しができない点など使い勝手の悪さ等もあって普及が進んでおらず、今回廃止を決めたようだ。
一般NISA、つみたてNISAについてはそれぞれ5年ずつの延長が決まった。金融庁の税制改正要望では恒久化が求められていたが、財源等の問題から見送られた形だ。一般NISAは2024年以降は非課税枠を「2階建て」とする新制度に移行する。1階部分の非課税枠を20万円/年、2階部分を102万円/年とし、1階部分はつみたてNISAの対象となっている投資商品に対象を限定する。つみたてNISAの対象商品とは、手数料の低さや分散投資の度合い等の基準で金融庁が認めたインデックス投信などである。2階部分は整理銘柄など一部が除外されるものの、基本的には従来の一般NISAと同様の設計になる。従来NISAよりも長期の資産形成に重点を置く形になり、つみたてNISAの性格を一般NISAに一部織り込ませるような改正となっている。
一般NISAの改正つみたて投資による時間分散の重要性は理解するが、その要素を一般NISAにも入れ込んだために全般的に複雑で分かりにくくなってしまった感は否めない。複雑さが制度利用のハードルとならないよう、分かりやすい説明を金融機関等に促していくことが必要であろう。
さらに、確定拠出年金の制度改正も実施される。確定拠出年金、確定給付企業年金の各私的年金制度について、加入可能な年齢や受給開始年齢の選択が可能になるなど、制度の柔軟化が行われる。
こちらは高齢者の就労促進をはじめとした“全世代型社会保障”構築の一環と整理できる。来年には、70歳までの継続就労措置を企業に求める高年齢者雇用安定法や、年金の受給開始年齢を従来の70歳から75歳まで認める年金制度の改正が控えている。雇用法制や公的年金制度の就労長期化、受給選択時期に合わせて、私的年金も制度の柔軟化が行われることになる。
進まぬ宿題
税制改正大綱では毎年、次の税制改正における“宿題”が示されるのが慣例となっている。今回の大綱をみると、検討課題として最初に記載されているものは年金課税である。ここでは、「平成30年度税制改正の公的年金等控除の見直しの考え方や年金制度改革の方向性、諸外国の例も踏まえつつ、拠出・運用・給付を通じて課税のあり方を総合的に検討する」と記されている。平成30年度の税制改正では、給与所得控除と公的年金等控除の額を10万円減額する一方、基礎控除を10万円増額する措置が取られた。働く高齢者が給与所得控除と公的年金等控除の二重の控除を受けられるようになっていることがかねてから問題視されており、次回の税制改正に向けて公的年金等控除の仕組みは再び議題に上りそうである。
筆者が注目している論点は①退職所得税制、②資産課税に関するものだ。退職金は通常の所得と別枠で退職所得税制が適用されるが、この退職所得を一時金として受け取った場合、勤続年数が長いほうが多くの控除を受けられる仕組みとなっているが、労働市場の流動化、労働移動を促進する観点からは真逆のインセンティブを生む仕組みになっている。この点には何らかメスを入れるべきであろう。
また、資産課税については相続税が贈与税よりも少額で済むケースが多いことから、生前贈与が進まず平均寿命の長期化とともに老老相続(高齢者から高齢者への相続)が生じ、若い世代にお金が回らない構図が出来上がっている。生前贈与に対して死亡時に相続税を課すことで相続税と贈与税の中立性確保を目指した「相続時精算課税制度」の枠組みは存在するが、通常の贈与税の暦年課税が使えなくなるなどデメリットもあって広まっているとは言い難い状況にある(2018年の相続時精算課税の申告人員数は42,000人、国税庁)。高齢者の資産管理における選択肢を増やす観点からも、生前贈与にデメリットがない税設計が望ましいだろう。
これらの論点は、税制改正大綱の中でも記載されているが、昨年に引き続き今後の課題として位置づけられている。来年以降の取り組み加速が求められよう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 副主任エコノミスト 星野 卓也