19年10月から始まった幼児教育の無償化は、GDPではどのように計上されるのか。結論から言うと、「無償化によって個人消費は減少、その減少分と同額が政府消費の増加として記録され、GDP全体では変化なし」、「GDPデフレーターにも影響なし」となる。なお、後者のデフレーターに関しては、消費者物価指数との関係で誤解しやすい部分があるので注意が必要である(後述)。テクニカルな話ではあるが、以下、簡単に解説する。
幼児教育無償化はGDPでどう取り扱われるか
19年10月1日より、すべての3~5歳児と住民税非課税世帯の0~2歳児を対象として、幼稚園、保育所等の利用料が無償化(上限あり)された。この無償化分がGDPにおいてどう記録されるかを考える上では、対象となる幼稚園・保育所が公立であるか私立であるかの違いが重要になる。まずは公立の場合をみてみよう。
GDPにおいて、家計が支払う幼稚園や保育園の利用料は民間最終消費支出(いわゆる個人消費)のなかの家計最終消費支出として計上される。もっとも、実際に幼稚園・保育園が提供するサービスを生み出すためにかかったコストは、この家計の支払い分では賄えておらず、不足分については政府が負担している。この政府負担分については政府自身が消費していると擬制し、政府最終消費支出として計上されている。
ここで、幼児教育が無償化された場合を考えてみよう。家計の支払い分はゼロになるため、家計最終消費支出はその分だけ減少する一方、実際にサービス提供にかかるコストに変化はないため、家計最終消費支出の減少分と同額が政府最終消費支出の増加として計上される。GDP全体でみれば影響はないが、需要項目間での振り替わりが生じるのである。
次に私立分を考える。私立の幼稚園や保育園は、学校法人や社会福祉法人などの非営利団体によって運営されている。私立の場合でも、家計が支払う幼稚園や保育園の利用料は家計最終消費支出として計上され、サービス提供にかかるコストが家計支払い分だけでは賄えないのは公立の場合と同様である。不足分については学校法人や社会福祉法人等の非営利団体が負担しているが、この負担分は非営利団体自身が消費していると擬制し、対家計民間非営利団体最終消費支出として計上される。
無償化された場合には、家計の支払い分はゼロになるため家計最終消費支出はその分だけ減少する一方、家計最終消費支出の減少分と同額が対家計民間非営利団体最終消費支出の増加として計上される。この場合でもGDP全体には影響が生じない。
一見、公立でも私立でも同じように思えるのだが、ここで対家計民間非営利団体最終消費支出は民間最終消費支出の中に含まれることを思い出してほしい。民間最終消費支出=家計最終消費支出+対家計民間非営利団体最終消費支出であることから、私立の場合には民間最終消費支出の中での振り替わりに過ぎず、民間最終消費支出(個人消費)への影響は出ない。つまり、公立の場合には「個人消費の減少+政府消費の減少」となるが、私立の場合には個人消費にも政府消費にも影響は生じないことになる。なお、いずれの場合でもGDP全体でみれば影響は出ない。
このことを踏まえて試算すると、幼児教育無償化によって個人消費の支出金額は0.1%弱程度押し下げられる一方、政府消費は0.2%程度押し上げられることになる(※1)。
GDPデフレーターは影響を受けない。CPIとの違いに注意。
次に、デフレーターへの影響を考えよう。結論を言うと、GDPデフレーターは教育無償化の影響を受けない。前述のとおり、幼児教育・保育サービスは、その対価を家計、政府、非営利団体が分担して負担する形になっている(家計が利用料分を負担、それで賄えない部分を政府、非営利団体が自己消費という取り扱い)。そのため、幼児教育無償化前であっても無償化後であっても、家計、政府、非営利団体を合わせた幼児教育・保育サービスへの対価は変わらない。無償化によって生じるのは、あくまで3者の負担割合の変化のみである。結果として、幼児教育・保育サービスについてのデフレーターに影響は出ず、GDPデフレーターにも影響は生じないことになる。また、民間最終消費支出デフレーター、政府最終消費支出デフレーターについてもほぼ影響は出ないと思われる。
ここで注意したいのは、消費者物価指数との違いである。消費者物価指数はあくまで家計が直面する価格の動向を調査したものであるため、教育無償化の影響が明確に生じる。実際、19年10月以降、幼児教育無償化によって消費者物価指数は0.6%ポイント程度押し下げられている。一方、前述のとおり、GDPの民間最終消費支出デフレーターについては無償化の影響はほぼ生じない。作成方法がかなり異なるため一概には言えないが、通常想定される消費者物価指数と民間最終消費支出デフレーターとの関係と比べて、19年10-12月期以降の民間最終消費支出デフレーターは消費者物価指数よりも高く計算されるイメージになると考えておく必要があるだろう。(提供:第一生命経済研究所)
(参考文献) ・新家義貴(2010)「高校授業料無償化の影響を過大評価する消費者物価指数」第一生命経済研究所Economic Trends ・内閣府HP「『高等学校授業料サービスの扱い』等について」 https://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/otoiawase/faq/qa15.html
(※1) あくまでいくつかの仮定を置いた上での試算であり、幅をもってみる必要がある。
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 主席エコノミスト 新家 義貴