要旨

○全世代型社会保障検討会議の中間報告が示された。このうち年金に関する改正法案は今年の通常国会に提出される見込みである。

〇年金制度改正の目玉は①短時間労働者への適用拡大、②在職老齢年金の見直し、③繰り下げ受給可能年齢の選択肢拡充の3点だ。ただし、内容をみていくと「社会保障に支えられる側から支える側へ」のコンセプトからは後退。適用拡大の対象や在職老齢年金の基準額など、当初議論されていたものと比較して小規模な改正に着地している。

〇重要なことは、今回の改正案にとどめることなく、さらに一歩進んだ改革の議論を引き続き行うことであろう。団塊ジュニア世代が高齢者になる2040年に向けて必要なことは制度改正のみではなく、それに応じた企業や働き手の行動だ。時間のかかる改革だからこそ、政府はスピード感を持って改革に取り組むことが求められている。

経済
(画像=PIXTA)

年金改正法案が今年の通常国会へ

昨年末、内閣官房の全世代型社会保障検討会議から中間報告が示された。“人生100年時代への対応”や、“社会保障を支える側と支えられる側のバランスの見直し”を掲げ、政府内で議論が進められ、今回、年金・労働・医療・予防・介護の4つの項目について方向性が記されている。このうち、年金に関する一連の改正法案は1月20日から召集される通常国会に提出される見込みだ。これらの制度改正によって、年金給付をはじめとする社会保障制度がどのように変わっていき、経済や働き方にどのような影響があるのか、数回に分けて検討していく。第1回目となる本稿では、制度改正案の全体像を俯瞰し、その内容や筆者の評価について説明したい。

短時間労働者の健保・厚生年金適用を50人以上規模の中小企業まで拡大

今回の年金制度改革のうち、目玉は①短時間労働者への被用者保険適用要件の拡大、②在職老齢年金の見直し、③繰り下げ受給可能年齢の選択肢拡充の3点になる。(※1)

第1点目の短時間労働者への適用拡大とは、従来被用者保険(社会保険料負担が労使折半となる健康保険や厚生年金保険)の適用外だった短時間労働者(週30時間未満)に関し、その要件を緩和して適用対象とするものだ。適用となる短時間労働者は、公的年金制度において国民年金に加入する第一号被保険者や扶養に入っている第三号被保険者から第二号被保険者に被保険者区分がシフトすることになる。

被用者保険に加入することになった場合、働く側にとっては①老後の年金受給額が増える(基礎年金のみ→基礎年金+厚生年金)、②就業不能時に健康保険から所得補償が受けられる(傷病手当金)といったメリットがある一方、社会保険料負担の総額は増す。また、社会保険料負担は労使折半となっているので、企業にとっては負担増となる。この点から、短時間労働者を多く雇用している飲食や小売業の企業からは、多くの反発が生じている施策でもある。

2016年10月に従業員数500人超の事業所に限って、短時間労働者への適用を義務付ける制度が導入されている。この従業員数要件を緩和し、強制適用とする事業所を拡大する。具体的には、従業員数の規模要件を2022年10月に従業員数100人超、2024年10月に従業員数50人超まで緩和する。これにより、中小事業所にも短時間労働者の被用者保険加入が義務付けられることになる。

2019年8月末時点での短時間労働者数は45.4万人いる。今回の改正で見込まれている新たな適用者数は50人超への緩和で65万人とされている(100人超への緩和で45万人)。昨年8月に示された年金財政検証のオプション試算(制度改正時の影響を試算したもの)では、改正による影響試算として、①事業規模要件の撤廃、②事業規模要件と賃金要件の撤廃、③月5.8万円以上のすべての労働者(事業規模要件、賃金要件、労働時間要件の撤廃)の3通りが示されていた。それぞれ新たに適用となる短時間労働者数の試算値は①125万人、②325万人、③1,050万人。今回の改正案は①よりもさらに小さな規模の内容にとどまっている。

年金制度改正案のポイントと評価
(画像=第一生命経済研究所)

60-64歳の在職老齢年金の基準額を引き上げ。65歳以上の改正は見送り 次に、②在職老齢年金の改正についてみていく。在職老齢年金制度は厚生年金の受取+月当たりの給与収入が基準額を超えた場合に、年金給付を減額する制度だ(※2)。就労収入を増やすと年金が減ることになるため、高齢者の就労意欲を削ぐとして見直しが議論されてきた。

改正の内容は資料2の通りになる。現行の在職老齢年金は60歳代前半(低在老とよぶ)と65歳以上(高在老)で基準額が異なっており、それぞれ28万円/月、47万円/月となっている。60歳代前半の方が基準額が低く、より少ない就労収入・年金で減額対象になりやすくなる。今回の改正ではこの60歳代前半の基準額を65歳以上の47万円にそろえる。

年金制度改正案のポイントと評価
(画像=第一生命経済研究所)

在職老齢年金については、昨年の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針2019)において、“廃止”も見据えた議論を行う旨が記されていた。また、65歳以上の高在老についても基準額の引き上げが議論されていたが、それも見送られた。基準額の引き上げによって「就労収入や年金の多い高所得者を優遇することになる」、「現在の高齢者への給付増は将来世代の給付減につながる」との批判がなされたことから、議論の着地点は当初からトーンダウンしたものとなっている。

現行制度における在職老齢年金による支給停止額は、総額で約8,900億円とされている(2019年度末、厚生労働省推計)。このうち低在老による支給停止は4,800億円であり、今回の改正によって1,800億円に縮減する。差し引き3,000億円の支給停止がなくなることで、働く高齢者の収入が増すことになる。

ただし、この改正の恩恵は一部の世代に限られる。60-64歳の低在老はそもそも今後自然消滅する仕組みである。現在、厚生年金そのものの原則の支給開始年齢が65歳に引き上げられていく過程にあり、これが完了すれば低在老の対象となる人もいなくなるからだ。厚生労働省は、低在老の基準額変更を行わなかった場合と行った場合の支給停止額の比較を行っている。この差し引き額が改正による効果となるが、資料3の通りこの効果は時期を経るにつれて縮減し、2030年度にはなくなることになる。

年金制度改正案のポイントと評価
(画像=第一生命経済研究所)

受給開始年齢の選択肢が60-75歳に拡大、繰り上げ減額率が小さくなる

3つ目が、③年金の繰り下げ可能年齢の拡充である。現行制度では支給開始年齢を65歳としているが、受給時期を前後5年までずらすことが可能だ(したがって60歳~70歳で選べる)。繰り上げた場合には毎年の年金額は減額、繰り下げた場合には増額される仕組みとなっている。今回の改正では、より長く働き、繰り下げの選択がが柔軟に行えるようにする観点から、繰り下げ可能な年数を10年に延ばし、60歳~75歳で選べるようにする。

なお、受給開始年齢の繰り上げについては、その減額率が見直され、▲0.5%/月から▲0.4%/月に減額率が小さくなる。減額・増額率は「受給時期にかかわらず年金受給額の期待値が同等になるように」設定されており、平均余命の伸びに伴って、繰り上げ受給者がより生涯受給額が少なくなる確率が高まったことから、減額率が見直されている。なお、繰り下げ率については+0.7%/月で不変だ。

これらを踏まえ、65歳支給水準を100としたときに繰り上げ・繰り下げによってどのように支給水準が変わるかをみたものが資料4である。75歳まで繰り下げを行った場合、年金水準は+84%増えることになる。また、繰り上げによる減額率が小さくなったことから、60歳から受け取りを始めた場合の支給水準は、従来の▲30%減から▲24%減に変わることになる。

年金制度改正案のポイントと評価
(画像=第一生命経済研究所)

“支える側へ”のコンセプトからは相当後退

今回の改正案についての評価は、「社会保障に支えられる側から支える側へ」、という当初の全世代型社会保障のコンセプトからは、かなり後退した印象が強い。先に述べたように、短時間労働者への適用拡大は、前もって公表された財政検証のオプション試算の内容よりも小規模の改正にとどまっている。適用拡大は被用者保険とそれ以外の制度における社会保障格差を是正する役割があると同時に、短時間労働者として働く高齢者が増えている中で老後の年金を増やすニーズに応える役割もある。企業の人件費負担は増えることになるが、短時間労働者であれば社会保障負担をしなくても良いという現状は、是正されるべきである。激変緩和措置を取りながら、段階的にでもさらなる適用拡大への道筋を付けておくべきだったと考える。

在職老齢年金に関しても同様だ。当初は廃止も見据えた議論がなされるとのことであったが、65歳以上の高在老の改正も見送られ、将来的に自然消滅する低在老の改正にとどまった。現行の在職老齢年金制度は、「厚生年金に加入して働いた人の勤労収入」のみが、基準額の対象だ。自営業者の事業所得や不動産や金融の収入は対象外である。これは高齢者の就労促進を図る政府の方針とは、明らかに相いれないものである。高所得者優遇を是正するのであれば、勤労収入以外も含めることのできる税制での対応に切り替えていくべきであり、ここへの道筋を付けるべきだったのではないか。

受給開始年齢については、繰り下げによる増額率を高めて就労長期化のインセンティブを高める議論もなされていたが、最終的には年金数理上の背景から繰り上げ減額率を小さくするという、政策主旨からは逆行する内容が含まれることとなった。また、年金部会の資料では、繰り下げ受給の選択率が少ない理由が複数挙げられている。その冒頭において、特別支給の厚生年金(60歳から65歳へ支給開始年齢を引き上げる過程にある人が受給する二階部分の年金)が繰り下げできないため、他の年金も繰り下げしないのではないかとの指摘がなされている。そして、支給開始年齢の引き上げが完了する時期(男性2025年、女性2030年)にともなって、こうした状況は解消する、とも記されている。ただし、2025年・30年までこうした状況が続く以上、特別支給の厚生年金も繰り下げ可能にする等の改正も検討されてよかったのではないか。

総じて、社会保障を支えられる側から支える側へ、という大きな政策目的が、高所得者優遇批判などその他の論理によって後退してしまった印象が強い。重要なことは、今回の改正案にとどめることなく、さらに一歩進んだ改革の議論を引き続き行うことであろう。日本の社会保障を考えるうえで、人口ボリュームゾーンの団塊ジュニア世代が高齢者になる2040年にかけてが大きな山場となる。ここまでに行わなければいけないのは、制度の改正のみではない。それに応じ、長く働くことを前提とした企業や働き手の意識、行動の変革がより重要だ。これらは一朝一夕で動くものではないからこそ、政府のスピード感のある取り組みが求められている。(提供:第一生命経済研究所


(※1) このほか、働く65歳以上の年金額を社会保険料納付実績に応じて毎年見直す在職定時改定(現行制度では、退職時に改定)や、外国人労働者の新在留資格の創設に伴う脱退一時金制度(保険料納付実績に応じて、帰国する外国人に支給する一時金。年金を受け取らずに帰国する人に対する返金の性格を有する制度)の見直しなどが行われる。

(※2) 厚生年金保険の源流が“退職”に対する保険という位置づけであったため、


第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
副主任エコノミスト 星野 卓也