要旨
○政府の中長期財政試算が改訂された。政府が財政再建の基準値としている基礎的財政収支、財政収支、公債等残高GDP比の見通しは総じて前回の見通しから悪化する形に。背景には企業業績の低迷等を受けた2019・20年度の税収下振れがある。
〇2018年6月に示された財政再建計画に関して、2021年度に中間目標が設定されている。計画当初は3指標がいずれも目標を達成する試算となっていたが、今回の試算では達成指標は3指標中1指標のみになっている。中間目標の達成は遠のく形になっている。
〇昨年末に示された国民経済計算の年次推計によれば、過去の試算では悪化が見込まれていた2018年度の基礎的財政収支や財政収支が2017年度から改善した。これは試算段階で予算の数字が用いられることによる部分が大きい。実際には使われない不用や翌年度繰越が増えており、実績段階の歳出は試算と比べて下振れ、収支は改善する傾向がある。
〇今後の財政運営においては、「臨時・特別の措置」の扱い、21年初の財政再建計画の中間評価、税収の動向が焦点となる。昨年来の金融市場の好転に企業業績が伴えば、税収を巡る環境も改善するが、国内の生産・輸出の回復はまだ見えていない。
基礎的財政収支/GDPの試算値は▲0.2%pt程度下方修正
1月17日の内閣府・経済財政諮問会議において、「中長期の経済財政に関する試算」の改訂版が示された。この試算は、半年おきに政府が公表する向こう10年程度の経済・財政指標のシミュレーションであり、そこで示される基礎的財政収支や財政収支、公債等残高のGDP比は財政再建目標の基準値にもなっている点で注目を集める試算である。
試算は名目成長率を3%強、実質成長率を2%程度とした高成長ケース(成長実現ケース)と、名目1%強、実質1%程度の低成長ケース(ベースラインケース)の2通りが示される。このうち、政府が実質的にメインシナリオとしているのは、高成長ケースだ。今回の高成長ケースの値をみると、基礎的財政収支のGDP比の見通しはシミュレーション期間を通じて前回試算から▲0.2%pt程度下方修正された。政府は財政再建計画において、2025年度の基礎的財政収支の黒字化を目指すものとされているが、2025年度の値は▲3.6兆円の赤字、GDP比では▲0.5%の赤字が残るとされた。黒字化の時期は2027年度とされ、黒字化の時期は前回試算から変わらないものの、黒字の額は前回試算における+1.6兆円の黒字から+0.3兆円に下方修正されている。
見通し悪化の主因は、半年前の試算時点から悪化した税収見通しである。昨年末に閣議決定された2019年度の国の一般会計補正予算案において、19年度の税収は▲2.3兆円の下方修正がなされている。これに伴って、20年度の税収も前回試算で見込まれていた65.6兆円から63.5兆円に下方修正。発射台低下の影響がシミュレーション期間全般に効いており、収支の悪化要因となっている。
国債の利払い費等を勘案した財政収支も同様の構図で、期間を通じて▲0.2%pt程度の悪化。財政収支は利払い費が含まれるため長期金利に値が左右されるが、今回の前提は前回試算から不変。当面はゼロ金利が続き、2023年度からゼロからプラス圏に復帰する姿が描かれている。公債等残高のGDP比の見通しも財政収支の赤字幅拡大等に伴って悪化している。
2021年度中間目標は遠のく形に
政府は2018年度の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)において、財政再建計画を定めている(※1)。ここでは、主目標である「2025年度の基礎的財政収支の黒字化」に加え、2021年度の中間目標として①基礎的財政収支のGDP比を▲1.5%に縮減、②財政収支のGDP比を▲3.0%に縮減、③公債等残高のGDP比を180%台前半に低減、の3つを掲げている。
資料2では、2021年度の財政指標について、①今回の試算結果、②財政再建計画策定直後の2018年7月の試算結果、③財政再建目計画の中間目標値をまとめている。これをみてみると、2018年7月時点の試算では中間目標が3指標のいずれも達成の見込みとなっていたが、直近試算では基礎的財政収支と公債等残高が未達成見込みに変わっている。企業の業績悪化に伴い税収が下振れていることから、計画当初から目標達成が遠のく形となっている。
この中で、中間目標の達成が最も厳しそうな指標は公債等残高GDP比であろう。公債等残高GDP比は名目GDPの動向に水準が大きく左右されるが、高成長ケースのGDP成長率は過大になる傾向があり、実績値は試算値よりも悪化することが多い。基礎的財政収支や財政収支は税収次第で試算値から改善の余地がある。足元では世界経済の底入れ期待から金融市場の好転がみられるが、これに企業業績が伴えば税収は試算値から上振れする可能性がある(※2)。
2018年度のPB/GDPは改善、増加する“使い切れない予算”
昨年末には2018年度の国民経済計算の年次推計値が公表され、関連する財政指標の実績が示されている。2018年度の国と地方の基礎的財政収支は▲10.5兆円、GDP比では▲1.9%と、2017年度実績(同▲11.9兆円、▲2.2%)から赤字幅は縮小した。
今回の財政再建計画が策定される前の旧財政再建計画(2015年に策定)では、2020年度の基礎的財政収支黒字化目標と併せて、2018年度の基礎的財政収支のGDP比を▲1%とする中間目標が設定されていたが、これには至らなかった。
なお、旧計画の中間目標の達成可否についての評価・検証が、2018年3月に見込み値ベースで行われている。この際には、2018年度の値が▲2.9%に着地すると見込んで目標との乖離要因の分析がなされていた(※3)。また半年前、2019年7月の試算では、2018年度の基礎的財政収支/GDP比は▲2.4%と見込まれていた。これらの値と比較して、実績値は大きく改善して着地したことになる。
ここには、中長期試算のクセのようなものが効いている。試算における財政指標は、可能な限り新しい情報を反映するために、近々の値については国や地方の予算の数字をベースに作成されている。しかし、実際には不用(予算で計上したものの、実際には使われない額)や、翌年度への繰り越しがなされるため、その分当年度に使われる額=決算額は小さくなる。財政再建計画の目標は国民経済計算(SNA)ベースの値だが、この基礎統計は決算額だ。予算段階では歳出額が過大になっているケースが多いため、実績時点の収支の値は試算値より改善することが多い。
2018年度決算において、不用額と翌年度繰越額の合計値は6.7兆円にのぼる。公共事業の供給制約などもあってこの“使われない予算”は増える傾向にある。今回試算における基礎的財政収支/GDPについても、2018年度実績▲1.9%→2019年度試算▲2.7%と急速に悪化する見通しになっているが、こうした点を踏まえて悪化幅についてはやや割り引いてみる必要があろう。
「臨時・特別の措置」の扱い、2021 年初の中間評価、税収の動向が焦点に
今後の財政運営をめぐるスケジュールを整理していくと、まず開会中の通常国会で、2019 年度補正予算案と2020 年度当初予算案の可決がなされる見込み。安倍首相は「予算の早期成立が最大の景気対策」とも述べており、早期成立が図られよう。
次の焦点は6 月にも示される見込みの骨太方針だ。ここでの焦点は「臨時・特別の措置」が2021 年度予算でどう扱われるか、である。政府は消費税率引き上げに際しての時限的措置として、2019・20年度の当初予算に2兆円程度の特別枠を用意し、公共投資やキャッシュレスポイントなどの消費者還元策を実施している。予定通りであればこの枠は21 年度に無くなることになり、歳出の純減要因となるが、世界経済の減速や消費の伸び悩みが続くようであれば、「臨時・特別の措置」の存続を求める声が高まる可能性がある。
2021年の初めには、2018年策定の財政再建計画に関する中間評価が行われる見込みだ。現時点で中間目標は現在3指標中1指標のみ達成見込みとなっているが、成否を握るのは税収の動向だ。昨年来の円安・株高は金融所得の増加など通じて所得税・法人税の増加要因となる。焦点は、期待先行で上昇している株価にファンダメンタルズが伴うかどうかだ。企業業績などが上向けば、税収を巡る環境も次第に好転することが見込まれるが、国内の生産や輸出の回復はまだみえない。今後発表される昨年10-12月期の企業業績などの動向が、財政をみるうえでも重要だろう。(提供:第一生命経済研究所)
(※1) 詳細は、Economic Trends「“経済重視”色の強まった新・財政再建計画~2018年骨太方針のポイント(財政計画編)」(2018年6月6日発行)を参照。http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2018/hoshi180606.pdf
(※2) 高成長ケースは経済成長率の前提が高いので財政指標の見通しも楽観的、との指摘がたびたびなされるが、実際に過去の試算と実績を照らし合わせると、基礎的財政収支や財政収支については、高成長ケースの方が実績に近い。これは景気に対する税収の伸びを政府試算が保守的に見ているため。ただし、GDP成長率が過大なことは事実であり、名目GDPそのものの水準に左右されやすい公債等残高GDP比については、高成長ケースの値が楽観的だと言える。詳しくはEconomic Trends「政府の財政試算は当たっているのか?~過去試算と実績値を比較検証~」(2019年2月13日)http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2018/hoshi190213.pdf
(※3) 内閣府「経済財政諮問会議」(2018年3月29日) 資料1-1経済・財政一体改革の中間評価など。 https://www5.cao.go.jp/keizai-shimon/kaigi/minutes/2018/0329/agenda.html
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 副主任エコノミスト 星野 卓也