SARS並みの影響が出れば、名目GDP▲5,200億円以上押し下げの可能性

要旨

● 強い毒性を持つ新型肺炎が中国から世界へと飛び火し、感染の拡大に警戒が強まっている。新型肺炎が流行すれば、旅行や外出の抑制といった経済活動の変化をもたらし、生活者や関連する業界の業績に影響を及ぼす。

● SARSの流行がピークとなった2003年の状況を想定して、①旅行総取扱額の減少、②居住者家計海外直接購入の減少、③非居住者家計国内直接購入の減少、を元に家計消費への影響を試算したところ、わが国の家計消費を▲4,470億円程度押し下げるとの結果が得られる。

● ただし、海外渡航が抑制されれば、日本人の海外旅行やインバウンド抑制によるサービス輸出入の減少という経路を通じても、経済全体への悪影響はさらに大きなものとなる。これらも加味してSARSの時と同程度の影響が出るケースを試算すると、わが国の名目GDPは▲5,270億円程度押し下げられることになる。

● 世界で発生した新型肺炎の悪影響は、不確定ではあるが日本経済の懸念材料となりつつある。さらに、国内でも人から人へ感染する等により経済活動に大きな混乱が起これば、影響は一層深刻となろう。

経済
(画像=PIXTA)

世界的に拡大する新型肺炎

強い毒性を持つ新型コロナウィルスが中国から日本や米国など13か国へと飛び火し、世界中が感染の拡大に警戒を強めている。事実、これまで中国で問題となってきた新型コロナウィルスが、米国ワシントン州シアトルでも武漢市を訪問して帰国した30代男性の感染が確認されており、今後は世界的にウィルスが広まる恐れも出てきた。

従って、新型コロナウィルスの流行が広がれば、感染を避けるために旅行や出張を控える動きが広がること等を通じて、日本経済にも少なからず悪影響を及ぼすと考えられる。

そこで本稿では、過去の感染症として2002~2003年に流行したSARSの事例を基に、新型コロナウィルスが流行した場合の我が国経済への悪影響を試算する。具体的には、国内家計消費やサービス輸出入の減少を通じたの名目GDPへの影響を検討する。

SARS並みの影響で家計消費を▲4,400億円以上下押し

最も懸念されるのは、前回のSARS流行時のように、ウィルスの感染を恐れた人々が旅行を手控えることで、航空や旅行業界にとって大きな打撃になることが予想される。SARSやイラク戦争の影響に見舞われた2003年度のように、新型肺炎の影響で旅行者数が減少することになれば、国内家計消費が大幅に落ち込む可能性がある。

そこで以下では、旅行需要の減少によって名目GDPがどれだけ下押しされるかを、前回SARSが最も流行した2003年1-3~7-9月期における主要旅行業者の旅行総取扱額やサービス輸出入の落ち込み幅を前提として試算した。なお、2003年4-6月期の落ち込みの要因としては、SARS以外にイラク戦争の影響も加わっているが、今回の想定では、新型肺炎以外に中東情勢の緊迫化も重なっていることから、結果的にSARS+イラク戦争と同程度の悪影響が出ると想定した。

日本人の旅行需要面についてみると、SARSの悪影響が最も大きく現れた2003年1-3~7-9月期には、旅行総取扱額および居住者家計海外直接購入、非居住者家計国内直接購入がそれぞれSARSの影響がなかった場合と比較して、それそれ▲5,628億円、▲3,867億円、▲514億円程度下押しされた計算になる。

従って、GDPの家計消費=国内家計消費+居住者家計の海外での直接購入-非居住者家計の国内での直接購入であることと、足元の旅行総取扱額と居住者家計海外直接購入がSARS前に比べてそれぞれ88%、61%程度の水準まで下がっている一方で、非居者家計国内直接購入が6.6倍まで拡大していることを勘案すれば、今回SARS並みの影響が出た場合は旅行総取扱額と居住者家計海外直接購入、非居住者家計国内直接購入はそれぞれ▲4,984億円、▲2,368億円、▲2,882億円減少することになる。

新型肺炎が日本経済に及ぼす影響
(画像=第一生命経済研究所)

以上より、旅行総取扱額≒国内家計旅行消費と仮定し、SARSと同様の旅行需要減少による家計消費減少の影響を合算すれば、わが国の名目GDPベースの家計消費が▲4,470億円程度下押しされることになる。この結果を当時のSARSの場合(▲8,982億円)と比較すれば、日本人が使うお金が減っている一方で、外国人が日本でお金を使う金額が増えていることから、SARSの時ほど名目GDPベースの家計消費が減らないことが想定される。

インバウンド拡大で名目GDPへの影響はSARS時と同等

しかし、インバウンドが減少すると、サービス輸出の減少という経路を通じてもわが国の名目GDPに悪影響が及ぶ。そこで以下では、インバウンドが減少した場合に、サービス輸出の落ち込みによって名目GDPがどれだけ押し下げられるかを、前回SARSが最も流行した2003年4-6月期におけるサービス輸出の落ち込み幅を前提として試算した。

具体的には、最もSARSが流行した2003年4-6月期に旅行収支受取がトレンド(前後のデータの線形補間)からどの程度乖離したかを調べ、その乖離率と同程度サービス輸出が押し下げられると仮定した。

推計結果によると、SARSの際に2003年4-6月期の旅行収支受取が▲605億円程度押し下げられたことになる。しかし、当時に比べて直近の旅行収支受取はインバウンドの増加により約4.8倍になっている。このため、インバウンドの増加を勘案したうえで、今回も同程度の影響が出現すると仮定すると、インバウンドの減少により▲3,414億円程度サービス輸出が下押しされることになる。 一方、日本居住者の海外旅行の需要が減少すれば、海外での支払い減を通じてサービス輸入の減少につながる。そこで、この影響についても同様に試算すると、SARSの悪影響が最も大きく現れた2003年4-6~7-9月期には、旅行収支の支払がSARSの影響がなかった場合と比較して▲4,227億円下押しされた計算になる。ただ、足元の旅行収支の支払がSARS前に比べて62%程度の水準まで下がっていることからすれば、同様に支払いの低下を勘案の上、今回SARS並みの影響が出た場合は旅行収支の支払が▲2,614億円減少することになる。

新型肺炎が日本経済に及ぼす影響
(画像=第一生命経済研究所)

これらの結果、先に試算した家計消費への影響にサービス収支の影響を含めれば、トータルの名目GDP下押し効果がわかる。そこで、前回のSARSと同程度の影響を前提とすれば、名目GDPがSARSの時の▲5,359億円を下回るが、▲5,270億円程度の名目GDPが消失することになる。SARSの時と比較すると、インバウンド消費の増加に伴うサービス輸出の落ち込みが格段に大きくなることが特徴である。

新型肺炎が日本経済に及ぼす影響
(画像=第一生命経済研究所)

これまでのマーケットは、米中摩擦の一時休戦や海外経済の持ち直し期待等もあり、株価を中心に堅調に推移してきた。しかし、国内経済を見ると、増税や原油価格の上昇等といった国民負担の増加が懸念材料となっていることも事実である。こうした中、中国で発生した新型肺炎の悪影響も不確定ではあるが、懸念材料となりつつある。

したがって、増税等で景気が低迷する中で今回のウィルス拡大は、春節のインバウンドや半年後の五輪に期待していた日本経済にとって最悪のタイミングといえる。SARSと比べて感染が大規模になれば、その場合には想定以上の悪影響を及ぼす可能性があることにも注意が必要となろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣