富裕層にはメタ認知能力の高い人が多い。「メタ認知能力」とは自分を冷静に見つめる「もう一人の自分」の存在のことである。その存在は、あらゆる場面であなたの行動に影響を与え、よりよい人生をもたらしてくれる。
今回は、有名な哲学者の言葉「無知の知」にも通じる「メタ認知」の概念を紹介する。メタ認知を鍛えることで、自分や周りを俯瞰する富裕層の視点を身に付けられるだろう。
ケーススタディ(3)――自己を知る意味
及川圭佑(37)は、口に運んだ料理に思わず舌鼓を打った。「和×フレンチ」がテーマだという創作料理は、これまで口にしたことがないほど洗練された味わいだ。
今日のために、わざわざフランス人の一流シェフを呼んだと聞いている。さすがは富裕層のホームパーティーだと及川は思った。
及川は人材コンサルティング会社で働く採用コンサルタントだ。数ヵ月前、及川は担当顧客である経営者・吉田にともなわれ、富裕層限定の社交パーティーに参加した。そこで及川は、東條という一人の富裕層と知り合う。
東條は及川を気に入り、その後は別荘に招いてくれるなど、親しい付き合いが続いている。今日もまた、吉田とともに東條のホームパーティーに招かれた及川は、周りのオーラに圧倒されつつも、非日常な雰囲気を楽しんでいた。
天井が5メートル近くあるリビングは、自宅というよりホールのようだ。片面は大開口で、広いウッドデッキへとつながり、デッキの向こうにはプールが見える。趣味のいい家具や調度品は、東條の亡き妻が、長年かけて集めたものらしかった。
パーティーは立食形式なので、30人ほどの参加者は各々自由に移動し、お酒や食事、会話を楽しんでいる。参加者の多くが、経営者やその親族などだ。数人、ドレスアップしている女性の姿も見える。
主催者の東條は常に人に囲まれていたが、及川はタイミングを見計らって近づき、挨拶をした。
「今日はお招きいただき、恐縮です。すばらしい料理ですね」
「お口に合ったならよかったです。楽しんでいただけていますか」
若い頃、東條はアメリカで立食形式のホームパーティーに参加し、参加者同士の距離の近さに驚いたという。各々が自由に家の中を移動し、話したい人と数人でコミュニケーションをとる。
このスタイルに憧れて以来、東條は自宅でパーティーを開催する際は、必ず立食形式を採用している。アットホームで自由な雰囲気から生まれる会話こそ、大切にしていきたいのだと東條は語った。
及川はふと、先日の出来事を思い出した。前回、東條にもらったアドバイスを実践したところ、プロジェクトが大きく前進したのだ。
「そういえば、この間東條さんに教えていただいた同調実験に教訓を得て、会議で意見を述べたんです。そうしたら、メンバーも私に賛同してくれて、プロジェクトがいい方向に進みました。東條さんのおかげです、ありがとうございました」
及川の言葉に、東條は穏やかに首を振って謙遜した。
「及川さんの仕事に役立ったなら、私にとっても本望です。それなら、今日はもう一つ、別の話をお伝えしましょうか」
東條は少し考えたあと、及川にこんな質問を投げかけてきた。
「及川さんは、自分は次のどちらのタイプの人間だと感じますか?」
(1) 自分が感じたままに行動することが多い。
(2) 自分が感じたことを客観的に見つめたうえで行動することが多い。
自分の心の動きを意識しているか
「……私は、(2)だと思います。自分が感じたことについて、考えを巡らせてしまうタイプです」
「なるほど、及川さんにも『もう一人の自分』がいるんですね」
「もう一人の自分?」
及川の問いには答えず、東條はほほ笑んで言葉を続けた。