シンカー:日本経済はデフレ完全脱却までの中長期的トレンドの半ばにいる。信用サイクルと設備投資サイクルの強さがデフレ完全脱却への動きを支えている。企業活動の活性化と財政政策の緩和でネットの資金需要が復活し、それをマネタイズして働くことになる金融緩和の効果も強くなり、マネーが循環・拡大する力としてのリフレサイクルも強くなるだろう。デフレ完全脱却に至る内需とマネー拡大の力をコンセンサスより強く見ている。新型コロナウィルスの影響が年前半に小さくなると仮定すれば、年初の政府の経済対策と日銀の緩和的な金融政策などに支えられて2020年は景気拡大を維持し、グローバルな景気回復が堅調となる2021年には実質GDP成長率が潜在成長率をしっかり上回ることで、デフレ完全脱却となるだろう。外需の成長寄与度はほとんどなく、内需拡大が成長を自立的に牽引するだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

成長 - 外需から内需主導の自立的な形に進化しつつある

消費税率引き上げによる影響が剥落し、好調な雇用・所得環境に支えられ、企業の新たな商品・サービスの投入もあり、消費はしっかりと回復していくだろう。企業の設備投資サイクルは堅調だ。2021年度までにデフレ完全脱却を目指す安倍政権の財政政策は緩和に転じた。一方、10~12月期が消費税率引き上げ、自然災害、暖冬などの複合的な下押し圧力により大幅な縮小になったこと、1~3月期に新型コロナウィルスによる中国人観光客の減少が実質輸出を押し下げる可能性があるため、2020年の実質GDP成長率を+0.9%から+0.7%へ下方修正した。グローバルな景気がまだ弱い中、1%程度の潜在成長率なみの水準がなんとか維持されるだろう。グローバルな景気が明確に回復する2021年には+1.4%に加速し、デフレ完全脱却となるだろう。この間、外需の成長寄与度はほとんどなく、消費と設備投資が両輪となる内需拡大が成長を自立的に牽引するだろう。

2019年10~12月期以降に日本経済には消費税率引き上げ、自然災害、暖冬などの複合的な景気下押し圧力がかかっている。更に、グローバルに新型コロナウィルスの影響が圧し掛かっている。これらの総合的な下押し圧力を数値化するのはかなり困難な作業だ。できることは、これまでに起こった強い景気下押し圧力と比較して、感覚的にとらえることだろう。この10年間で、日本経済に大きな景気下押し圧力がかかったのは、2011年3月の東日本大震災と2014年4月の前回の消費税率引き上げであった。東日本大震災では、2011年1~3月期と4~6月期の2四半期で実質GDPは年率~4%程度も縮小した。前回の消費税率引き上げでは、駆け込み需要のあった2014年1~3月期からの3四半期で実質GDPは年率~1%程度も縮小した。

今回は、電力問題を含めて経済活動が止まってしまった東日本大震災の4分の1程度、軽減税率もなく経済対策が不十分な中で税率引き上げ幅が1.5倍だった前回の消費税率引き上げと同程度の景気下押し圧力だとする。そう仮定すると、今回は年率~1%程度の縮小になる。2019年10~12月期の実質GDPが既に年率‐6.3%の大きな縮小となったため、2020年1~3月期は消費と設備投資を中心とした反動で年率3%程度の拡大となると、その程度の縮小になる計算だ。特に予想よりも大きく落ち込んだ10~12月期の設備投資は、自然災害による建設・土木工事の着工・進捗が大幅に遅れてしまったことも大きな原因であり、12月の日銀短観でまだ設備投資計画が堅調であったことを考慮すれば、1~3月期に挽回があるだろう。

もし1~3月期がゼロ成長となれば、今回の景気下押し圧力は年率~2%程度となり、前回の消費税率引き上げの倍、東日本大震災の半分と、かなり巨大になってしまうため、過度に悲観的な仮定のように感じる。よって、財政規模13兆円程度の経済対策の効果が本格的に出てくることも考えると、新型コロナウィルスの影響を考慮しても、1~3月期がしっかりとしたプラス成長になる可能性は十分あるだろう。1~3月期が年率3%程度の拡大となっても、直近3四半期でみれば年率‐1%程度の縮小となり、短期的に大きい景気下押し圧力がかかっていることになる。経済対策の効果をできるだけ1~3月期に前倒して、その程度の景気下押し圧力にとどめることができなければ、デフレ・内需低迷・家計弱体化の問題と比較して財政の問題がまだ深刻ではない中での消費税率引き上げ実施の政府の判断と、その後の政策の遅れが批判されてもしかたないだろう。

新型コロナウィルスの影響が少々長引いた場合でも、雇用・所得の破壊と金融システム不安につながっていないため、終息後にペントアップが一気に出る形で需要が早く回復することで、1~3月期の成長が弱かったとしても、4~6月期に大きくリバウンドする期待をつなぎとめることが大切だ。東日本大震災の時は、3四半期目に実質GDPはペントアップ需要で大きくリバウンドし、3四半期全体で通算すれば震災の落ち込み以上を取り戻し、年率0.5%とプラス成長となった。現在のところ、東日本大震災の半分程度の過大な景気下押し圧力を念頭に置いてしまっている企業・消費者・マーケットの人々も多いようで、過度な悲観論が心理の悪化とともに自己実現してしまうリスクがある。政府が2月の月例経済報告で景気が緩やかな回復局面にあるとの判断を維持したたことは、2四半期連続のマイナス成長を阻止する意志が強いと受け止めたい。

図)GDPの内訳

GDPの内訳
(画像=内閣府、SG)

労働 - 強い信用サイクルの支えられ好調

生産・在庫サイクルより信用サイクルの影響を強く受けている。日銀短観中小企業貸出態度DIは、信用サイクルとして、雇用の拡大を牽引するサービス業の動向を表し、失業率に明確に先行する。DIは強力な金融緩和などでバブル崩壊後の圧倒的な高水準に到達し、信用サイクルは既に天井を打ち破った。DIは高水準を維持し、失業率は2%程度に低下を続け、賃金上昇が強くなることを示している。投資活動などで資金需要が復活し、企業貯蓄率がマイナスに転じ、デフレ完全脱却となろう。日銀の超低金利政策の副作用は、金融機関の収益基盤の弱体化によって信用サイクルが崩れなければ、大きくはないと判断できる。

図)日銀短観中小企業貸出態度DIと失業率

日銀短観中小企業貸出態度DIと失業率
(画像=総務省、日銀、SG)

企業 - 設備投資サイクルがようやく上振れた

異常なプラスの企業貯蓄率が示す企業のデレバレッジとリストラが総需要を破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因となってきた。アベノミクスによる内需の回復、労働需給逼迫を含む生産性と収益率の向上の必要性、AI・IoT・ロボティクスを含む技術革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発などにより、企業貯蓄率はマイナスに向けた低下トレンドに入るだろう。設備投資サイクルを示す実質設備投資のGDP比率はバブル崩壊後初めて16%の天井を打ち破り、企業の成長・インフレ期待が上振れ始めた。(10~12月期に16%を下回ったのは消費税率引き上げによる一時的な現象だろう。)企業の新たな商品・サービスの投入が消費を刺激する好循環が始まるだろう。外需の弱さに対して、企業活動の活性化により内需は強く、貯蓄・投資バランスとして、国際経常収支の黒字額を抑制してくだろう。

図)設備投資サイクル

設備投資サイクル
(画像=内閣府、総務省、SG)

表)日本経済見通し

日本経済見通し
(画像=SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司