新型コロナウイルの感染拡大とともに、特定商品の品不足が発生している。まず、マスクが店頭からなくなった。デマに基づくものであるが、トイレットペーパーまで店頭で品不足が生じている。マスクの品不足は、医療関係者や高齢者向け施設の職員にも影響が及び、適宜の交換ができなくなるなど、深刻な状況にある。

マスク転売,法的規制
(画像=PIXTA)

他方、この間、インターネットの個人売買サイトでは、マスクが高額で転売されてきた。法外な価格のマスク出品に対しては、プラットフォーム事業者(運営者)が削除するなどの対応をとってきたものの、相当な利益を得た人がいるとの真偽不明の情報も出回っている。さらには、運営者からの削除逃れのために、商品自体の価格を抑える一方で、高額な送料を要求する出品もみられるなど悪質な手法も見受けられる。

このような法外な値段でのマスク転売は法令で禁止することができないのであろうか。この点に関しては、参議院における質問主意書で、「国民生活安定緊急措置法」における価格の安定を図るべき物資として指定することや、「物価統制令」(1)による価格統制を行わないのかという質問がなされ、いずれの法令も適用は行わない旨の回答を政府が示している(2)。

「国民生活安定緊急措置法」は昭和48年の物価の暴騰時に定められた法律で、生活関連物資のうち価格が高騰するおそれのあるものを政令指定し、その標準価格を定め、販売時にはその標準価格を示すといった義務を販売者に課す。そして、主務大臣は標準価格を超える値段で販売する業者に、標準価格以下での販売を指示することができるとする法律である。また、「物価統制令」の制定はさらに古く、昭和21年に勅令として発出された。物価統制令は、戦後の混乱のさなかに、政令により指定した品目について統制価格を定めることができるとするものである(3)。

商品価格の規制を定めた法令はほかには見当たらず、質問者はこれらの古めかしい法令を引っ張ってこざるを得なかった。そして、政府がこれら法令を適用しないこととしたのは、商品価格を設定することは事業者の自由であり、そのことに規制を加えることは最小限であるべきという現代の価値判断が背後にあるものと思われる(4)。

最高裁は、「国民生活安定緊急措置法」制定と前後するように、二つの重要な判決を出し、営業の自由が憲法上認められた権利であることを明らかにした(5)。憲法第22条第1項の職業選択の自由を主な根拠として(6)、営業の自由に対する規制は公共の福祉のために合理的に必要な限度でなければならないとした。営業の自由にはその営業を行うかどうかに加えて、営業の内容や態様などの自由も含む。したがって、価格の統制は規制目的に照らして合理的な範囲内のものでなければならないこととなる(7)。

ところで、現代社会における経済の重要基本法令として独占禁止法がある。独占禁止法は、不当な廉売について規制を設けている(独占禁止法第2条第9項第6号ロ、一般指定第6項)が、不当高額販売については何ら規制を設けていない(8)。さらに不当廉売も競争者の事業に支障が出る場合に限って規制の対象となるのであって、価格は自由競争の中で定められるべきものと位置付けられている。

また、同じぼったくり行為でも、飲食店のぼったくり行為については、条例で対応している市区がある。しかし、これらの条例は客引き行為の禁止や、価格の事前表示の義務付け、料金の不当な取り立てなどに限定され、高額価格そのものを規制してはいない(9)。したがって、マスクの高額転売についても、価格そのものを立法等により規制することは簡単ではないと思われる。

ただ、高額マスク転売問題は、少なくとも商道徳や信用の問題ではある。事業を行う者にとって信用が大事であることは、近江商人の例を挙げるまでもなく当然のことだ。一回の取引に法外な値段をとることで信用が失われれば、次回からの取引が成り立たなくなる。しかし、ネット時代においては顔の見えない匿名取引が可能であり、利用するアカウントを変えれば、(あるいはプラットフォーム事業者を変えれば)、信用問題を考えずに取引をすることが可能になっている。

そうすると、信用問題は個別のアカウントについてではなく、プラットフォーム事業者について問われるということになる。品不足に付け込んで、衛生上必需品であるマスクを高額で転売することは批判されるべきものと考える。そのため、出品者に対して、規約違反で出品取消、アカウント停止等の処分をすることは、プラットフォーム事業者自身の信用確保のために行うべきことは当然である(10)。

さらに言えば、あまりに高額な転売は暴利行為として、公序良俗違反で無効となる可能性がある(民法第90条)。ただ、売買契約を無効にしたところで、必要とする人の手にマスクが入らないだけという結果になってしまうだけではある。しかし、民法で無効になるような非常識な取引が行われる場を提供していると言えること、また、そもそも転売する「場」があるために、本来的な問題である買い占め・品不足問題を引き起こしているとも見ることもできる。批判されるべきはあくまで「転売ヤー」と呼ばれる買い占め・転売する個人であるが、プラットフォーム事業者には「場」の提供者として取引正常化の責務があるものと考える。

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(1)「生活関連物資等の買い占め及び売り惜しみに対する緊急措置に関する法律」についても質問の対象となっているが省略する。
(2)https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/201/toup/t201038.pdf
(3)昭和27年に法律としての効力を有するものとされた。
(4)なお、不特定多数の個人売買に規制をかけることの技術的な困難さも無視はできないと思われる。
(5)小売市場判決(最判昭和47年11月22日)、薬事法違憲判決(最判昭和50年4月30日)
(6)学説では憲法第22条の職業選択の自由に加え、憲法第29条の財産権の保障を根拠とするものが通説とされている。
(7)なお、営業の自由に関しては、表現の自由などと異なり、緩やかな合憲性判断基準が適用されると考えられているが、他により緩やかな対策手段がないことを求める「厳格な合理性の基準」と広く立法裁量を認める「明白性の原則」をどのように適用していくかの議論がある。
(8)買う側が高価で買い取るという、不当高価買取についての規制はあるが、適用事例はない。
(9)東京や大阪などの繁華街では座って〇万という店があるが、顧客がその価値を認めて通うことは、そのこと自体何ら問題がないからである。
(10)チケットの高額転売については、「特定興行入場券の不正転売の禁止等による興行入場券の適正な流通の確保に関する法律」が制定され、定価以上の転売が禁止されている。しかし、チケット自体に氏名が記載されている必要があることなど適用要件が厳しい。

松澤登 (まつざわ のぼる)
ニッセイ基礎研究所 保険研究部 取締役 研究理事・ジェロントロジー推進室兼任

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