2018年6月に改訂された「コーポレートガバナンス・コード」、ならびに、同じタイミングで公表された「投資家と企業の対話ガイドライン」(「ガイドライン」)において、給付建ての企業年金に対するアセットオーナーとしての機能発揮に関する記述が新設された(図表1)。そこでは、事業主たる母体企業が、自社の企業年金の運用に関する資質を備えた人材を計画的に登用・配置するとともに、そうした取組みの内容を開示することを求めている。
企業年金のアセットオーナーとしての専門性の向上は、最終受益者であり母体企業のステークホルダーでもある従業員の資産形成に寄与するとともに、こうした従業員への貢献などを通じて、母体企業の中長期的な企業価値や株主価値の向上につながることが大いに期待されている。
アセットオーナーとしての企業年金への期待は、金融庁の「フォローアップ会議」の重要課題の一つとして、企業年金の専門性の向上の論点が継続的に取り上げられてきたことからも伺い知ることができる1。こうした動きの背景には、公的年金の運用機関である年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)や保険会社をはじめとするその他の機関投資家において「スチュワードシップ・コード」の受け入れが進むなか、その受け入れが企業年金においては限定的であるとの認識がある。
図表2は、2019年12月27日時点の「日本版スチュワードシップ・コード」の受け入れ状況を示している。これによると、全体で273の企業や団体等が受け入れを表明するなか、年金基金等は49団体と少ないことが見て取れる。こうした現状認識は、2019年4月開催の「フォローアップ会議」において、「スチュワードシップ・コードの受入れを行う企業年金は少数に留まっており、その背景として、企業年金の意義や責任に関する認識不足からスチュワードシップ活動の範囲や程度が十分に理解されていない」との指摘が行われていることからも確認できる。
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(1)2015年8月、「日本版スチュワードシップ・コード」ならびに「コーポレートガバナンス・コード」の普及・定着状況をフォローアップするとともに、上場企業全体のコーポレートガバナンスのさらなる充実に向けた施策を議論・提言することを目的として、「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」(以下、「フォローアップ会議」)が設置された。これにより、投資家と企業との間の「建設的な対話」の実効性を確保することが期待されており、2019年4月までの間に19回開催されている。
他方で、新設された記述をめぐっては、「フォローアップ会議」の委員やパブリックコメントにおいて、いくつか慎重な意見も提示されてきた。例えば、「コーポレートガバナンス・コード」や「ガイドライン」からの要求への一律の対応への懸念である。企業年金の規模は相当ばらついており、その運営体制の実態を見ると、企業年金によっては、運用機関に対する専門的なモニタリング体制を一律に整備することはきわめて困難な状況にあるケースも少なくない。特に、基金型ではなく、規約型の企業年金の場合には、「コーポレートガバナンス・コード」や「ガイドライン」からの要求に応えるのは、人材配置を含め、相当難しいといえる。
さらに、母体企業と企業年金の受益者との間に生じ得る利益相反に関する懸念もある。つまり、企業年金のアセットオーナーとしての機能発揮に関して、「コーポレートガバナンス・コード」や「ガイドライン」からの要求が高まることにより、企業年金に対する人事面や運営面での母体企業の関与がさらに大きくなり、企業年金運用上の独立性が損なわれることへの懸念である。こうした意見を踏まえ、新設された「コーポレートガバナンス・コード」の原則2-6においても、「上場会社は、企業年金の受益者と会社との間に生じ得る利益相反が適切に管理されるようにすべきである」との記述が明記されている。
企業年金の運営には「経営」と「従業員」双方の理解が必要である。アセットオーナーとしての企業年金の役割の向上に期待しつつも、両者の潜在的な利害対立にも十分に留意し、慎重に取り組むべきテーマであるといえる。
柳瀬典由
ニッセイ基礎研究所 慶應義塾大学商学部
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