要旨

● 新型コロナウィルスの感染拡大が止まらない。しかし、メディアの過剰報道等より経済に悪影響を与えている部分もあるため、政府は正しく恐れるように情報発信を強化すべき。

● SARSの際に2003年度の中国の経済成長率が▲0.9%以上押し下げられたと簡便的に推計できるが、当時の中国GDPの世界シェアが4%だったのに対して、昨年には18%程度まで拡大している。このため、世界経済への影響は今回の方が大きくなるだろう。

●「新型コロナウィルス」の影響で止まっている中国のサプライチェーン稼働の見通しが立たないと、日本をはじめとした世界経済への影響も大きくなろう。

● 中国政府は「新型コロナウィルス」で落ち込んだ中国経済を立て直すべく、さらなる財政出動に舵を切ることが予想される。しかし、今回の対応で景気対策をやりすぎると、来年以降に予想される景気対策後のデレバレッジ局面で急減速するリスクがあることには注意が必要。

● SARSの際には、2003年度の日本の経済成長率が▲0.2%(▲0.9兆円)以上押し下げられたと簡便的に推計できる。今回も当時と同程度の影響にとどまると仮定しても、2四半期だけで▲1.0兆円以上のGDPが失われることになる。景気回復の頭を抑えられる中国よりも、景気悪化が増幅される日本の方がタイミングが悪く、新型コロナウィルスにより日本経済の景気底打ちが後ずれする可能性がある。これから本格化する春闘への影響も心配される。

● 3月までの中国の団体旅行客40万人分のほぼすべてがキャンセルになれば、それだけで▲800億円以上のインバウンド消費が失われる。中国人観光客は春節よりも夏に多く、東京五輪まで長引くことになれば、その影響はさらに甚大なものになるだろう。

● そもそも、問題はインバウンドに頼らざるを得ない日本経済の長期停滞。政府は、感染拡大を一刻も早く食い止めると同時に、大胆なワイズスペンディングで少なくとも経済活動が正常化するような経済環境に戻すことを最優先すべきだろう。

医療テクノロジー
(画像=PIXTA)

はじめに

新型コロナウィルスの感染拡大が止まらない。中国本土だけで感染者数は3万人を超えており、日銀の黒田総裁も、4日の参議院予算委員会の発言で その影響がSARSの時よりも大きくなる可能性を指摘している。

これに対して、新型コロナウィルスに対する政府の対応を経済的な観点から見れば、中国の初動が遅れる中で 、 最大限やれることはやっているように映る。しかし、メディアの過剰報道などもあり、消費者心理や経済に悪影響を与えている部分もあるため、政府は正しく恐れるように情報発信を強化すべきだろう。

そこで本稿では、世界第二位の経済大国となる中国の経済減速が世界経済にどの程度の影響を与えていくのか検討し てみたい。

中国経済への影響

中国の民間シンクタンク「恒大研究院」の試算によれば、飲食や小売り、娯楽・観光産業など春節関連の損失だけで▲1兆元(▲16兆円)以上の損失となり、2020年間のGDP成長率は5~5.4%と試算している。また、中国社会科学院の張明氏によれば、このままサービス業や消費へのダメージが続けば、2020年1-3月期の経済成長率は5%台を下回る可能性も排除できないと指揮している。

そこで以下では、2003年SARS当時を振り返り、中国の経済成長率がどれだけ押し下げられた可能性があるかを試算した。具体的には、最もSARSが流行した2003年度に経済成長率がそれまでの水準からどの程度乖離したかを調べた。

計測結果によると、SARSの際には2003年度の経済成長率が▲0.9%以上押し下げられたことになる。しかし、当時はSARS以外にイラク戦争の影響も加わっているが、今回も当時と同程度の影響が出現すると仮定すると、中国シンクタンクの試算はリーズナブルな数値といえよう。ただし、当時の中国GDPの世界シェアが4%だったのに対して、昨年には18%程度まで拡大していることからすれば、世界経済への影響が今回の方が大きくなることは容易に想像できよう。

特に「新型コロナウィルス」の影響で止まっている中国のサプライチェーン稼働の見通しが立たないと、日本をはじめとした世界経済への影響も大きくなろう。場合によっては、部品や製品の供給減により、製品が値上げされる可能性も否定できない。一方で、原油価格が急落しているため、エネルギー価格が下がる恩恵が部分的に生じるだろう。

新型肺炎が及ぼす経済への影響(第二弾)
(画像=第一生命経済研究所)

こうした「新型コロナウィルス」の影響を抑えるために、中国人民銀行は公開市場調査で3日に1.2兆元(約18.7兆円)、4日に0.4兆元(約6.2兆円)を金融市場に供給し た 。その後、上海市場はいったん落ち着いたことからすれば、迅速な対応で株価の底割れを最小限に食い止めたという意味で評価でき よう 。

さらに 、 中国政府は 「新型コロナウィルス」で落ち込んだ中国経済を立て直すべく、さらなる財政出動に舵を切ることが予想される。

しかし、中国は地方政府や民間部門の債務が膨張しており、今回の対応で景気対策をやりすぎると、リーマンショック後の4兆元景気対策の後にチャイナショックが生じたように、 来年以降に予想される 景気対策後のデレバレッジ(債務の削減)局面で急減速するリスクがあることには注意が必要だろう。

日本経済への影響

日銀の黒田総裁は、4日の参院予算委員会で日本経済への影響がSARSの時よりも大きくなる可能性を指摘した。

そこで以下では、日本についても2003年SARS当時を振り返り、経済成長率がどれだけ押し下げられた可能性があるかを試算した。具体的には、最もSARSが流行した2003年度に経済成長率がそれまでの水準からどの程度乖離したかを調べた。

計測結果によると、SARSの際に2003年度の経済成長率が▲0.2%(▲0.9兆円)以上押し下げられたことになる。しかし、当時はSARS以外にイラク戦争の影響も加わっているが、今回も当時と同程度の影響が出現すると仮定しても、2四半期だけで▲1.0兆円以上のGDPが失われることになる。

新型肺炎が及ぼす経済への影響(第二弾)
(画像=第一生命経済研究所)

単純に比較すれば、中国が▲0.9%、日本が▲0.2%ということで中国経済への影響が大きいとなるが、そう単純には比較できないだろう。というのも、日・中の製造業PMIを比較すると、中国は昨秋から情報関連財の在庫調整終了や5G関連の堅調な需要等により拡大に転じていたのに対し、日本は消費増税や台風の影響などもあり、悪化が続いている。このため、回復の頭を抑えられる中国よりも、悪化が増幅される日本の方がタイミングが悪かったといえよう。

内閣府の景気動向指数に基づけば、日本経済はすでに一昨年11月から景気後退に入っている可能性があり、当初は中国経済にけん引されて循環的に日本経済も底打ちする可能性があった。したがって、新型コロナウィルスによりそれが後ずれする可能性があるといえよう。

さらに、これから本格化する春闘への影響も心配される。2020年度は新型コロナウィルスの影響がなくても、4月から中小企業に残業規制が導入されることや、大企業で同一労働同一賃金制度が導入されること等により、正社員を中心に賃金が上がりくいことが予想される。したがって、今回の新型コロナウィルスがさらに賃金の下押し圧力になる可能性もあろう。

新型肺炎が及ぼす経済への影響(第二弾)
(画像=第一生命経済研究所)

観光への影響

今回の「新型コロナウィルス」は中国の春節の時期に拡大したため、日本の中国人観光客が激減した。特に、中国の旅行会社が団体旅行を当面中止した1月27日の時点で日本旅行業協会が調べたところ、1月27日から3月末までに団体旅行で来日する予定だった中国人向けに日本の旅行会社が「身元保証書」の申請を受けたのはおよそ40万人分に上り、これらの旅行のほぼすべてがキャンセルになる可能性があるとのことである。

仮にこれが現実となれば、中国人観光客の平均消費額は2019年10-12月期時点で21.1万円(観光庁)だったことからすると、それだけで▲800億円以上のインバウンド消費が失われることになる。

すでに筆者は、新型コロナウィルスの影響がSARS並みに出たと仮定すれば、旅行需要の減少だけでGDPを▲5270億円程度下押しすると試算しているが、その3分の2近くがインバウンドが減ることによる影響となる(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/pdf/macro/2019/naga20200127corona.pdf )。一方で、日本人が海外旅行に使う金額がSARS当時より減っていることから、家計消費に及ぼす影響はSARSの時より少ないと試算されるが、SARSの時は3月末から感染が拡大し、7月に終息宣言となった。このため、これらはSARS同様の前提では今年5月にも新型コロナの終息宣言が出ることを前提とした試算となる。しかし、訪日中国人観光客が毎年夏場に最も盛り上がることもあり、仮に夏に控える東京五輪まで長引くことになると、その影響はさらに甚大なものになるだろう。

新型肺炎が及ぼす経済への影響(第二弾)
(画像=第一生命経済研究所)

このように、今回の新型コロナウィルスの影響で中国を中心としたインバウンドが日本経済を下支えしている実態が浮き彫りになったが、そもそもインバウンドに頼らざるを得ない日本経済の長期停滞が問題である。日銀の若田部副総裁は、リスクが大きくなって物価上昇の勢いが失われる恐れが高まれば、躊躇なく追加緩和する旨発言しているが、金融政策のみでは限界に近付いていることも確かである。このため政府は、感染拡大を一刻も早く食い止めると同時に、大胆なワイズスペンディングで少なくとも経済活動が正常化するような経済環境に戻すことが最優先といえよう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 永濱 利廣