昨年末に決まった超大型経済対策によって、不幸中の幸い、目先は財政出動の効果が予定される。金融政策も、今のところは為替レートが円安で推移していて、追加緩和に動くとは考えにくい。さらに、7月からの東京五輪が需要刺激になると期待される。しかし、万一、感染拡大で五輪中止ということになれば、そこで期待された需要刺激がなくなるので、追加的財政刺激に政府が動く可能性が高まる。

ウイルス
(画像=PIXTA)

不幸中の幸い

新型コロナウイルスの感染拡大が、日本経済の内需を急速に冷え込ませている。ひとつの焦点は、追加的な財政出動や追加緩和が発動されるどうかである。不幸中の幸い、大型経済対策のうち、2019年度補正予算が1月30日に参議院を通過した。この対策では、事業規模26兆円というのが看板だが、予算規模としては2019年度補正で4.3兆円、2020年度当初予算では1.8兆円が計上される。2~4月には徐々にその需要押し上げ効果が現れてくると期待している。このほかに、4月になれば高等教育の無償化が開始されて、家計に減税と同じ効果を及ぼすことも期待される(年間8,000億円)。

金融政策の方は、ドル円レートが1ドル110円前後の円安水準で推移していて、これまでの緩和効果が効いているとも言えなくはない。黒田総裁は、追加緩和を示唆することはあっても、円安が継続する限りは追加緩和を実行しないであろう。1ドル110円前後の円安水準であれば、企業収益はそれに下支えされて、雇用・設備投資への悪影響も限定される。

このように考えると、現時点でも追加的な財政・金融政策の発動は行われないとみられる。ただ、政府は、経営悪化企業に対するつなぎ融資や、医療体制の拡充のための予算措置は機動的に行うだろう。だから、新たに打ち出すとしても、大型の予算拡大を伴わない小型の経済対策を検討するということになるだろう。

景気悪化をどうみるか

政府は、新型コロナの感染拡大を抑え込むために、2月25日に基本方針を発表した。その中で、「地域や企業に対して、イベント等を主催する際には、(中略)開催の必要性を改めて検討するよう要請する」とした。集会・イベントを中止することは、景気悪化になることを十分に承知しつつも、集団感染を防ぐことを優先している姿勢である。この判断は、仮にそうした対応を採らなかった場合に国内感染者数が急増する方がもっと怖いと考えているからだろう。思い切ってイベントを中止する方が景気悪化するにしても短期間で済むという割り切りをしているのだろう。政府は短期決戦を挑む姿勢なのだと思える。

専門家会議では、「これから1~2週間が感染拡大の山場だ」という声も聞かれる。ここから想定されるのは、3月初から上旬にかけて感染の勢いを止めれば、4月内には終息に近づき、景気悪化の期間を極小化できるというイメージを、政府が持っているということだろう。確かに、このくらいの景気悪化の期間であれば、財政・金融政策の出動はこれ以上は要らない。問題は、むしろ、そうした展望が外れた場合のリスク対応である。

需要刺激が必要とされるケース

焦点は、感染拡大が長期化して、企業収益を大きく悪化させるケースである。雇用リストラが消費マインドを悪化させて、消費減退が再び企業収益を悪化させる。ネガティブ・フィードバックが起こる。

また、日本国内で感染拡大が制御できたとしても、中国や韓国などで感染拡大が長期化すると、輸出減を通じて日本の企業収益は悪化する。さらに、感染拡大が内外で短期間で終息した場合であっても、需要回復が遅々として進まずに景気が停滞を続けるときも需要刺激の必要性が求められるだろう。日本の場合、7月24日から東京五輪という大イベントが控えている。ここでは個人消費には大きな需要刺激の効果が期待される。そのシナリオはインバウンドがかなり減退したとしても変わらず、大きな効果をもたらすことだろう。

それが一転して、五輪中止ということになれば、景気シナリオは大きく狂ってくる。期待された需要拡大が春から夏にかけてなくなり、その間も感染拡大による悪化が景気を下押しすることになる。

現在の政府のスタンスは、今思い切った措置を講じて感染拡大を封じることに成功すれば、予定通りに五輪開催を実行できて、そこで需要拡大ができるという読みなのだろう。それに政府は賭けていると思える。その点は、筆者も全く同じ考えである。

最悪の五輪中止

あまり考えたくないが、五輪中止の場合はどのようなシナリオになるのだろうか。ひとつは、楽観シナリオが崩れるときである。春になって気温が上がり、湿度が高まっても、新型コロナの感染の勢いが止まらない。3~5月はますます行事が多くなり、人が集まったり、飲食の機会も増える。それがかえって感染拡大を広げると、3月初から上旬に拡大がピークアウトし、4月内に終息ということができなくなる。5月になるとデッドラインとされる五輪まで2か月前という期限に近づく。巷間言われる2か月前ではなくて、3か月前でも混乱が続いていると政府は厳しい判断を迫られるだろう。

また、日本の事情だけではなく、中国や韓国などアジア諸国の状況も重要になる。アジアから日本に選手団や旅行客が来る余裕がなくなると、五輪開催は危うくなるだろう。

別のケースとしては、海外諸国が日本を対象として渡航制限を行う場合である。これらの国々は、日本の感染拡大をみて、五輪どころではないと判断するのだろう。私たちは、仮に日本が渡航制限をしている国で大きなイベントを開催しようという話になって、そこに敢えて出かけようとするだろうか。日本がその立場になると、厳しい。

現在、日本国内の感染者数は、WHOのデータに基づくと、クルーズ船を除いて171人(クルーズ船の乗客では691人、2月26日時点)である。この人数は、中国を除くと、韓国977人、イタリア276人に次いで3番目である。それに続く国々は、イラン95人、シンガポール91人、香港85人、米国53人となっている(26日時点で同じ)。

こうした感染者数がピークアウトして、春先に事態が落ち着くことが平穏に東京五輪開催をするうえでは大切になってくる。日本は、感染拡大の防止について、中国や韓国、その他の国々と連携・協力することが望ましい。

追加的財政出動がある場合

万一、東京五輪が中止になると、2020年4~6月、7~9月に期待されていた景気押し上げ効果がなくなってしまう。代わりに、感染拡大の悪影響がいずれにしても尾を引くことになるので、国内景気は低空飛行を余儀なくされる。アジア諸国でも景気悪化が続き、輸出も振るわない状況になる。この状況を打開しようと、安倍政権は追加的な大型経済対策をさらに打ち出すことが予想される。財政への負担は大きいが、政権は「五輪さえ中止なのだ」という危機感を露わにするだろう。大型対策を発表することで、景気拡大をアピールする。反面、財政再建が棚上げになるという負の側面はあるが、政治的に仕方がないという厭戦ムードが漂うことになるだろう。

なお、追加的金融緩和は、為替レートが円高にならなければ実施されないだろう。

ところで、過去、五輪が中止された履歴はあるのだろうか。歴史を紐解くと、夏の五輪は過去3回の中止がある。1914年のベルリン大会は、第一次世界大戦によって中止された。その後、1936年のベルリン大会は開催されたが、次の1940年東京大会、1944年のロンドン大会の2大会は第二次世界大戦のために中止された(冬の五輪は1940年の札幌大会、1944年のイタリア大会が中止)。こうした悲劇は、ドラマの中だけにしておいて、是非とも五輪開催にこぎ着けてほしいと筆者は切に願っている。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生