政府は3月半ばまで今後1~2週間のイベント・集会の自粛を要請している。これは、感染阻止のために仕方がない措置だと思う。もどかしいのは、通勤や仕事のときは大丈夫で、イベント・集会だけを控えれば、それで十分に感染拡大を封じられるかという問いに答えられないことである。自粛の経験は、2011年3~5月にかけて消費マインドが極端に悪化したときに似ている。当時、自動車購入、旅行、外食などが大きく前年比で減少した。

ウイルス
(画像=PIXTA)

政府のジレンマ

政府は、新型コロナの感染拡大を防止するために、大規模なイベント・集会の自粛を求め始めた。全国から参加者を募り、国や全国規模の団体が開催するものが対象である。これは、当面経済活動に対して巨大な停滞圧力になる。期間は、今後1~2週間、3月15日を目処にして、集中的にイベント・集会を自粛するという。小中高校も、3月2日から休校することを要請した。企業にも有給休暇の取得を呼びかけている。これは大変な事態である。

筆者は、自粛は基本的に仕方がないと考える。しかし、この期間が終わっても、疑心暗鬼がまだ家計、民間企業に続いて、この自粛が続いてしまうことに強い危機感を抱かずにはいられない。本当に1~2週間で済むという保証はあるのだろうか。仕方ないとわかっていても、不安である。

この不安の背景を自分なりに整理して考えると、結局のところ、感染拡大がこれらの措置で封じ込められるかどうかがよく理解できないからだ。集会を自粛して、それで感染拡大が止まるのならばよい。でも、朝夕に人々は満員電車で通勤する。職場も閉め切ったオフィスの中に居る。鉄道や飛行機で出張するときも、密室に近い状態になって過ごす。こちらの方は、そのままで「感染拡大が封じられている」と言ってよいのか。先見的に、集会を自粛すれば、感染拡大を封じるには効果があると言えればよいが、そうは言い切れないのではないか。

「イベント・集会だけの自粛で感染拡大を封じるのに十分か」という疑問に明快にYESと言える人はいないと思う。これは、筆者の推測であるが、政府が仮に通勤や職場の中での活動も安全ではないと言い出すと、そのときは集会自粛よりも遙かに経済活動への打撃が大きな措置を発動せざるを得なくなる。政府は、そうした措置の打撃の大きさを知っているから、敢えて宴会など飲食に関係するようなイベント・集会を対象に、限定的な範囲とわかっていて自粛を呼びかけているのだろう。これは、経済活動の維持を優先するか、感染阻止を徹底的にやるか、という選択にジレンマが発生することを意味している。それがわかっているからこそ、暫定的な対応として、1~2週間の期間だけ自粛することを始めたのだろう。

政府は全知全能ではないから、こうした不確実な対応を責めることはできないと思う。感染阻止にどこまでやるのが有効なのかは、先験的にはわからず、実験的に経験を積み重ねるしかないのだ。こうした政府の苦しさは、理解するしかないと思える。

望まれる対応とは

集会の自粛が感染防止に役立つというのは、集団感染を起こしたくないという考え方に基づくのだろう。通勤・職場で働くことが集団感染につながらないという理屈はないが、集会をしないことでいくらかは集団感染の生起確率は下がる。通勤・出勤しないためのテレワークも、集団感染の生起確率をいくらか下げられるだろう。いずれにしても、集団感染を完全に回避することはできず、部分的に生起確率を下げる効果でしかない。

本質的に考えて、新型コロナへの治療薬がないことが、最大のネックである。次に、具合が悪くなったり、発熱した人がいて、その人を検査することが簡単ではないことも問題点である。陽性の人を隔離するにしても、速やかに検査ができなくてはいけないが、そこにボトルネックがある。検査が簡便にはできないからだ。

もしも、症状の出ていない人まで広く検査をすることができれば、国民の不安感は随分と解消されるだろう。問題はそれができないから、群衆の中に入ることすら安全でないように思える。イベントや集会に行くことはリスキーという感覚が生まれる。

(1)治療薬がない、という問題はどうしようもない。(2)検査の方は、もしかすると改善できるかもしれない。PCR検査を身近な病院などで受けられると、周囲にいる人同士でお互いの安全性を確認することができる。韓国では、PCR検査をより幅広く受けられるようになっていると言われる。日本では、また検査の件数がそれほどは多くないが、今後、検査結果をより短時間で判明させられるような取り組みをしているとされる。

おそらく、(1)治療薬がない、という問題も、今後は各国で治療薬を探すという活動が進んでいけば、何か前向きな状況に変わっていくだろう。治療薬がもうすぐ見つかりそうだという期待感が高まるだけで、疑心暗鬼は少し改善する。

ほかにも、政府の情報提供が、疑心暗鬼の改善には有効だ。これまでの感染者が、その後、全快・軽快・症状安定・治療中あるいは症状なしで入院という風に分類されて人数を明らかにすることが行われてきた。そのデータを知るだけで、筆者などは長期で重症化する人が少数であることがわかって、多少安心できる。

ところが、多くのメディアでは、そうした情報は発表されない。感染者数と死亡者数がどれだけかという情報がほとんどだ。さらに言えば、年代別に、全快・軽快する人の数、あるいは確率がわかると、より安心できるのではあるまいか。

疑心暗鬼による消費減少

自粛拡大をどうみるか
(画像=第一生命経済研究所)

自粛の影響をどうみればよいのかを、消費に与えるインパクトとして考えてみたい。参考になるのは、2011年の東日本大震災の経験である。当時、2011年3~5月までの3か月間は極端に消費者センチメントが悪化した(図表1)。6月頃になると、最悪期を通り過ぎていた。原発事故の心理的ダメージは、おそらく現在のコロナ感染よりも深刻だったと思う。あのときも、外出が手控えられた。そして、宴会をすることは「不謹慎だ」という意見があった。しかし、しばらく時間が経つと、勇気のある人が「むしろ二次被害が心配だから、積極的に消費をする方がよい」という意見を述べて、そうした意見に対する賛同者も増えていった。

今回も、ある程度まで感染が落ち着くと、あのときと同じように消費拡大を皆が意識する方がよいと思う。ホテルや飲食店などの利用を促進することが大切だ。

今後はどこまで自粛によって消費や企業活動に打撃があるのかは、感染拡大の期間次第であろう。その点はよくはわからないが、2011年3~5月の個人消費の動向が参考になる。総務省「家計調査」(2人以上世帯・全世帯)では、この3か月間は、消費支出が前年比△4.5%の減少幅になった。

その内訳を項目別に調べると、前年比伸び率が最も低かったのは、自動車で△31.3%も下落した。次に、自宅などの修繕工事、教養娯楽耐久財、パック旅行、男性ものの洋服などが下落幅が目立っていた(図表2)。一般外食、習い事の月謝、理美容サービスも減った。

自粛拡大をどうみるか
(画像=第一生命経済研究所)

自粛で外出が手控えられると、その代わりに増える消費は、灯油(他の光熱)、家具、冷暖房用器具(ストーブなど)、下着、家事用消耗品などがある。「巣籠もり消費」の様相である。

当時、3~5月の名目消費支出の前年比は、3~5月は△4.5%だったところから、7~9月△2.6%、10~12月△1.3%と徐々にマイナス幅を改善させていった。しかし、V字型回復とはいかなかった。

V字型回復するのか?

最後に感染拡大が終息してしまえば、その後はV字型回復するのかを考えてみたい。仮に新型コロナの感染が4月までに終息すると、その直後には、東京五輪が控えていて消費支出がV字型回復するという見方は強くある。

多くのエコノミストたちは、経済成長率の予測を頭に描いて、季節調整済前期比がプラスになると考えがちである。しかし、世の中の人々はそうした発想はあまりしない。むしろ、消費者の実感に近いのは、前年同月期比伸び率(前年前期比)でみたときのマイナス幅の状態である。こちらは、確かに東京五輪のときはプラスに転化するかもしれないが、それは一時的であろう。また、自粛が終わった直後も、一時的な回復はあってもおかしくはない。むしろ、基調としての弱さが五輪が終わった9月以降、10~12月も残存するのではないかと筆者は強く警戒している。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生