政府が小中高校を休業させたり、イベント・集会の自粛を求めていることは、雇用を直撃するだろう。特に、小売・サービス業は、非正規雇用比率が高く、稼働率が低下した企業では雇用調整圧力が強まるだろう。雇用調整助成金は、雇用調整に歯止めをかける有効なツールである。まずはその利用を幅広く周知させて、制度の利用を柔軟に行うことが、失業者の増加を抑制するだろう。

雇用,面接,面接官
(画像=PIXTA)

打撃は非正規雇用者に大きい

新型コロナウイルスの感染拡大は、3月2日から小中高校を休業させることになった。イベント・集会の自粛も深刻化していて、多数の人が集まる行事でもないのに、次々にキャンセルが発生している。また、3月15日を過ぎた時期の行事も先々まで中止・延期されて、やや過剰反応が起きている印象も強い。このまま現状が続くと、必ず雇用調整圧力は強まっていくと直感する。

自粛の悪影響は、学校・塾、ホテル、飲食店、レジャー施設などを直撃している。これらのセクターは、もともと非正規雇用比率が他業種よりも高い。雇用調整圧力はきっと正規よりも非正規雇用者に集中するのではないだろうか。

従来の不況期には、製造業が輸出減少によって業績を悪化させて、そこでの雇用悪化などが非製造業へ波及していった。今回はそれと違って、内需にストレスがかかって消費悪化、雇用削減のデフレ圧力が生じようとしている。サービス業には、その打撃がより直接的に表れて、多くの人が予想している以上の雇用調整圧力を生じさせることだろう。これまでの「人手不足で雇用は底堅い」という図式を崩すことが心配される。

まず、非正規雇用比率がどのくらいなのかを紹介しておきたい。日本全体の非正規雇用比率は、2020年1月は37.9%であった(非正規の職員・従業員/役員を除く雇用者、総務省「労働力調査」)。業種別でみて、比率が最も高いのは、宿泊・飲食サービス76.5%、生活サービス58.0%、卸小売49.7%、他のサービス49.7%、教育・学習支援42.4%となっている。以上の5 業種の非正規雇用者数は、48.0%と全体の約半分のシェアを占めている。このデータは、サービス分野が労働集約的であり、非正規雇用を吸収する主体になっていることを意味する。

これらのセクターが休業・自粛によって最も直接的な打撃を受けることは、これまでの完全雇用状態を大きく脅かすことになる。無論、コロナ感染が早急に止まれば、自粛も収まっていき、雇用のダメージは小さくなるだろう。ただ、そうした展望を描くことは現時点ではまだ難しい。

雇用のセーフティネットはどこまで有効か?

飲食店などでは、客足が鈍ってくると店側がパート・アルバイトの就業時間を短縮することで、人件費を削減して業績悪化を防ごうとする。パート・アルバイトは、自分が働ける労働時間を減らされるとその分だけ総所得が減る。正社員は固定給でそうしたリスクを回避しやすいだろうが、そ代わりに企業は非正規の方で人件費調整を行うことになる。非正規雇用者は、基本的にノーワークノーペイの原則によって、労働時間が減ると収入も減らざるを得ない。

日本全体の非正規雇用者数は、2020年1月時点で2,149万人にも達する。これらの人々の所得減は、消費悪化へと波及し、物価下落圧力を生むことになる。

これに対して、雇用調整助成金がセーフティネット機能を果たすことが期待される。安倍首相は、2月29日に記者会見に臨み、この雇用調整助成金の活用に言及していた。雇用調整助成金は、事業主が休業を決めて、従業員の平均賃金の60%以上を休業手当としてサポートする仕組みである。中小企業の場合は、休業手当の2/3が補助される。大企業の場合は1/2になる。これを人件費全体で計算すると、企業の人件費負担は、中小企業は60%のうち20%、大企業は30%で済むことになる。そうしたサポートあることで雇用カットを防ぐのである。

しかし、業績が悪化したホテルや飲食店は、どのくらい休業の扱いを適用するだろうか。まずは制度の周知が大切だと考えられる。自宅待機、一時帰休をする人をできるだけサポートすることが望まれる。

また、非正規雇用者は、基本的にノーワークノーペイの原則である。自分で労働時間を削るときは、公的サポートを受けられない。学校が休業になって保護者が自発的に休みを取るときは、有給休暇を取れる人もいるが、労働時間を減らす非正規雇用者も多いのではないだろうか。事業主は、保護者の立場になる従業員の事情をよく聞きながら、制度の利用ができるかどうかを吟味する必要がある。

学校が休校になることに同調して、塾などでも受け入れ中止をとなるところもあるようだ。そうした事業者が、休業時のサポートを受けられる方がよい。また、学校には非常勤講師もいて、彼らの授業がなくなり、その分の収入がなくなることも防止できた方がよい。

労働需要は急激に悪化

2020年1月の有効求人倍率は、1.49倍と前月12月(1.57倍)から目立って低下した。東京都、大阪府などの大都市と、北海道のようにインバウンド需要が大きく落ち込んだ地域で変化が大きかった。予想すると、2月の有効求人倍率はもっと激しく低下することは間違いない。自粛のダメージは、当初それを決めたときには想像もつかない位に労働需給に深刻な打撃を及ぼすだろう。

一般職業紹介状況を詳しく分析すると、有効求人倍率の低下は、倍率の分子にあたる有効求人件数の減少(前月比△3.9%)と、分母の有効求職者数の増加(前月比1.5%)の双方の作用によって起きている。パートもパート以外(一般労働者)も同様に大きく求人倍率は悪化している。

これは1月のデータであり、新型コロナの感染拡大はまだ始まったばかりの時期であった。1月23日の武漢市の封鎖があって、1月は24~31日までの8日間の影響しか表れていない。計算上は、8日間で26%(=8日/31日)ということになる。

仮に、2月1~29日までにこの8日間と同じペースで求人・求職者数が変化したとすると、1月の有効求人倍率1.49倍から2月は1.21倍に急低下することになろう。

労働需要に対する影響は、自粛などの効果が小売・サービス業に表れやすい。1月の有効求人倍率の内訳では、「販売の職業」の有効求人数が前年比△11.1%と大きく減少し、「サービスの職業」も前年比△4.6%と大きかった。この2つの職種の求人数は、全体の36%を占めているから、労働市場全体への影響も甚大であろう。

望まれる政策対応

新型コロナの感染が数か月で終わるとすれば、その期間だけ企業が雇用を維持できることが正念場になる。雇用調整助成金はすでに有効なツールである。非正規雇用までその恩恵を受けられるかどうかがポイントになる。一時帰休、自宅待機の人まで休業扱いになってサポートされるかどうかも注目される。

これまで政府は、雇用調整助成金の制度を一時的に拡充した経緯もある。2019年の台風15、19号のときは、休業手当に対する援助を引き上げた。中小企業は、2/3の比率を4/5として、大企業は、1/2を2/3にした。これによって、企業の人件費負担は、中小企業は20%から12%へと下がり、大企業は30%から20%へと下がった。

仮に、雇用調整助成金をさらに拡充しようとすれば、同様の措置を検討することもできる。そのほか、休業手当の支給水準を平均賃金の60%以上から80%以上に引き上げることで、雇用者の負担感を小さくすることもできるだろう。その場合の補助率は、中小企業は2/3から3/4に引き上げ、大企業は1/2から4/5に引き上げる。その適用範囲は、業種を限定して、教育・学習支援、宿泊・飲食サービス、卸小売といった業種に絞って行う。

すでに、厚生労働省は、学校休校に伴って、休んだ保護者に支払う賃金助成を手厚く行うことを決定している。1人当たりの上限日額8,330円という。これは年次有給休暇とは別枠ということである。非正規雇用者などを念頭に置いている可能性もある。

さらに、検討すると、雇用調整助成金制度の拡充は、別の企業への出向者を受け入れる側の企業にももっとインセンティブがあってもよいかもしれない。出向させる側の企業には助成金が支給されるから、もう一方の出向者を受け入れる企業にももっと大きなメリットがあった方がよい。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生