シンカー:日銀資金循環統計の企業貯蓄率は2019年10 - 12月期に+2.7%(4四半期平均、GDP比率、マイナスが強い)となり、7 - 9月期の+3.4%から若干低下した。アベノミクス前の2012年10 - 12月期の+5.5%から2019年1 - 3月期には+2.5%まで下がってきた。しかし、そこからは下げ渋っている。米中貿易紛争や消費税率引き上げ、そして頻発する自然災害などの不確実性が大きくなってきたことが、企業の投資意欲を削いできてしまっているようだ。新型コロナウィルスの問題などによる企業心理の悪化で、企業活動が更に弱体化し、1 - 3月期以降には上昇に転じてしまい、過剰貯蓄としての総需要を破壊する力が景気後退とデフレ再燃につながるリスクになってしまう可能性が高まっている。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

不確実性が大きくなり民間の経済活動が抑制される中で、政府は財政収支の劇的な改善を進めてしまっているようだ。企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの国内資金需要が消滅し、マネーと所得が縮小する力が大きくなってしまっている。財政赤字恐怖症を抱えているような現行の財政運営では、日本経済がデフレ完全脱却になかなか到達できないのは当たり前である。これまで財政赤字だけをみるミクロ・会計的な財政運営を行ってきたことは大きな問題で、民間の資金需要の弱さを考慮してネットの資金需要を適度な水準に保つというマクロ的な視野をもった財政運営にすぐにでも改めるべきだろう。新型コロナウィルスの問題を抱え企業の投資意欲はしばらく弱くなり、資金を使う力が衰えるだろう。このような時は、財政拡大により、ネットの資金需要を復活させ、マネーの拡大と民間の所得を生む力を強くする必要がある。

資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大し、家計に回ってくる所得を大きくするために、ネットの資金需要は十分な額が必要である。持続的なマネーの拡大と物価の上昇には、ネットの資金需要は最低限 - 3%程度あることが望ましい。現時点のデータでネットの資金需要をその水準にもっていき、新型コロナウィルスの問題があってもデフレ完全脱却への動きを止めないためには、最低限20兆円(4%、GDP比率)程度の財政拡大が今すぐにも必要である。米国のネットの資金需要が既に - 5%(GDP比率)より大きくなっているにも関わらず1兆ドル超の景気刺激策を検討していることを考えれば、日本は20兆円を超える「異次元」の財政拡大も十分に考慮すべきだ。

財政拡大の使途が早急に見つけられないのであれば、大幅な減税で民間経済を活性化するべきだろう。1月に遡った低率減税が必要だろう。その際は、減税と増税はカップリングしなければいけないという「税収中立」の古い考え方は打破すべきだろう。目先の生活を支える家計への大規模な現金給付も必要だろう。消費税率を当分の間は0%にするとともに、30兆円程度の経済対策を行うという、自民党の有志議員の提言も十分に考慮するに値するだろう。

それでもネットの資金需要はまだ強くなく、金利急騰がない中での国債発行は容易だろう。新型コロナウィルスの問題で民間経済が弱体化している中で、財政政策が緊縮のままでは、ネットの資金需要は消滅したままで復活せず、リフレサイクルは稼働せず、デフレ脱却にも失敗し、日本経済は再びデフレという長期低迷の闇に陥るリスクが高まってしまうだろう。

日銀資金循環統計の企業貯蓄率は2019年10 - 12月期に+2.7%(4四半期平均、GDP比率、マイナスが強い)となり、7 - 9月期の+3.4%から若干低下した。アベノミクス前の2012年10 - 12月期の+5.5%から2019年1 - 3月期には+2.5%まで下がってきた。しかし、そこからは下げ渋っている。米中貿易紛争や消費税率引き上げ、そして頻発する自然災害などの不確実性が大きくなってきたことが、企業の投資意欲を削いできてしまっているようだ。2020年1 - 3月期には新型コロナウィルスの問題により、企業活動は更に弱体化しているとみられる。

企業貯蓄率の上昇は、デレバレッジやリストラが強くなるなど企業活動の鈍化を意味し、景気下押しとデフレ悪化の圧力となる。企業は資金調達をして事業を行う主体であるので、マクロ経済での貯蓄率はマイナスであるはずだ。しかし、日本の場合、1990年代から企業貯蓄率は恒常的なプラスの異常な状態となっており、企業のデレバレッジや弱いリスクテイク力、そしてリストラが、企業と家計の資金の連鎖からドロップアウトしてしまう過剰貯蓄として、総需要を追加的に破壊する力となり、内需低迷とデフレの長期化の原因になっていると考えられる。一方、企業貯蓄率の低下は、企業の投資意欲が強くなり過剰貯蓄が総需要を破壊する力が弱くなり、企業活動の回復により景気押し上げとデフレ緩和の圧力となる。企業活動の強弱が、景気サイクルを決めていると考えられ、企業貯蓄率はその代理変数となる。現在は下げ渋っていて、企業活動に若干の弱まりがみられるようだ。新型コロナウィルスの問題などによる企業心理の悪化で、1 - 3月期以降には上昇に転じてしまい、過剰貯蓄としての総需要を破壊する力が景気後退とデフレ再燃につながるリスクになってしまう可能性が高まっている。

これまで、深刻な雇用不足感による効率化・省力化の必要性、そして過去最高に上昇した利益率を維持するため、新商品・サービスの提供でトップライン(売上高)を増加させる必要性があり、好調な経済ファンダメンタルズをともない企業の投資行動が刺激され始めてきていた。AI、IoT、AI、ロボティクス、ビッグデータ、5Gなどを含む技術革新、遅れていた中小企業のIT投資、老朽化の進んだ構造物の建て替え、都市再生、研究開発などが活性化してきていた。実質設備投資の実質GDP比率(設備投資サイクル)は、バブル崩壊後になかなか打ち破れなかった16%の天井を上回ってきていた。設備投資サイクルが16%という低い天井の下に押し込められていたのは、企業の期待成長率と期待インフレ率が低いことを示し、過剰貯蓄として総需要を破壊する力となっているプラスの企業貯蓄率の低下を妨げる要因となっていた。先行する設備投資サイクルが天井を打ち破っていけば、企業貯蓄率はマイナスの正常領域(企業の過剰貯蓄が総需要を破壊しなくなるデフレ完全脱却のポイント)に向けて低下していくことができるようになる。

企業貯蓄率がマイナスとなり、総需要を破壊する力が消滅するまでは、再度の景気後退でデフレに戻るリスクがあるため、デフレ完全脱却は宣言できないことになる。米中貿易紛争や消費税率引き上げ、そして頻発する自然災害などの不確実性が大きくなってきた中で、新型コロナウィルスの問題も大きくなり、現在は企業の投資意欲が一時的に衰えてしまっているようだ。実質設備投資の実質GDP比率も16%を再び割り込んでしまった。企業貯蓄率の上昇が継続すれば、総需要を破壊する力がまた大きくなり、日本経済は景気後退とデフレの闇に陥ることになる。

財政収支(資金循環統計ベース)は2019年10 - 12月期に - 1.9%(4四半期平均、GDP比率)となり、6四半期連続で赤字は2%以下となっている。アベノミクス前の2012年10 - 12月期の - 8.7%から、景気拡大の進展にともない赤字幅が大きく縮小してきた。2017年10 - 12月期が - 3.4%だったことを考えると、不確実性が大きくなり民間の経済活動が抑制される中で、政府は財政収支の劇的な改善を進めてしまっているようだ。恒常的なプラスとなっている企業貯蓄率(デレバレッジ)が表す企業の支出の弱さに対して、政府の支出は過少で、マイナス(赤字)である財政収支で相殺しきれず(財政赤字を過度に懸念する政策)、企業貯蓄率と財政収支の和であるネットの国内資金需要(マイナスが強い)が消滅してしまっている。ネットの資金需要の消滅は、国内の資金需要・総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が喪失してしまっていることを意味する。

2019年10 - 12月期のネットの資金需要は+0.8%(4四半期平均、GDP比率)と、2015年7 - 9月期から消滅してしまった状態が続いている。マネーが拡大するリフレサイクルがまだ稼動していないばかりか、弱くなり、マネーが縮小する力が大きくなってしまっている。企業の投資活動(企業貯蓄率の低下)がまだ十分に強くない中で、経済ファンダメンタルズの改善対比で過度な財政緊縮がネットの資金需要を消滅させ、アベノミクスのデフレ完全脱却への動きを鈍らせてしまってきたと考えられる。日銀の現行の金融緩和は、ネットの資金需要を間接的にマネタイズすることにより効果を発揮する。マネタイズするネットの資金需要がなければ、金融緩和の効果は限定的になってしまう。

財政赤字恐怖症を抱えているような現行の財政運営では、日本経済がデフレ完全脱却になかなか到達できないのは当たり前である。ネットの資金需要が消滅していれば、金利急騰のリスクはほとんどなく、将来の高齢化のために、焦って消費税率を引き上げる必要はない。そのようなことをすれば、民間の所得拡大の力が更に弱くなり、将来の財政状態はより悪くなるだろう。これまで財政赤字だけをみるミクロ・会計的な財政運営を行ってきたことは大きな問題で、民間の資金需要の弱さを考慮してネットの資金需要を適度な水準(十分なマイナス)に保つというマクロ的な視野をもった財政運営にすぐにでも改めるべきだろう。

新型コロナウィルスの問題を抱え、企業の投資意欲はしばらく弱くなり、資金を使う力が衰えるだろう。このような時は、財政拡大により、ネットの資金需要を復活させ、マネーの拡大と民間の所得を生む力を強くする必要がある。家計の総賃金が拡大する重要な経済メカニズムは、労働需給が引き締まるとともに、企業と政府の支出する力が強くなることだ。マクロ経済では支出されたものは誰かの所得となるため、企業と政府の支出する力が強くなると、家計に回ってくる所得も大きくなる。これまでネットの資金需要が消滅してしまっていたということは、家計に回ってくる所得が抑制されてしまっており、国民が景気拡大を実感できない原因となっている。ネットの資金需要を復活させることは金融緩和効果も強くし、マネーが拡大する力も強くする。

資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大し、家計に回ってくる所得を大きくするために、ネットの資金需要は十分な額が必要である。持続的なマネーの拡大と物価の上昇には、ネットの資金需要は最低限 - 3%程度あることが望ましい。現時点のデータでネットの資金需要をその水準にもっていき、新型コロナウィルスの問題があってデフレ完全脱却への動きを止めないためには、最低限20兆円(4%、GDP比率)程度の財政拡大が今すぐにも必要である。米国のネットの資金需要が既に - 5%(GDP比率)より大きくなっているにも関わらず1兆ドル超の景気刺激策を検討していることを考えれば、日本は20兆円を超える「異次元」の財政拡大も十分に考慮すべきだ。

財政拡大の使途が早急に見つけられないのであれば、大幅な減税で民間経済を活性化するべきだろう。1月に遡った低率減税が必要だろう。その際は、減税と増税はカップリングしなければいけないという「税収中立」の古い考え方は打破すべきだろう。目先の生活を支える家計への大規模な現金給付も必要だろう。消費税率を当分の間は0%にするとともに、30兆円程度の経済対策を行うという、自民党の有志議員の提言も十分に考慮するに値するだろう。

それでもネットの資金需要はまだ強くなく、金利急騰がない中での国債発行は容易だろう。新型コロナウィルスの問題で民間経済が弱体化している中で、財政政策が緊縮のままでは、ネットの資金需要は消滅したままで復活せず、リフレサイクルは稼働せず、デフレ脱却にも失敗し、日本経済は再びデフレという長期低迷の闇に陥るリスクが高まってしまうだろう。安倍首相は3月14日の記者会見で「一気呵成にこれまでにない発想で、思い切った措置を講じる」と述べているが、ポリシーミックとしての金融緩和効果を拡大する意味でも「異次元」の財政拡大が必要な時だろう。

図)企業貯蓄率とコアCPI

企業貯蓄率とコアCPI
(画像=日銀、内閣府、総務省、SG)

図)民間設備投資の対GDP比%

民間設備投資の対GDP比%
(画像=内閣府、日銀、SG)

図)日本のネットの国内資金需要

日本のネットの国内資金需要
(画像=日銀、内閣府、SG)

図)米国のネットの国内資金需要

米国のネットの国内資金需要
(画像=FRB、SG)

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司