IOCは、現段階では7月の東京五輪を、予定通りに開催するとした。しかし、欧州などの混乱ぶりをみると、5月中旬頃までに予定が変更される懸念はくすぶる。万一、五輪延期となると、日本経済は最大の経済対策を失うことになる。2020年度の実質GDPは、▲2.1兆円(GDP比▲0.39%)が下振れして、コロナ・ショックの悪影響▲3.8兆円(GDP比▲0.72%)に加えて、GDP成長率▲1.1%以上の押し下げ効果に増幅してしまう。有効性の高い経済対策は、そうした万一の状況に対する備えとして必要になる。

影響,見通し
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五輪開催の重要性

IOC(国際オリンピック委員会)は、3月17日に東京五輪を予定通りに開催することを表明した。理由は、「大会まで4か月以上あり、現段階ではいかなる思い切った決断も必要ない」とのことだった。この説明を聞くと、ぎりぎり2か月前近くまで重大な判断を先送りしたように思える。欧州などのコロナ感染の拡大が引き起こしている混乱ぶりをみる限り、これは日本への五輪観戦に来るどころではないと思わせる。おそらく、5月中旬までの最終期限を巡って、開催中止・延期の懸念はくすぶり続けるとみられる。

筆者は、7月の東京五輪こそがコロナ不況に対する最高の特効薬だとみている。これに替わる存在はない。昨年のラグビー・ワールドカップを思い出すとよい。人々は、日本チームの選手の大活躍からたくさんの元気をもらった。人々のマインドは、それで大きく改善した。

半面、今の日本は自粛で活力を失い、ネガティブな発想が蔓延している。人々は、自分を守ることで精一杯に見える。今、必要なのは、困難に負けない気持ちである。2011年の東日本大震災を思い出してほしい。あのときは、リーダー達が音頭をとって、奮起して困難に立ち向かった。それが今はそうした雰囲気にはない。

もしも、東京五輪を予定通りにできれば、それが日本の安全宣言にもなる。外国人に対して、日本に訪日しても、普通に消費を楽しむことができるというアピールになるのだ。2020年秋には、訪日外国人が大挙して日本に戻ってくるだろう。そして、日本の消費者もマインドが前向きに切り替わるだろう。

コロナは成長率を最悪▲1.11%以上押し下げる

しかし、東京五輪が延期されるとどうなるか(中止はあり得ないと思う)。2020年度に予定されていた需要拡大の見通しが狂ってしまう(図表1)。3月の日本経済研究センターが集計したESPフォーキャスト調査によると、2020年度の実質成長率見通しは平均▲0.16%であった(2月の予測平均は0.45%)。この結果を延長して試算すると、筆者は仮に東京五輪が延期されると、見通しが▲0.39%ポイントほど下振れして、2020年度の成長率見通しは▲0.55%までマイナス成長の幅が広がってしまうとみている。

五輪延期シナリオの検討
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また、新型コロナによる景気悪化は、すでに2019年度の実質成長率を▲0.72%ポイントほど押し下げるインパクトがあるとみる。仮に、コロナ・ショックが東京五輪の開催を後らせることになれば、マイナス・インパクトはさらに大きくなり、▲1.11%(=▲0.72%+▲0.39%)という計算だ。

なお、ここでは、新型コロナの悪影響が2020年度の成長率に及ぼす効果は十分には織り込めていない。悪影響の長期化が蓋然性を高めてくれば、コロナ・ショックの惨禍は▲1.11%以上に増幅される。

※試算の方法は、過去のESPフォーキャスト調査に織り込まれた景気シナリオが、どれだけショックの顕在化によって修正されたのかを計算することで求めている。

五輪延期で狂う景気シナリオ

万一、7月の五輪延期となると、景気シナリオは大きく狂ってしまう。2020 年度に経済対策を行うことも正当化されるだろう。

そのことを分かりやすく概念図で示してみたい。2019・2020年度における経済ショック・経済イベントの効果として大きいものを並べてみた(図表2)。(1)消費税増税の反動減、(2)コロナ・ショックの打撃、(3)東京五輪開催の刺激効果、(4)2019年12月に決まった大型経済対策の効果、が挙げられる。これらのインパクトは、それぞれ(1)▲2.4兆円、(2)▲3.8兆円、(3)+2.1兆円、(4)+2.1兆円であると計算できる。

五輪延期シナリオの検討
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以前、新型コロナの影響がなかった段階では、(1)増税のダメージを(3)と(4)で相殺することが予想されていた。しかし、コロナ・ショックによって、そこに(2)が加わって、トータルの成長見通しが大きく下振れする。

万一、さらに五輪延期が加わると、成長シナリオはさらに下振れすることが懸念される。経済は元々成長するポテンシャルが備わっていて、その力によって経済成長は安定(+4.3兆円の押上げ、0.81%)するのだが、今回のショックはそれをほとんど食い尽くしてしまう可能性があるのだ。

それを実数で表すと、コロナ発生前は、トータル+6.1兆円→コロナ発生後は+2.3兆円→五輪延期の時は+0.2兆円まで小さくなる。これは重大な危機だ。

筆者は、万一の五輪延期に備えて、事前に何らかの経済対策を用意しておくことが合理的判断だと考えている。

東日本大震災を忘れるな

筆者は、東京五輪を絶対に中止してはいけないと考える。なぜならば、国民が危機に直面して一番必要とするものが、危機に立ち向かう勇気だからだ。五輪はそれを与えてくれる。

しかし、今、私たちの目の前に広がっている光景は、実にネガティブな発想に基づく行動ばかりだ。東日本大震災とは全く違う。困難に対して受け身の姿勢で、自分の身や立場を守ろうとする行動が目に付く。

しかし、震災の時はそうではなかった。被災者をみて「がんばろう、東北」、「応援消費」、「みんなで助け合おう」という気炎が各地で上がった。日本各地のリーダー達は、きっと鮮明にそれを記憶しているはずだ。今一度、あのときを思い出すことが求められる。

今のダメージは、ホテル・飲食店、レジャー、航空など交通といったセクターに集中している。感染が一定まで収束した後は、皆で宴会を開き、飲食店を活用しようではないか。旅行、レジャーも事業者を助けるつもりでやればよい。マクロの経済対策も必要だが、それ以上にリーダーが国を奮起させることがより重要だと思う。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生