次回の日銀短観では、大企業・製造業の業況判断DIが大きく下落するだろう。新型コロナウイルスの悪影響は、急激に企業のマインドを悪化させている。資金繰り判断DIと雇用判断DIでは、売上の減少によって悪化している事業者の様子が逸早く表れてくるだろう。事業計画では、2020年度の見通しがどのくらい消極化しているかが示される。4月1日の短観では、コロナ・ショックの全体像が従来以上によくわかるだろう。
業況のマイナス転落
4月1日に発表される日銀短観3月調査は、大企業・製造業の業況判断DIが前回比△11 ポイント悪化する予想である(12月調査0→3月調査△11)。
これは、1月23日の中国・武漢市の封鎖に始まる新型コロナ・ショックの打撃が原因である。大企業・非製造業の業況DIは前回比△22ポイントの悪化、中小企業・非製造業の業況DIは前回比△26ポイントの悪化と、ダメージは非製造業の方がより大きくなる見通しだ。宿泊・飲食店、個人サービス、小売、運輸などは、インバウンド減少と自粛の2つの悪影響のダブルパンチを受けている。今回のショックは、今まで見たこともない打撃を個人向けのサービス産業に与えている。さらに、先行きのDIも不透明感の強まりによって、マイナス幅を広げるとみられる。
日銀短観は、これまで景気局面の転換点をよく当ててきたが、今回も12月調査が大企業・製造業で0になり、今回3月調査でマイナスに転落することで、景気後退局面入りを示すことになりそうだ。
マインド先行か、実体悪化が進んでいるか
今回の短観は、まだ製造業の方で欧米経済の混乱のダメージを十分に織り込み切れていない可能性がある。中国は、コロナウイルス感染が一服して、工場などの稼働が正常化しつつある。つまり、先行きは、欧米のマイナスと中国の持ち直しとの綱引きによって方向感が決まってくるのだろう。
短観における注目点は、業況判断DIだけではなく、需給判断DIや価格判断DI などの変化である。
3月中下旬の経済状況の変化から考えると、業況DIの悪化が先行して、需給・価格判断DIはそれを追いかけて悪化していくと考えられる。だから、需給・価格判断DIがすでに相当悪くなっている場合は、実体経済は相当深刻に悪化するとみてよいだろう。
業種別の資金繰り判断DI
もうひとつの注目点は、自粛などで顧客が激減したサービス・小売業で資金繰りがどのくらい悪化しているかである。政府は、経済対策で企業の資金繰り支援を打ち出している。そうした対策へのニーズが強まっているかどうかを確認するのに、短観は格好の材料になる。
そのほか、サービス・小売業の雇用判断DIでは、どのくらい人員余剰感が表れるだろうか。こちらも雇用調整助成金のニーズを調べるのに役立つ。自粛などのダメージが、企業の実感としてどのDIに表れるかをつぶさに点検すると、コロナ・ショックの打撃をもう少し詳しく知ることができる。
事業計画の下方修正
今のところ、国内の自粛は、5~6月まで続くのではないか。そうすると、短観の売上・収益計画は、2019年度下期が大きく下方修正されて、2020年度上期でも伸び率の弱さが継続するだろう。製造業では、コロナ感染に苦しむ欧米向けの輸出の先行きの落ち込みに注目している。コロナ感染の打撃をどのくらい企業は織り込んでいるのだろうか。
今回は、初めて2020年度計画が短観で調査される。設備投資計画では、3月調査が年度計画の発射台になる。おそらくは、例年よりもずっと慎重な見通しで始まることが予想される。この設備投資計画の弱さは、コロナ・ショックが少し長く経済に後遺症を残す可能性を示すことになるだろう。
金融政策への示唆
すでに日銀は、3月16日に決定会合を開き、ETFの買入額を12兆円に倍増させた。CP買い入れなどを通じて、企業の資金繰り支援を行うことも表明している。短観の業況DIが著しく悪化すると、追加緩和の要請は強まると考えられる。
しかし、日銀にはもう切れるカードがほとんどない。日米欧の中央銀行は、いずれも金利操作という有効性の高いカードをほぼ切り尽くした。すでに、長期金利は各国とも歴史的な低水準で、量的拡大で長期金利を押し下げようとしても、効果の余地は乏しい。日銀が今後マイナス金利を深堀りするとすれば、円高に対抗する場合に限られよう。当面は、ドル高に助けられて、その可能性は高くない。
短観を通じて、企業部門のどこに歪みが生じているかを点検することは、金融政策以外の支援として何が必要になってくるかを考える参考になるだろう。日銀はたとえ手詰まりであっても、経済政策全体への有効な政策提言をする機会はある。短観の結果をそのように使えばよい。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生