1人10万円の給付金が支給されると、1世帯当たりでは平均23万円の支給になる。子供が多い世帯ほど支給額は大きくなり、40歳代では平均31.9万円となる。その資金は、貯蓄に向かいやすいだろうが、教育費、食料費にも回っていくだろう。年金生活者(無職世帯)には、今回は相対的に恩恵が小さい。政府は、給付金がより良く使われるために、困窮者の経済支援や地域復興への協力を呼びかけて、そのための情報提供をするとよい。
40歳代は31.9万円
いよいよ5月に入ると、緊急経済対策で決まった1人10万円の給付金の申請ができるようになる。
1世帯30万円支給からの前代未聞の予算組み替えになったが、世帯を単位にすると、1世帯23万円になる。これは、総務省「家計調査」(総世帯、2019暦年)での世帯平均の人員数が2.30人だからである。
対象となる世帯数は、30万円の支給時には1,340万世帯が想定されていたが、その対象世帯数が5,528万世帯(予算額から逆算)へと、約4.1倍に拡大したかたちである。予算額の比較では、4兆206億円から12兆,823億円へと約3.2倍になっている。
世帯人数によって、支給額が決まるとすれば、誰の支給額が大きくなるのであろうか。属性別の世帯人数を調べると、世帯主年齢が40歳代が3.19人と最も多く、次に30歳代が2.95人、50歳代が2.50人と多い(図表1)。世帯主40歳代の世帯では、世帯人数が4人以上の世帯が48.6%もいる。これらの世帯は、40万円以上を受け取れる。30歳代の世帯でも、4人以上の世帯割合が43.8%と半数近くいる。給付金の恩恵は、このように30・40歳代の家計に手厚くなりそうだ。
逆進性はそれほど大きくない
10万円給付は、やむを得ず中高所得者にも一律で支給されることになった。そうなると、10万円給付は、公平性に問題があるという見方が根強くある。例えば、世帯単位でみて、上位10%(年間収入1,311万円)は家族が多く、3.35人の人員がいるから、1世帯の支給額は33.5万円/世帯にもなる。一方、下位10%(年間収入126万円)は家族は1.19人で、世帯支給額は11.9万円/世帯と少ない。この数字だけをみると、お金持ちほど子供が多いから、そのために不公平が生じているようにみえる。
しかし、年間収入でその支給額を割ることで、恩恵の割合を調べてみると、それほどの不公平ではないことがわかる。上位10%は33.5万円が年収比では2.6%と小さく、下位10%は11.9万円が年収比で9.4%と大きい(全世帯平均23.0万円は年収比4,4%)。
給付金はどこに向かうか?
40万円以上を受け取れる世帯は、一体何に給付金を使うのであろうか。40万円以上を受け取る世帯は、全国で1,077万世帯になる。そのうち約6割(59.2%)に当たる638万世帯は、世帯主が30・40歳代である。恩恵の中核になる30・40歳代が給付金をどう使うかがポイントになる。
30・40歳代は、子供の将来の教育費負担に備えて貯蓄する傾向が強い。アンケート調査では、10万円の使い道は日常生活のやりくりに回すという答えが多い。しかし、日頃のやりくりの支払いに給付金が充てられるとすると、日々の消費行動は変わらないことになる。結局は新しい消費には回りにくいという結果になろう。つまり、消費性向は上がらず、増えた給付金は貯蓄に回されると考えられる。
たとえそうであってもいくらかは消費増に回る。その部分を考えるとどうなるか。まず、世帯人員が増えるとエンゲル係数が高まる。子供が多い世帯は、余裕ができると食料費を増やすという見方は成り立つだろう。そのほか、世帯人員の増加とともに増えやすいのは、被服・履物、光熱費、交通費もある。子供のために食事を少し豪華にしたり、新しい洋服を購入するという選択は、給付金支給に伴ってありそうだ。
今回、最も支給額が少ない世帯属性は、無職世帯(年金生活者)である。無職世帯は、世帯人員の平均が1.82人なので、支給額は18.2万円に止まる。世帯平均が23万円、勤労者世帯が26.0万円よりも無職世帯は支給額が小さい。
経済刺激を決めるのは家計自身の選択
空前の大減税は、どのくらい消費に回るのか。予算12兆8,803億円に対して、限界消費性向を10~25%と仮置きすると、+1.3~+3.2兆円ほど名目GDPを押し上げると計算される。しかし、現実には外出自粛などの緩和が進まなければ、短期的にみた経済刺激効果はもっと乏しくなる。減税効果は、外的環境に強く依存している。
もっと柔軟に政策効果を考えると、政府の働きかけによって変化するということも十分にあり得る。政府が困窮する宿泊・飲食業のためにお金を使おうと音頭をとれば、政策効果は高まるだろう。政府が旗を振る「Go To キャンペーン」によって、割引サービスが消費刺激になる。その消費刺激とシンクロして、給付金の効果はいくらか高まりそうだ。
筆者自身について考えると、いきなり10万円を使いましょうと呼びかけられても困ってしまうのが実情である。そうした感覚を持っている人はきっと多いに違いない。だから、誰かが良い使い方を指南してくれると、使いやすくなると思える。
例えば、クラウド・ファンディングへの資金協力はどうだろうか。寄付型で事業の資金集めに協力する。製品開発プロジェクト、社会貢献活動、地域活性化、イベント支援などの事業に対して、クラウド・ファンディングで資金を求める活動がある。同様の方法で、自粛によって困窮するホテル・旅館、レストラン・飲食店、商店街が復興活動の支援を募ってもよいかもしれない。自治体が、ふるさと納税に似たかたちで、地域住民や出身者に呼びかける手もある。政府も、キュレーション・サイトをつくって、自治体や企業のクラウド・ファンディングを助けることもできる。結局、1人10万円の給付金の使い方を考えるのは国民自身であるが、政府はそこに情報提供を行って、より役立ちそうな選択を促すのである。
行動経済学の分野では、シカゴ大学のリチャード・セイラー教授が、個人の自由・選択の自由(リバタリアン)を前提にしながらも、政府がより良い結果に導くことをしてもよいという考え方を打ち出した。政府が、民間活動に対して世話を焼く(パターナリズム)としても、それが強制ではなくて奥ゆかしい働きかけであれば、肯定されるという考え方である。これを、リバタリアン・パターナリズムという。政府の働きかけは、ナッジ(Nudge、肘でつっつく)と呼ばれている。
政府は、今回、12.9兆円もの巨大な財政資金を使うのだから、望ましい用途に使われるところまでもっと責任を持って対応してよいと考えられる。今回の政府の対応を、悪い前例ではなく、良い教訓として未来に残してほしいものである。 (提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 熊野 英生