シンカー:新型コロナウイルスを背景とした経済への影響への対応として、中央銀行のプレゼンスはこれまでになく大きくなっていると同時に、中央銀行は新たな試練に直面している。FRBは従来からマイナス金利の導入に対して否定的な見解を示してきたが、先週木曜日には米短期金利市場で金利先物がマイナス金利を織り込んだことが注目された。もしもFRBがマイナス金利を導入するとなると、政策金利の一つであるIOER(超過準備に対する付利)をマイナスまで低下させることになるだろう。FRBはメモで、マイナスのIOERを導入する際の制約として①法律上の制約、特に連邦準備法がマイナスのIOERを許容するか不明、②FRBの付利計算システムが現在のところマイナスのIOERに対応していない、③FRBの利下げによりT-bill金利がマイナスになった際、財務省のシステムはマイナス金利での入札に対応していない、④FRBのマイナスへの利下げがMMFからの資金流出を誘発する可能性などを指摘している。これらの制約や、FRB関係者のマイナス金利に否定的なスタンスから、FRBがマイナス金利を導入する可能性は今のところ低いとみられるが、低金利環境が長引く可能性が高い中で、市場の金利期待をどのようにコントロールしていくかが問われるだろう。
新型コロナウイルスと直接関係したものではないが、ECBも新たな問題に直面している。ドイツ連邦憲法裁判所が5月5日にPSPPについて下した判断は、ECBの “Whatever it takes”に代表されるコミットメントに疑問を投げかけるものだった。ドイツ連邦憲法裁判所は物価の安定を目標とするECBの金融政策手段(この場合はPSPP)が、経済や財政にECBの権限を越えた影響を与えうる点を問題視し、欧州司法裁判所(CJEU)の判決に対立するとも言える判決を下した。EU側はすでにECBの政策を擁護する声明を発表するとともに、ドイツに対してEU法への違反手続き(Infringement procedure)も視野に入れた次の行動を考慮するとしている。今後、EU法と加盟国憲法のどちらが優先されるのかといったEUの本質にかかわる議論が注目されるが、この問題により加盟国が独自にEU法を解釈し始め、EUの統一性を揺るがすことへの危険性が浮き彫りになったと言える。同時に、それぞれの利害関係のある主権国家(加盟国)が、新型コロナウイルスという危機的状況の中、ECBの下で単一の金融政策を行うことによる困難をどのように乗り越えるかが試されている。
金融政策見通しの変要
FRBは3月の緊急利下げで金利誘導目標を0.00-0.25%に引き下げるとともに、様々なファシリティを創設することで市場をサポートしてきた。4月28日、29日のFOMCでは、現行の政策金利が据え置かれ、サプライズはなかった。ここ最近、週次の国債買い入れペースはやや減速しているものの、FRBは引き続き必要ならば新規プログラムも含めたあらゆる手段を講じる姿勢を示している。FRBは引き続き物価と雇用が目標に近づくまで、現行の低金利環境を継続するコミットメントを示しており、拙速な引き締めに転じることへの懸念を和らげようとしているようだ。
ECBは3月にゲームチェンジャーともいえるPEPPによる大規模な資産買い入れや、ECBオペの際の担保要件緩和などを打ち出してきた。4月30日の会合では、既存のTLTRO-IIIの条件を緩和し、貸出金利をMRO金利-50bpから最大でMRO金利-1%まで引き下げるとともに、条件を定めないPELTROを導入した。PELTROは7つのシリーズからなり、2021年9月まで使用用途の制限を受けずMRO金利-25bpで資金調達を可能にしており、金融機関のストレス緩和に役立つとみられる。今後市場の状態によっては、ECBは住宅ローンをTLTROの対象に含むことや、株やETFを対象にした資産買い入れプログラムなどを考慮する可能性があるだろう。
日銀は4月27日の政策決定会合で、現行の政策枠組みを維持したものの、国債買い入れペースの80兆円のめど撤廃、社債・CP買い入れ額の増額、企業金融支援特別オペの導入などを打ち出した。物価目標に向けたモメンタムについての文言も外され、日銀は物価目標よりも新型コロナウイルスの影響への対処にまずは集中する姿勢を示している。一方で、コロナウイルスによる下押し圧力の中でも、短観の結果などから信用サイクル、設備投資サイクルもまだ堅調であるとするスタンスは今後も維持されるとみられる。ただ、両サイクルが腰折れるリスクが高まれば、デフレ完全脱却に向かう日銀の内需拡大シナリオが維持できなくなってしまい、更なる金融緩和が必要となる可能性がある。
イングランド銀行(BoE)は、5月7日の会合で、政策金利を0.1%のまま据え置いた。経済に対しての深刻な下押し圧力がかかるとみられる中で、BoEは2021年を通して金利を現在の水準に据え置くだろう。
PBoCは新型コロナウイルスによる影響に対処するため、2020中に追加でMLF、リバースレポ金利の引き下げを実施するとみられる。ただ、景気が回復の兆しが見え始めると従来の住宅バブルと民間債務の増加を抑制するための政策対応を再開するだろう。
米国(Fed)
●FFレート:0.00-0.25%(4月29日時点)
●予想:FFレートは2021年中は0.00-0.25%で据え置かれるだろう
FRBは3月15日に2度目の緊急利下げを行い、FFレートの誘導目標を0.00-0.25%に引き下げるとともに、コマーシャルペーパー・ファンディング・ファシリティ(CPFF)、プライマリーディーラー・クレジット・ファシリティ(PDCF)、マネーマーケット・ミューチュアルファンド・流動性ファシリティ(MMLF)、ターム物資産担保証券貸出制度(TALF)、プライマリー・マーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(PMCCF)などを矢継ぎ早に打ち出して、市場のストレスを和らげ、流動性の維持をサポートしてきた。さらに4月9日にに発表されたプログラムには、給与保護プログラム流動性ファシリティ(PPLF)、メインストリート融資プログラム(MSLP)、プライマリーマーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(PMCCF)、セカンダリーマーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(SMCCF)、地方債・流動性ファシリティの導入が含まれている。4月28日、29日のFOMCでは、現行の政策金利が据え置きが決定され、サプライズはなかった。
ここ最近、週次の国債買い入れペースはやや減速しているものの、FRBは引き続き必要ならば新規プログラムも含めたあらゆる手段を講じる姿勢を示している。FRBは引き続き物価と雇用が目標に近づくまで、現行の低金利環境を継続するコミットメントを示しており、拙速な引き締めに転じることへの懸念を和らげようとしているようだ。ZLB(ゼロ金利制約)について、FRBは米国でのマイナス金利適用があまり有効と考えていないようだが、市場のマイナス金利観測に対してどのような姿勢をFRBが示すかが注目される。
ユーロ圏(ECB)
●金融緩和策・政策金利(4月30日時点:預金ファシリティ金利:-0.50%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)
●予想:ECBは市場の状況に応じて、さらなる担保要件の緩和、住宅ローンを対象に含むTLTRO、金利階層化の乗数調整や株、ETFを対象にした買い入れプログラムを考慮するだろう
ECBは3月にゲームチェンジャーともいえるPEPPによる大規模な資産買い入れや、ECBオペの際の担保要件緩和などを打ち出してきた。PEPPではキャピタルキーや買い入れ上限についての制限も緩和されており、さらにギリシャ国債も買入の対象となっている。4月30日の会合では、既存のTLTRO-IIIの条件を緩和し、貸出金利をMRO金利-50bpから最大でMRO金利-1%まで引き下げるとともに、条件を定めないPELTROを導入した。PELTROは7つのシリーズからなり、2021年9月まで使用用途の制限を受けずMRO金利-25bpで資金調達を可能にしており、金融機関のストレス緩和に役立つとみられる。
ECBは引き続き、信用フローと資金調達を支援する「的を絞った」対策を続けていくとみられる。TLTROのような仕組みか、新しいプログラムを通じた中小企業向け融資の状況改善を目指す策に焦点があてられるだろう。現時点では、中銀預金金利引下げは理事会内の反対もあって難しいとみられるが、ECBの買い入れプログラムを通じて当座預金が増加し続けている現状を踏まえて、金利階層化の乗数調整が行われる可能性がある。さらに市場の状況に応じて可能性としてだが、TLTROの対象に住宅ローンを含むことや、株式、ETFといった他の資産の買い入れを考慮する必要が出てくるとみられる。
日本(日銀)
●誘導目標(4月29日時点:長期金利(10年JGB)利回りを0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)
●予想:フォワードガイダンスの無期限化で辛抱強く現行の緩和政策を実行し、誘導目標引き上げは政府がデフレ完全脱却を宣言するとみられる2022年ごろになるだろう
4月27・28日の政策決定会合で、日銀は、現行の緩和政策のフレームワークに変更はないが、3月のETF、社債・CPの買入れ増額と企業金融支援特別オペの導入に続き、企業の資金繰り支援や資金調達金利低下策など緩和政策の強化を図った。信用サイクルの腰折れリスクを減じるため、企業の資金調達環境を更に円滑にする必要があり、社債とCPの金利の上昇がみられるため、社債・CPの買入れ枠を合計20兆円へ増額した(前回は7.4兆円)。買入れの対象の残存年限を3年から5年に延長した。特別オペの対象担保範囲を家計債務を含めた民間債務に拡大(8兆円から23兆円へ)した。オペの対象先に系統会員機関等を含め、政府の対策と相乗効果を図った。このオペの利用残高に相当する当座預金残高の金利を0%から0.1%へ引き上げ、金融機関の収益支援とする。更に、政府の経済対策における資金繰り支援制度の効果を高めるため、金融機関への新たな資金供給手段を早急に検討することを示し、信用サイクルを防衛するため、日銀は全力を尽くす方針を明らかにしている。
マーケットでは、日銀の更なる金融緩和効果の拡大の余地はないとみる意見が多い一方、日銀はその余地があると引き続き考えているとみられる。資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、信用サイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。日本の場合は企業の貯蓄率はまだプラスであり、財政政策を拡大しないと、ネットの資金需要が復活しない。政府はGDP対比5.5%の新規財政措置を含む経済対策を決定し、GDP対比3.5%程度の追加国債発行による資金調達を実施する。ネットの資金需要が復活し、日銀が、現行緩和政策を変更しなくても、それを維持しているだけで、マネタイズの形は整い、ポリシーミックスとして追加的金融緩和効果は大きくなるだろう。日銀の次の動きは、政府がデフレ完全脱却宣言を行うとみられる2022年に金利誘導目標を引き上げ、2023年に物価が2%目標を達成してからマイナス金利を解除することになるだろう。
●マイナス金利政策(4月末時点:当座預金のマイナス金利適用残高(約23兆円)に-0.1%のマイナス金利を適用)
●予想:2%の物価上昇を達成する2023年に解除
日銀はしばらくはこのポリシーミックスの形が効果を発揮するのかを確認するスタンスを維持するだろう。もし次の金融緩和が必要となれば、政府が追加経済対策を実施する可能性が高まることと合わせて、政府短期証券や国債の買入れの大幅な拡大方針を明確にし、ポリシーミックスの形を意識させるような財政ファイナンスに近い形となるだろう。金融機関に更なるダメージを与えて信用サイクルを毀損させるリスクを逆に高めてしまうリスクがあるため、マイナス金利政策の深堀りを日銀が選択することはないだろう。
英国(BOE)
●政策金利(5月7日時点:0.10%)
●予想:2021年中は現在の政策金利水準が据え置かれるだろう
5月7日の金融政策委員会(MPC)会合で、BOEは政策金利を 0.1%、計画する資産買入れ残高上限が 6,450 億ポンド(購入枠を2,000億ポンド増加)で、ともに据え置いた。2名の委員が量的緩和(QE)を 1,000 億ポンド即時拡大することに賛成したが、いまところBoEは必要になれば追加緩和実施の準備が出来ているとするスタンスを維持している。資産買入れを現行のペースで進めると、現時点の目標額が 7 月初めまでに達成されるため、その前に開催される金融政策委員会会合に注意する必要があるだろう。これまでBoEはコロナウイルス問題を受けて、中小企業向けのタームファンディングスキーム(TFS)や、銀行の貸し出しを支援するためにカウンターシクリカルバッファーの引き下げ、さらには政府向けの短期融資などに踏み切ってきた。コロナウイルスによる経済への下押し圧力は深刻であり、3Qからはコロナウイルス終息からの反発を見込んでいるが、政策は当面現在の水準で据え置かれるだろう。
中国(PBOC)
●政策金利(4月末時点:1年物MLF金利:2.95%、預金準備率(RRR):12.50%、7日間リバースレポレート目標:2.2%)
●予想:2020年中にMLF金利、リバースレポ金利に対する40-60bpの利下げと、預金準備率の引下げ(50bp)が行われるだろう
PBoC は 4月3 日、小規模の銀行全体に的を絞り RRR(預金準備率)を 100bp 引下げると発表した。今回のRRR引下げは二段階で実施されることになっており、引下げ完了で 4,000 億元の流動性が市場に放出されるとみられる(4月15日に50bp、5月15日に50bp)。また、PBoC は、銀行の超過準備預金に対する金利(IOER)も 0.72%から 0.35%に引下げており、PBoC によるとこの策には、銀行が過剰な準備預金をより活用して実体経済への貸出しに向けるように促す意図があるという。ただ、これらの策は依然として既存の策の焼き直しに過ぎず、外部環境が厳しいことから、金融政策の追加緩和が必要だと弊社はみている。PBoC の次の動きは、まず 1 年物 MLF(中期貸出ファシリテイ)金利引下げ、その次に 7 日物リバースレポ金利引下げになると弊社は考えている。
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司