▲7.2万人程度の失業増抑制、至急求められる企業に対する資本政策
要旨
● 政府は5月31日までだった緊急事態宣言について、特定警戒都道府県以外の34県に茨城・石川・岐阜・愛知・福岡を含めた39県で一斉に解除する方針を固めた。一定の前提を置いて試算すれば、解除前に比べて最大+1.7兆円の家計消費の増加を通じて、GDPベースでは同+1.5兆円となり、年間GDP比でトータル+0.3%の押し上げとなる。また、解除されなかった場合と比較して▲7.2万人の失業者が減少する計算になる。
● 現在の消費の落ち込みは、経済活動の制限により収入が減ることもさることながら、休業や営業停止などにより支出に深刻な影響が及んでいることもある。このため、ウィルス感染の落ち着きや特効薬の普及、さらにはワクチンの実用化などにより経済活動の抑制が徐々に緩和されさえすれば、消費の戻りも期待できる。しかし一方で、経済活動抑制の完全な解除には2022年までかかるというような見方もあり、アフターコロナを展望すれば個人消費の構造変化を余儀なくされる可能性もあろう。
● 長期に渡って経済活動が止まると、多くの企業が資本不足に陥る事態になる。中でも中小企業向けには、地銀を通じた資本注入が現実的と言われている。特に、民間金融機関による最長5年間返済を据え置く実質無利子融資では立ち行かない企業を対象に、返済の優先順位が低い「永久劣後ローン」の実施を求める向きもある。金融機関のローン債権を政府と日銀の共同出資により設立する買取機構が買い上げるような提案もあり、検討に値しよう。
緊急事態宣言延長に伴う経済へのダメージ
政府は5月31日までだった緊急事態宣言について、特定警戒都道府県以外の34県に茨城・石川・岐阜・愛知・福岡を含めた39県で一斉に解除する方針を固めた。緊急事態宣言が解除されたからといって、経済活動が完全に戻るわけではないものの、3密対策を施したうえで営業活動を再開する動きが広がるため、経済活動への好影響が呼ぶことは確実だろう。
実際、緊急事態宣言発動に伴う外出自粛強化により、最も影響を受けてきたのが個人消費である。中でも、2019年の家計調査(全世帯)を基に、外出自粛強化で大きく支出が減ると想定される不要不急の費目を抽出すると、外食、設備修繕・維持、家具・家事用品、被服及び履物、交通、教養娯楽、その他の消費支出となり、支出全体の約55%を占めている。
そこで、今回解除されない8都府県の不要不急消費(シェア50.2%)が5月末まで止まり、特定警戒以外の34県(シェア35.6%)と特定警戒地域で解除される5県(シェア14.2%)の不要不急消費が15日から月末までそれぞれ2/3、1/2の水準まで戻ったと仮定すると、通常に比べて最大▲14.3兆円(解除前▲16.0兆円)の家計消費が減ることを通じて、GDPベースでは通常に比べて最大▲12.2兆円(解除前▲13.7兆円)となり、年間GDP比でトータル▲2.2%(解除前▲2.5%)の損失が生じることになる。また、近年のGDPと失業者数との関係に基づけば、この損失により+62.7万人(解除前+69.9万人)の失業者が発生する計算になる。
つまり、今回の解除により、解除されなかった場合と比較して最大+1.7兆円の家計消費の増加を通じて、GDPベースでは同+1.5兆円となり、年間GDP比でトータル+0.3%の押し上げとなる。また、この解除により▲7.2万人の失業者が減少する計算になる。
それでも厳しい消費の現場
しかし、既に新型コロナウィルスの景気や消費に及ぼす影響は甚大となっている。直近4月分の内閣府「景気ウォッチャー調査」を見ると、家計動向関連の現状判断指数(季節調整値)が7.5%ポイントとなり、それまで過去最悪だった前月の12.6%ポイントをさらに下回っている。背景には、経済活動の自粛によって個人消費の原動力となる収入が減っていること以上に、緊急事態宣言発動により外出が抑制されたことがある。したがって、5月以降に緊急事態宣言が一部解除の方向に向かうことからすれば、過去最低水準を脱する可能性が高いだろう。
実際、家計動向関連の現状判断指数(原数値)を分野別にみると、最悪なのが臨時休業を余儀なくされた「百貨店」の1.0%ポイントであり、続いて夜間営業停止を余儀なくされた「飲食関連」の1.2%ポイント、「旅行・交通関連」の1.4%ポイント、「衣料品専門店」の2.6%ポイントと続く。つまり、現在の消費の落ち込みは、経済活動の制限により収入が減ることもさることながら、休業や営業停止などにより支出に深刻な影響が及んでいることがわかる。
ただ、逆に考えれば、ウィルス感染の落ち着きや特効薬の普及、さらにはワクチンの実用化などにより経済活動の抑制が徐々に緩和されさえすれば、消費の戻りも期待できる。このため、早ければ今年の夏場頃から徐々に経済活動抑制の緩和に伴い個人消費も持ち直しが期待されている。しかし、経済活動抑制の完全な解除には2022年までかかるというような見方もあり、アフターコロナを展望すれば個人消費の構造変化を余儀なくされる可能性もあろう。
必要となる企業への資本注入
こうして長期に渡って経済活動が止まると、多くの企業が資本不足に陥る事態になる。既に米国では、事業会社への資本注入等の政策が機能していることからすれば、日本においても特に資本調達の厳しい中小企業や大企業に対する支援制度が必要といえよう。 中でも中小企業向けには、地銀を通じた資本注入が現実的と言われている。具体的には、メインバンク等を通じた公的機関の優先株引き受けや劣後ローンの買い取り等が考えられている。公的機関が関与すれば、資本力が弱い地銀でも企業を支援しやすくなり、優先株や劣後ローンを活用すれば、公的機関や地銀がその企業の経営権を直接握ることが避けられる。経営権を握られずに経営責任が問われなければ、自己資本が毀損した中小企業でも資本注入を受け入れやすくなるだろう。
特に、新型コロナウイルス感染症対策として、政府は民間金融機関による最長5年間返済を据え置く実質無利子融資を盛り込んでいるが、それだけでは立ち行かない企業を対象に、返済の優先順位が低い「永久劣後ローン」の実施を求める向きもある。
こうした中、日本政府も経営難に陥った中小企業に資本注入する仕組みを作るようだ。5月中にも官民ファンドの地域経済活性化支援機構へ最大1兆円の資金枠を設け、1件あたり100億円規模の出資も認め、地域の雇用と経済を支える中核企業の破綻を防ぐと報道されている。しかし、ドイツは1000億ユーロ(約11.5兆円)の出資枠、米国は航空業界だけで500億ドル(約5.4兆円)の融資と補助金枠を設ける等、国際的に見れば日本の支援規模は小さい。
こうしたことからすれば、経済が危機的な状況を迎える中で日本の対応はスピードも量も不十分といえよう。金融機関のローン債権を政府と日銀の共同出資により設立する買取機構が買い上げるような提案もあり、検討に値しよう。(提供:第一生命経済研究所)
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 首席エコノミスト 永濱 利廣