経済概況・見通し
●(経済概況)1‐3月期の成長率は金融危機時以来の落ち込み
米国の1-3月期の実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率▲5.0%(前期:+2.1%)と14年1-3月期(同▲1.1%)以来のマイナス成長となったほか、マイナス幅は金融危機時の08年10-12月期(同▲8.4%)以来の水準となった(図表1、図表9)。
需要項目別では、住宅投資が前期比年率+18.5%(前期:+6.5%)と12年10-12月期(同+22.5%)以来の水準となったほか、外需の成長率寄与度も+1.3%ポイント(前期:+1.5%ポイント)と、2期連続で1%以上の成長押上げ要因となった。
一方、政府支出が前期比年率+0.8%(前期:+2.5%)と前期から伸びが鈍化したほか、民間設備投資が▲7.9%(前期:▲2.4%)と4期連続のマイナスとなった。また、在庫投資の成長率寄与度も▲1.4%ポイント(前期:▲1.0%ポイント)と大幅な成長押し下げとなった。
もっとも、当期が大幅なマイナス成長となったのは、これまで景気拡大を主導してきた個人消費が前期比年率▲6.8%(前期:+1.8%)と80年4-6月期(同▲8.7%)以来の落ち込みとなったことが大きい。米国では新型コロナの感染拡大に伴い旅行や観光需要が落ちていたことに加え、3月中旬以降に全米規模で外出制限などの感染対策が強化されたことが、個人消費の大幅な落ち込みに繋がった。
さらに、多くの米国経済指標は3月から経済状況が大幅な悪化に転じ、4月は1ヵ月の悪化スピードが戦後最悪となったことを示している。実際に、小売売上高(季節調整済、3ヵ月移動平均3ヵ月前比、年率)は、3月に▲8.6%(前月:+2.6%)と減少に転じた後、4月は▲35.7%と金融危機時の最低水準であった08年12月(同▲28.5%)を下回った(図表2)。
また、鉱工業生産指数(季節調整済)は3月が104.3(前月:109.3)と前月から▲4.5%低下したが、4月は92.6とさらに▲11.2%の低下となった。これは、1919年の統計開始以来最大の落ち込みである(図表3)。
一方、2月中旬以降に不安定化していた資本市場は、株式市場が3月下旬以降に反発に転じたほか、高金利社債と米国債のスプレッドも縮小基調が持続しており、リスク選好が強まっている(図表4、図表5)。資本市場は、経済活動再開に伴う景気回復を織り込む動きと言えよう。
実際に、5月以降は外出制限の緩和など段階的な経済活動再開の動きが広がる中で、景況感などのソフトデータや一部ハードデータも、米経済が5月に底打ちした可能性を示唆している。
5月のISM企業景況感指数は、製造業が43.1(前月:41.5)となったほか、非製造業指数も45.4(前月:41.8)といずれも好不況の境となる50は依然下回っているものの、製造業指数は4ヵ月ぶり、非製造業指数は3ヵ月ぶりに前月から改善した(図表6)。
5月の消費者信頼感も、カンファレンスボードが86.6(前月:85.7)と73年以来の落ち込み幅となった前月から上昇したほか、ミシガン大学指数も72.3(前月:71.8)と78年の統計開始以来最大の落ち込みとなった前月からは上昇に転じた(図表7)。
さらに、5月の雇用統計は非農業部門雇用者数が前月比+250.9万人(前月:▲2,068.7万人)と、39年の統計開始以来最大の落ち込みとなった前月から、予想外に増加に転じた(図表8)。
とくに、前月まで雇用が大幅に減少していた娯楽・宿泊業が+124万人増加するなど、増加幅の半分を占めており、経済活動が再開された効果とみられる。
また、失業率も13.3%(前月:14.7)と、48年の統計開始以来最高となった前月からは低下に転じているため、労働市場は5月に底入れした可能性が高い。
●(経済見通し)段階的に経済活動が再開される前提で20年は前年比▲7.7%、21年は+4.1%
米国経済は今後も新型コロナの感染動向や外出制限などの感染対策、景気減刺激策などの経済対策の動向によって大きく左右される。米国では5月以降、外出制限の緩和など段階的な経済活動再開の動きが広がっている。当研究所は経済見通しを策定する前提として、新型コロナは今後も第2波や第3波などの感染拡大が避けられないものの、外出制限などの感染対策は再強化されず、段階的に経済活動が再開されることを想定した。
この前提の下、米経済は5月に底を打ち、21年にかけて景気回復が持続すると予想する。もっとも、経済活動は再開されるものの、感染予防のためのソーシャル・ディスタンシング(対人距離の確保)は残り、旅行や観光需要の回復が遅れることに加え、消費や生産など広範な分野で生産性が低下することが見込まれる。このため、景気回復は当面緩やかなペースに留まろう。
当研究所では、実質GDP成長率は四半期ベースで20年4-6月期に前期比年率▲40.8%と08年の金融危機時を大幅に上回り戦後最大の落ち込みとなった後、7-9月期には+11.9%とプラス成長に転じると予想する(図表9)。通年では20年が前年比▲7.7%となった後、21年は+4.1%を見込む。この結果、GDPが新型コロナ感染拡大前の水準を回復するのは22年以降となる見込みだ。
金融政策は、FRBのインフレや雇用の政策目標達成が予測期間中に見通せないことから、現在の実質ゼロ金利、量的緩和政策を21年末まで継続すると予想する。一方、金融市場の流動性が低下する局面では、資金供給ファシリティ―(1)の対象や金額の拡充を実施すると予想する。
長期金利は、米国債発行は増加するものの、緩やかな景気回復、インフレ圧力の抑制、実質ゼロ金利、量的緩和政策の継続から上がり難いと予想。長期金利は20年末に0.8%、21年末に1.0%となろう。
上記見通しに対するリスクは、新型コロナの感染拡大と米国内政治の混乱である。米国内の新型コロナ感染者数や死亡者数は増加が続いているものの、増加ペースは4月下旬から鈍化している。しかしながら、経済活動の再開や、ミネソタ州で黒人男性が死亡した事件をきっかけに広まった全米規模の抗議デモなどによって、再び新型コロナの感染者数が急増し、4月下旬を上回るペースに加速する場合には、外出制限などの感染対策が強化されることで、経済活動に再び急ブレーキがかかろう。
また、米国内政治では11月に予定されている大統領選挙が重要だ。当研究所は見通しを策定するに当たり、トランプ大統領の再選を前提にした。一方、トランプ大統領とバイデン前副大統領の全米支持率を比較すると、バイデン氏が小幅ながら上回っており、支持率からはバイデン候補が有利になっている(図表10)。
もっとも、当研究所は株価が堅調なことに加え、景気が持ち直してくることから、11月に向けて現職であるトランプ大統領が有利と現時点では判断している。
仮に、大統領選挙で民主党のバイデン候補が勝利する場合には、トランプ政権の経済政策からの軌道修正に伴う予見可能性の低下に加え、増税や医療制度改革、規制強化などが嫌気され株式市場が不安定化するほか、消費者や企業のセンチメントの悪化を通じて米経済に影響しよう。
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(1)詳しくはWeeklyエコノミスト・レター(2020年4月20日)「新型コロナウイルス感染・経済対策-経済対策に金融・財政政策をフル稼働も追加対策は必至」https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64267?site=nli を参照下さい。
実体経済の動向
●(労働市場、個人消費)労働市場は底打ち、現金給付などが消費を下支える可能性
前述のように5月の非農業部門雇用者数、失業率ともに前月から改善しており、労働市場は経済活動の再開に伴い底打ちした可能性が高い。もっとも、失業保険新規申請件数(季節調整済)は直近(5月30日までの週)で188万件と、史上最高であった3月28日までの週の687万人を下回り、低下基調が持続しているものの、過去に比べて依然高い水準を維持している(図表11)。また、継続受給者数も5月23日までの週で2,149万人と、失業率換算で14.8%の水準となっている。
このため、労働市場の回復ペースは緩やかに留まっており、今後の回復ペースは経済活動の再開がどの程度スムーズに進展するかに掛かっている。
一方、前述の小売売上高に加え、広範なサービス消費も含めた個人消費は4月に前月比▲13.6%(前月:▲6.9%)と59年の統計開始以来最大の落ち込みとなった(図表12)。これは、新型コロナの感染拡大に伴う旅客需要の減少や、外出制限などの感染対策に加え、雇用減少による給与所得の落ち込みの影響とみられる。
もっとも、経済対策として実施された1人最大1,200ドルの現金給付の影響で、個人所得は前月比+10.5%(前月:▲2.2%)と、こちらは個人消費とは対照的に統計開始以来最大の増加となった。この結果、貯蓄率は33.0%(前月:12.7%)と統計開始以来最大となっており、所得対比でみた消費は余力を大幅に残している。このため、ソーシャル・ディスタンシングの影響は引き続き受けるものの、経済活動の再開や労働市場の回復、可処分所得の増加に伴い、5月以降に個人消費は回復に転じる可能性が高い。
●(設備投資)経済活動再開でも設備投資の回復は遅れる見込み
GDPにおける民間設備投資は、資源関連の建設投資の減少や世界的な製造業需要の減少などを背景に19年4-6月期からマイナス成長となっていた。さらに、新型コロナに伴う需要減少が加わったことで20年1-3月期は前期比年率▲7.9%と09年4-6月期(同▲11.6%)以来の落ち込みとなった。また、設備投資の先行指標であるコア資本財受注(3ヵ月移動平均、3ヵ月前比)は4月が▲11.4%と2桁の落ち込みとなっており、4月以降も設備投資回復の兆しはみられない(図表13)。
さらに、全米製造業協会(NAM)による5月調査でも、47%の製造業企業が今後1年間の設備投資を削減すると回答しており、削減幅は前年比▲2.5%と09年1-3月期(同▲4.1%)以来の削減幅となった(図表14)。このため、早期の回復が見込まれる個人消費とは対照的に設備投資の回復には時間が掛かろう。