●(住宅投資)住宅ローン金利の低下が追い風も、雇用喪失が回復の重石
GDPにおける住宅投資は、20年1-3月期が+18.5%と民間設備投資とは対照的に3期連続でプラス成長となったほか、12年10-12月期(同+22.5%)以来の伸びとなった。もっとも、住宅着工件数は3月以降に急減しており、住宅着工件数の3ヵ月移動平均、3ヵ月前比は4月に▲55.6%と81年9月(同▲55.7%)以来の落ち込みとなっている(図表15)。このため、4-6月期の住宅投資は4期ぶりにマイナス成長に転落することが不可避となっている。
一方、全米抵当銀行協会(MBA)が集計する30年固定の住宅ローン金利は3.37%と90年の統計開始以来最低水準となっており、通常であれば住宅市場には追い風だ(図表16)。もっとも、新型コロナの感染拡大に伴い失業者数が急増する中で住宅ローン金利の低下が住宅需要の増加に繋がるのか不透明だ。実際に、借り換えも含めた住宅ローンの申請件数は足元で700台前半となっており、年初からの金利低下を受けて新型コロナの流行拡大前の3月上旬につけた1200弱からは低位に留まっている。
また、MBAによれば、新型コロナ対策としての「コロナウイルス支援・救済・経済安全保障法」(CARES法)に60日の住宅ローンの差し押さ猶予や、180日までの返済一時猶予措置が盛り込まれた結果、返済の一時猶予申請された住宅ローンの割合は3月2日の0.25%から直近(5月31日)では8.53%まで急増しているようだ。労働市場の底打ちによって返済一時猶予の申請者は低下に転じるとみられるものの、信用リスクの拡大によって住宅ローンの審査基準がこれまでより厳格化されることも住宅市場の回復の重石となろう。
●(政府支出、債務残高)追加の経済対策に疑問符、債務残高は大幅増加
米議会は新型コロナの感染拡大を受けて、感染対策・経済対策として3月6日に新型コロナ対策の83億ドルを盛り込んだ補正予算(CPRSAA)を成立させたことを皮切りに、4月24日に成立させた「給与保護制度・医療充実法」(PPPHCEA)まで4次に亘る財政政策を実施した(図表17)。これらの財政規模は合計で3.6兆ドル(GDP比16.8%)となっており、08年の金融危機時に実施された「米国経済復興および再投資法」(ARRA)の8,000億ドルを遥かに上回る規模となっている。
また、野党民主党が多数を占める下院では、追加の経済対策として新たに1人当たり最大1,200ドル(2)、扶養家族3人まで1人当たり1,200ドル(世帯当たり最大6,000ドル)の現金給付などを盛り込んだ総額3.4兆ドル規模の「医療経済復興包括緊急解決法」(HEROS Act)を5月15日に可決させた。もっとも、上院で多数を占める与党共和党議員は同法案に反対しており、上院で法案が可決する可能性は低くなっている。
与野党ともに中小企業の資金繰り対策などでは平仄があっているものの、個人向けでは現金給付を増やしたい民主党と給与税などの減税を推進したいトランプ政権との間で政策に対する温度差があり、追加対策で合意できる可能性は低下している。
一方、これまでの大規模な感染・経済対策の実施に伴い財政状況は急激に悪化することが見込まれている。議会予算局(CBO)は20年度(19年10月~20年9月)の財政赤字が、これらの政策を含まない20年3月予測時点の▲1.1兆ドルから▲3.7兆ドルに増加するほか、21年度も▲1.0兆ドルから▲2.1兆ドルに増加するとしている。
この結果、債務残高(GDP比)は19年度実績の79%から20年度は当初見通しの81%から101%へ、21年度も82%から108%へ大幅に増加すると試算されている(図表18)。このため、財政状況からも追加で大規模な感染・経済対策を実施するハードルは高くなっていると言えよう。
また、21年度以降の財政政策は11月の大統領・議会選挙の結果によって大きく左右されるが、財政政策の余地が乏しくなっているため、選挙結果如何に関わらず、インフラ投資や追加の減税策などが実現できる可能性は低く、緊縮的な財政政策への方向転換は不可避だろう。
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(2)単身世帯で年収7万5,000ドル、共働き世帯で年収15万ドルを超える部分に応じて給付額が5%削減される。この結果、夫婦2人で子供2人の合計4人家族では年収24万6千ドル以上で支給額はゼロになる。
●(貿易)輸出入の減少は持続
GDPにおける外需の成長率寄与度は20年1-3月期に+1.3%ポイントの成長押上げとなった。輸出入の内訳をみると、輸出が前期比年率▲8.7%下落する一方、輸入が▲15.5%下落しており、新型コロナの影響で輸出入共に前期から大幅な減少となる中で、輸入の落ち込み幅が輸出を上回ったことが外需の成長率押上げに貢献した。
また、財とサービスに分けてみると、財輸出が▲1.2%の下落に留まる一方、サービス輸出が▲21.5%と落ち込みが大きくなっている。輸入も同様に財輸入の▲11.5%に対してサービス輸入が▲29.9%と落ち込みが大きい。とくに、旅行サービス(輸出:▲54.1%、輸入:▲67.6%)、運輸サービス(輸出:▲42.0%、輸入:▲41.6%)の落ち込みが大きくなっている。これは、新型コロナの感染拡大に伴い、旅行や運輸需要が落ち込んだ影響とみられる。
一方、先日発表された4月の貿易収支(3ヵ月移動平均)は季節調整済で▲421億ドル(前月:▲397億ドル)の赤字となり、9カ月ぶりに赤字幅が増加した(図表19)。赤字拡大幅(▲24億ドル)のうち、輸出減少分が▲197億ドルとなったのに対して輸入減少分が▲173億ドルとなっており、赤字拡大は、輸出が減少した影響が大きい。輸出は航空機関連や原油の落ち込みが響いたようだ。
当研究所は、新型コロナの外需への影響として、新型コロナの感染は中国から欧州や米国に拡大しており、経済の正常化に向けた動きも中国が米国より早いと考えている。このため、当面は20年1-3月期と同様に、輸出を上回る輸入の落ち込みにより、外需が成長を押し上げる状況が持続すると予想する。もっとも、年末にかけては米国の内需が回復してくるために成長押し下げに転じるだろう。
一方、新型コロナや香港の問題を巡って米中関係が悪化しており、対中制裁関税で20年1月の「第一段階の合意」で決まった中国による米農産品輸入が実際に遵守されるか不透明になっている。このため、米国の対中赤字の削減が当初想定通り進まない可能性もでてきた。
また、米経済活動の再開に伴い内需が想定以上に回復する場合には輸入の拡大によって、当研究所が想定するよりも早く、外需は成長押し下げに転じる可能性もあるだろう。
物価・金融政策・長期金利の動向
●(物価)消費者物価(前年比)は新型コロナの影響で当面下押し圧力が続く
消費者物価の総合指数(前年同月比)は、20年1月の+2.5%をピークに低下しており、20年4月は+0.3%と15年10月(同+0.2%)以来の水準となった(図表20)。4月の中身をみると、食料品価格が巣ごもり消費などで+3.5%と12年2月(同+3.9%)以来の伸びとなった一方、原油価格の下落に伴い、エネルギー価格は▲17.7%と15年9月(同▲18.4%)以来の下落となった。
一方、物価の基調を示す食料品とエネルギー価格を除くコア指数も20年2月の+2.4%をピークに低下し、4月は+1.4%と11年4月(同+1.3%)以来の水準となり、新型コロナの影響でインフレ圧力が減退していることを確認した。
また、新型コロナの影響で失業率は高止まりしており、労働需給の緩和からコアインフレ率は当面上昇が抑えられる可能性が高い。雇用統計における時間当たり賃金は4月が+6.7%(3月:+8.0%)と2ヵ月連続で高い伸びとなったが、娯楽・宿泊や小売業などの低賃金労働者の雇用が喪失したことでテクニカルな要因によるものであり、インフレ上昇圧力を意味しない。
当研究所はコア指数の上昇が抑えられる中、原油価格が足元の38ドル台前半から20年末に41ドル、21年末に45ドルに上昇する前提で、消費者物価の総合指数は20年が+1.0%、21年が+1.2%と予想する。
●(金融政策)21年末まで実質ゼロ金利・量的緩和策を継続、資金供給ファシリティ―は拡充
FRBは新型コロナによる米国経済、資本市場への影響を軽減すべく、実行可能な政策を総動員して危機対応を行っている。3月15日のFOMC会合で政策金利を0~0.25%まで引き下げ、08年の金融危機以来となる実質ゼロ金利政策を復活させたほか、米国債と住宅ローン担保症証券(MBS)を無制限で買い入れる量的緩和政策も復活させた。
FRBは「経済が最近の出来事を乗り切り、最大限の雇用と物価安定の目標を達成する軌道に乗ったと委員会が確信するまで、(政策金利の)目標水準を維持する」とのフォワード・ガイダンスを示しており、実質ゼロ金利政策を長期化させる方針を示している。
さらに、預金金融機関や預金口座をもたない金融機関への資金供給や、金融市場などの流動性支援として様々な資金供給ファシリティ―を創設した。この中にはFRBが設立した特別目的事業体(SPV)を通じて社債や地方債を買い上げるほか、中小企業庁(SBA)による給与小切手保護プラグラムを支援するための金融機関に対する融資や、中小企業向け融資を金融機関から買い入れるプログラムなどが含まれる。
これら一連の金融政策を実施した結果、FRBのバランスシート残高は、2月26日時点の4.2兆ドルから直近(6月3日時点)の7.2兆ドルまで7割を超える増加となった(図表21)。
当研究所は、予測期間において、FRBの2%物価目標や失業率の新型コロナ感染前の水準への低下が困難とみられることから、21年を通じて実質ゼロ金利政策や量的緩和策を継続すると予想する。
一方、FRBのパウエル議長は「経済を支援するためにあらゆる手段を用いることにコミットしている」としており、必要に応じて様々な追加対策を実施する強い決意を示している。今後の追加対策は、新型コロナウイルスの感染状況や、米国経済・資本市場の動向に左右されるものの、当研究所は追加手段としては、資金供給ファシリティ―の拡充が実施される可能性が高いと考えている。
資金供給ファシリティ―のうち、上限金額が設定されている5つの基金では上限額の2.6兆ドルに対して6月3日時点で1,074億ドルの活用に留まっおり、十分余力を残している。また、資金供給ファシリティ―で買い入れた資産や債権の価値が下落した場合の損失補填に充当する財務省の為替安定基金の規模からは、新たな資金供給ファシリティ―を創設することや上限額をさらに大幅に引き上げることが可能となっているため、政策選択の自由度は高い。
●(長期金利)20年末0.8%、21年末1.0%を予想
長期金利(10年国債金利)は、5月の雇用統計が予想外に改善したことなどを受けて足元は0.9%近辺で推移している。今後、4-6月期のGDPが公表さえる夏場にかけて一旦金利は低下するとみられる。
当研究所は米国債発行額は増加するものの、ソーシャル・ディスタンシングの確保などで景気回復は緩やかに留まるほか、インフレ圧力の抑制、実質ゼロ金利、量的緩和政策の継続などから長期金利は上昇し難く、20年末で0.8%、21年末で1.0%を予想する。
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窪谷浩(くぼたに ひろし)
ニッセイ基礎研究所 経済研究部 主任研究員
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