2020年度の2回の補正予算では、計57.6兆円の財政支出が増える見通しである。しばしば、「巨大財政出動でインフレにならないのか?」という質問が聞かれるが、財政支出の内訳は給付金・交付金・予備費が多く、直接的な需要創出効果は小さい。給付金には別にデフレを抑える効果がある。

給付金
(画像=PIXTA)

前例のない巨大な補正予算

政府は、第二次補正予算案を閣議決定し、第一次補正予算と併せて、57.6兆円の規模に膨らんだ(第一次の歳出増25.6兆円、第二次の歳出増31.9兆円)。対実質GDP比で+10.8%にもなる財政支出によって、日本はインフレにならないのだろうか。しばしば、財政再建など無視して財政出動をすれば必ずインフレになるという意見を聞く。皮肉なことに現在、それに似た政策が実行されているのだ。もしも、57.6兆円もの追加財政出動を行っても、インフレにならないとすれば何がどのように作用して、インフレにはならないというのだろうか。

エコノミストはデフレ見通し

政府の財政出動は、過去に類をみないものだ。第一次・二次補正の歳出増に、2020年度の当初予算の基礎的財政収支対象経費(国債費以外の正味の歳出)を加えると、136.9兆円になる。リーマンショック以前の2008年度予算までは同経費はおおむね60兆円台と約半分(ないしそれ以下)だった。つまり、10年前の2倍以上に安倍政権は拡大させたことになる。

しかし、消費者物価(除く生鮮食料品)の2020年度の前年比は▲0.45%とデフレである(消費税要因を除くと▲0.85%)。コロナ危機は、デフレを再燃させるという見通しが圧倒的に多い。財政発のインフレを予想するエコノミストは、ほぼ皆無である。

インフレにならない理由

エコノミスト達がデフレを見込む理由は、需給ギャップがマイナス(=デフレ・ギャップ)に転じて、そのマイナス幅が物価下落圧力になると考えているからだ。定量的にみていくと、2020年4-6月の実質GDPの見通しは前期比年率で▲21.33%もの大幅マイナスを見込んでいる(日本経済研究センター「ESPフォーキャスト調査」2020年5月)。これを基に需給ギャップを計算すると、実額で▲34.1兆円のマイナスになる(対実質GDP比▲6.4%)。

財政支出+57.6兆円に対して、需給の穴は▲34.1兆円だから、差し引きして+23.5 兆円の需要超過となり、インフレ・ギャップということになる。ただ、こうした計算は成り立たないとみる人が大勢だろう。なぜならば、財政支出のすべてが需要に回らないからだ。公的部門から民間部門へと購買力は移転するが、その中のかなりの割合が貯蓄される(支出されない)。

財政支出の中で最も大きいのは、国民1人当たりに10万円を給付する支出(12.9兆円)である。次いで、資金繰り対応の強化(11.6兆円)、予備費(10.0兆円)が続く。持久化給付金(2.3兆円)、家賃支援給付金(2.0兆円)、地方創生交付金(2.0兆円)といった給付金・交付金も多い(図表)。

ほとんどの支出が、直接需要を増やすものではなく、資金を援助するものになっている。資金援助を受けた企業・個人が支出をしなければ需要は増えない。資金繰り支援も、企業の支出を前提とした支援ではない。財政支出57.6兆円×支出性向で計算される需要創出効果は、デフレ・ギャップ▲34.1兆円を穴埋めできない。だから、インフレにはならず、逆にデフレ作用が残る。

巨大財政出動でもインフレにならない理由
(画像=第一生命経済研究所)

給付金の意味

財政支出が今の需給ギャップを穴埋めするためにのみ用いられていると理解するのは、やや短絡的である。それが給付金として支給されるのはそれ相応の意味があるからだ。

今、売上が前年比▲50%減となった企業があったとしよう。損益分岐点比率が70%だったとすると、この企業は採算を割り込んで、売上がさらに▲20%も落ち込んでいることになる。そのダメージは、人件費などの固定費の圧縮に波及する。そこで企業が解雇を進めると、その後、経済がリバウンドしたときでも、需要水準が回復しにくくなる。解雇された雇用者の消費が減るからだ。

つまり、持久化給付金や家賃支援給付金は、企業の固定費削減圧力を緩和して、経済のリバウンドする力を相対的に高める。今の需給ギャップを小さくできなくても、将来の需給ギャップを縮めているという意味で、デフレ対策として効果がある。

デフレ対策の発想

ここまでは、財政支出を増やして、需給ギャップを埋めていくと、インフレになるかどうかを吟味してきた。その答えは、当初は▲34.1兆円ものデフレ・ギャップを穴埋めする需要増にはならないが、給付金として使われることで需要のリバウンドを後押しする。財政支出はインフレにはならなくても、先々のデフレ・ギャップを小さくするものになる。そうなると、将来の需給バランスの改善は経済の地力によって需給ギャップをプラス方向に引っ張っていけるかどうかが物価動向を決めるということになる。継続的な需給バランスは、一時的な財政による需要創出よりも、潜在成長率の高さによって改善することになる。

内閣府の計算では、2016~2019年までの潜在成長率は0.9%のペースである、財政支出は、このポテンシャルを引き上げていくことが、デフレ対策にとって重要になる。

そうした観点でみると、2020年度補正予算は規模こそ巨大であるが、民間部門の成長ペースを底上げする内容は少なかったと思える。これは緊急時だから仕方がないことだ。筆者の予想では、ここ数年間はインバウンド需要が以前のペースを回復できそうにないとみる。これまでインバウンド消費が伸びることは、成長戦略の柱だったと考えられる。従って、コロナ危機が一段落してからの政府の成長戦略は、訪日外国人観光に代わる柱を見い出して、成長ペースの底上げを図ることが課題となるだろう。(提供:第一生命経済研究所

第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部
首席エコノミスト 熊野 英生