シンカー:6月10日のFOMCでは、3月に見送られて以来、2020年になって初めてのSEPが公表された。Fedはインフレが2022年になっても目標である2%を下回る予想を示しており、極めて緩和的な政策が維持されることを正当化するものになっている。ECBが6月4日の会合で発表した経済見通しにおいても、インフレ見通しは大幅に下方修正された。ECBは今回の会合でPEPPをインフレ目標と紐づけることで、政策の重点が市場安定化からインフレ目標の達成に移ってきたことを示している。市場でも新型コロナウイルスによる需要の消滅がグローバルにデフレ方向に作用するとみられているようだ。ただ、強力な財政拡大と金融緩和のポリシーミックスにより、コロナ後の世界を見据えると、需要の回復と潤沢なマネーの供給により、インフレが再び加速するかもしれない。グローバルなサプライチェーンの改編や、企業行動が利益率をより重要視するようになる可能性など、ニューノーマルを探る動きの中でインフレ圧力が強まる可能性も忘れてはいけないだろう。

SG証券・会田氏の分析
(画像=PIXTA)

金融政策見通しの変要

6月10日のFOMCではFFレートの誘導目標を0.00-0.25%で据え置いた。3月に見送られて以来、2020年になって初めて公表されたSEPでは、インフレが2022年になっても目標を下回る予想を示しており、極めて緩和的な政策が維持されることを正当化するものになっている。さらに、国債の買い入れに関して、週次の買い入れペースが減速してきていることが注目されていたが、Fedは少なくとも現行のペースを維持すると発表した。YCCについて、議論は行われているとしながらも結論には至っていないようだ。マイナス金利の適用についてはあまり有効とは言えないという姿勢を継続している。

6月4日の会合で、ECBはPEPPの規模を6000億ユーロ拡大して1兆3500億ユーロとし、さらに再投資についてのガイダンスを行うなど市場の予想を上回る対応をした。今後、経済・市場の状況に応じてPEPPの増額、TLTROの拡充、金利階層化の乗数調整、買い入れ対象にETFを含むことを検討する可能性があるだろう。引き続き中銀預金金利引下げは理事会内の反対もあって難しいとみられる。

5月22日の会合で、日銀は「中小企業等の資金繰り支援のための「新たな資金供給手段」の導入」を決定した。それ以外の資産買入方針などは変更はなく、現状維持が決定された。今回の決定で、今までの民間債務を担保とした金融支援特別オペやCP・社債買入と合わせ、日銀は新型コロナウィルス対策として総枠約75兆円の資金繰り支援の行うことになる。信用サイクルを防衛するため、日銀は全力を尽くす方針を明らかにしている。新型コロナ問題の終息を見据えると、ポリシーミックスとして追加的金融緩和効果は今後大きくなっていくとみられる。日銀の次の動きは、政府がデフレ完全脱却宣言を行うとみられる2022年に金利誘導目標を引き上げ、2023年に物価が2%目標を達成してからマイナス金利を解除することになるだろう。

イングランド銀行(BoE)は、5月7日の会合で、政策金利を0.1%のまま据え置いた。経済に対しての深刻な下押し圧力がかかるとみられる中で、BoEは2021年を通して金利を現在の水準に据え置くだろう。

PBoCは新型コロナウイルスによる影響に対処するため、2020中に追加でMLF、リバースレポ金利の引き下げを実施するとみられる。ただ、景気が回復の兆しが見え始めると従来の住宅バブルと民間債務の増加を抑制するための政策対応を再開するだろう。

米国(Fed)

FFレート:0.00-0.25%(6月10日時点)

予想:FFレートは2022年中は0.00-0.25%で据え置かれるだろう

6月10日のFOMCではFFレートの誘導目標を0.00-0.25%で据え置いた。3月に見送られて以来、2020年になって初めて公表されたSEPでは、2022年まで現在の低金利環境が維持されることを示唆している。2022年のインフレ予想も1.7%とFedの2%目標を下回る状態が継続することを示しており、極めて緩和的な政策が維持されることを正当化するものになっている。さらに、国債の買い入れに関して、週次の買い入れペースが減速してきていることが注目されていたが、Fedは少なくとも現行のペースを維持すると発表した。今後、買い入れに関するコミュニケーションは週次ではなく、月次で公表される形式になっていくとみられる。YCCについて、議論は行われているとしながらも結論には至っていないようだ。マイナス金利の適用についてはあまり有効とは言えないという姿勢を継続している。

新型コロナ危機以降、Fedはコマーシャルペーパー・ファンディング・ファシリティ(CPFF)、プライマリーディーラー・クレジット・ファシリティ(PDCF)、マネーマーケット・ミューチュアルファンド・流動性ファシリティ(MMLF)、ターム物資産担保証券貸出制度(TALF)、プライマリー・マーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(PMCCF)などを矢継ぎ早に打ち出して、市場のストレスを和らげ、流動性の維持をサポートしてきた。4月9日に発表されたプログラムには、給与保護プログラム流動性ファシリティ(PPLF)、メインストリート融資プログラム(MSLP)、プライマリーマーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(PMCCF)、セカンダリーマーケット・コーポレート・クレジット・ファシリティ(SMCCF)、地方債・流動性ファシリティの導入が含まれている。一部のファシリティは需要が減少、まだ運用に至っていないファシリティもあるが、Fedは引き続き不確実性の強い中で市場の安定化のためにあらゆる手段を使用する決意を固めているようだ。

ユーロ圏(ECB)

金融緩和策・政策金利(6月4日時点:預金ファシリティ金利:-0.50%、リファイナンス金利:+0.00%、限界貸出金利:+0.25%)

予想:ECBは市場の状況に応じて、PEPPの増額や、住宅ローンを対象に含むTLTRO、金利階層化の乗数調整や株、ETFを対象にした買い入れプログラムを検討するだろう

6月4日の会合で、ECBはPEPPの規模を6000億ユーロ拡大して1兆3500億ユーロとし、さらに再投資についてのガイダンスを行うなど市場の予想を上回る対応をした。今後、PEPPの増額といった追加の緩和策が必要になるかどうかは、経済指標や市場の状況次第になると見られる。ECBは引き続きTLTROのような仕組みか、新しいプログラムを通じた中小企業向け融資の状況改善を目指す策に焦点があてていくだろう。現時点では、中銀預金金利引下げは理事会内の反対もあって難しいとみられるが、ECBの買い入れプログラムを通じて当座預金が増加し続けている現状を踏まえて、金利階層化の乗数調整が行われる可能性がある。さらに可能性としてだが、TLTROの対象に住宅ローンを含むことや、株式、ETFといった他の資産の買い入れを検討するかもしれない。ジャンク債の購入についての議論が行われる可能性もあるだろう。

ECBは3月にゲームチェンジャーともいえるPEPPによる大規模な資産買い入れや、ECBオペの際の担保要件緩和などを打ち出してきた。PEPPではキャピタルキーや買い入れ上限についての制限も緩和されており、さらにギリシャ国債も買入の対象となっている。4月30日の会合では、既存のTLTRO-IIIの条件を緩和し、貸出金利をMRO金利-50bpから最大でMRO金利-1%まで引き下げるとともに、条件を定めないPELTROを導入した。7つのシリーズからなるPELTROは、2021年9月まで使用用途の制限を受けずMRO金利-25bpで資金調達を可能にしており、金融機関のストレス緩和に役立つとみられる。

日本(日銀)

長期金利誘導目標(5月22日時点:長期金利(10年JGB)を0.0%を中心に±0.2pp内で誘導)

予想:無制限の国債買い入れを含む現行の緩和政策を粘り強く維持し、引き上げは政府がデフレ完全脱却を宣言するとみられる2022年ごろになるだろう

マイナス金利政策(5月22日時点:当座預金のマイナス金利適用残高に-0.1%のマイナス金利を適用)

予想:2%の物価上昇を達成する2023年ごろに解除するだろう

5月22日の臨時金融政策決定会合で、日銀は前回の会合で検討を表明していた、「中小企業等の資金繰り支援のための「新たな資金供給手段」の導入」を決定した。それ以外の資産買入方針などは変更はなく、現状維持が決定された。新たな資金供給手段では、新型コロナウイルス感染に対する経済対策として信用保証協会による保証の認定を受けた融資やそれに条件面で準ずる一先当たり1000億円までの融資などを対象とし、その残高を限度とした無利子の資金供給が行われる。今までの民間債務を担保とした金融支援特別オペやCP・社債買入と合わせ、日銀は新型コロナウィルス対策として総枠約75兆円の資金繰り支援の行うことになる。信用サイクルを防衛するため、日銀は全力を尽くす方針を明らかにしている。

マーケットでは、日銀の更なる金融緩和効果の拡大の余地はないとみる意見が多い一方、日銀はその余地があると引き続き考えているとみられる。資金の借り手ある企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、信用サイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。日本の場合は企業の貯蓄率はまだプラスであり、財政政策を拡大しないと、ネットの資金需要が復活しない。財政政策は拡大に転じた。2020年に入ってからの三回の補正予算で、新規国債発行は合計62兆円(GDP対比11%)程度と巨額になっている(2019年度第一次補正予算4.4兆円、2020年度第一次補正予算25.7兆円、第二次補正予算31.9兆円)。日銀の無制限の国債買い入れとイールドカーブコントロールの方針は、既に財政ファイナンスに近い形になっている。ネットの資金需要は復活し、日銀が、現行緩和政策を変更しなくても、それを維持しているだけで、マネタイズの形は整い、ポリシーミックスとして追加的金融緩和効果は大きくなるだろう。日銀はしばらくはこのポリシーミックスの形が効果を発揮するのかを確認するスタンスを維持するだろう。金融機関に更なるダメージを与えて信用サイクルを毀損させるリスクを逆に高めてしまうリスクがあるため、マイナス金利政策の深堀りを日銀が選択することはないだろう。日銀は、政府がデフレ完全脱却宣言を行うとみられる2022年に金利誘導目標を引き上げ、2023年に物価が2%目標を達成してからマイナス金利を解除することになるだろう。

英国(BOE)

政策金利(5月7日時点:0.10%)

予想:2021年中は現在の政策金利水準が据え置かれるだろう

5月7日の金融政策委員会(MPC)会合で、BOEは政策金利を 0.1%、計画する資産買入れ残高上限が 6,450 億ポンド(購入枠を2,000億ポンド増加)で、ともに据え置いた。2名の委員が量的緩和(QE)を 1,000 億ポンド即時拡大することに賛成したが、いまところBoEは必要になれば追加緩和実施の準備が出来ているとするスタンスを維持している。資産買入れを現行のペースで進めると、現時点の目標額が 7 月初めまでに達成されるため、その前に開催される金融政策委員会会合に注意する必要があるだろう。これまでBoEはコロナウイルス問題を受けて、中小企業向けのタームファンディングスキーム(TFS)や、銀行の貸し出しを支援するためにカウンターシクリカルバッファーの引き下げ、さらには政府向けの短期融資などに踏み切ってきた。コロナウイルスによる経済への下押し圧力は深刻であり、3Qからはコロナウイルス終息からの反発を見込んでいるが、政策は当面現在の水準で据え置かれるだろう。

中国(PBOC)

政策金利(4月末時点:1年物MLF金利:2.95%、預金準備率(RRR):12.50%、7日間リバースレポレート目標:2.2%)

予想:2020年中にMLF金利、リバースレポ金利に対する40-60bpの利下げと、預金準備率の引下げ(50bp)が行われるだろう

PBoC は 4月3 日、小規模の銀行全体に的を絞り RRR(預金準備率)を 100bp 引下げると発表した。今回のRRR引下げは二段階で実施されることになっており、引下げ完了で 4,000 億元の流動性が市場に放出されるとみられる(4月15日に50bp、5月15日に50bp)。また、PBoC は、銀行の超過準備預金に対する金利(IOER)も 0.72%から 0.35%に引下げており、PBoC によるとこの策には、銀行が過剰な準備預金をより活用して実体経済への貸出しに向けるように促す意図があるという。ただ、これらの策は依然として既存の策の焼き直しに過ぎず、外部環境が厳しいことから、金融政策の追加緩和が必要だと弊社はみている。PBoC の次の動きは、まず 1 年物 MLF(中期貸出ファシリテイ)金利引下げ、その次に 7 日物リバースレポ金利引下げになると弊社は考えている。

ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司