シンカー:政府の経済対対策による企業支援に合わせ、日銀は金融機関への強力な流動性供給策を実施し、景気が底を這うL字型を回避するため、信用サイクルを防衛するため全力を尽くす意志を示している。6月の決定会合で日銀は、4月に増やしたCP・社債等の買入れと5月に導入を決定した「中小企業等の資金繰り支援のための新たな資金供給手段」などを含め、企業等の資金繰り支援の特別プログラムが75兆円程度から110兆円超に拡大することを示した。新型コロナウィルス問題で企業活動が弱くなり、企業貯蓄率は一時的に上昇しているとみられる。一方、政府は数度の補正予算で財政拡大に転じており、それをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は復活するとみられる。日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、政府・日銀の積極的な経済対策にも支えられて信用サイクルは堅調さを維持し、需要が持ち直すことで、企業活動も回復し、設備投資サイクルが上向くとみられる。景気の形は回復が緩慢なL字型から迅速なV字型に進展していくとみられる。
6月16日の日銀金融政策決定会合では、「2%の物価安定の目標の実現を目指し、これを安定的に持続するために必要な時点まで」、目標からの短期的なオーバーシュートの許容とマネタリーベースの拡大方針を含む「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を継続し、日銀当座預金の政策金利残高の金利を?0.1%、長期金利の誘導目標を0%程度とする現行の緩和政策のフレームワークの維持を決定した。上限を設けない長期国債と年間12兆円程度のETFなどを含む資産買入れの方針も維持された。そして、「当面、新型コロナウィルス感染症の影響を注視し、必要があれば、躊躇なく追加的な金融緩和措置を講じる」と、引き続き緩和的政策スタンスとなっている。景況判断は、「内外における新型コロナウィルス感染症の影響により、きわめて厳しい状態にある」と「厳しさを増している」からより警戒感を強めた。先行きの判断は、「経済活動が徐々に再開していくとみられるが、当面、内外における新型コロナウィルス感染症の影響から、厳しい状態が続く」と強い警戒感を維持している。
新型コロナウィルス問題による景気下押し圧力の下、日銀が重要視しているのは、信用サイクルの下支えと、財政拡大とのポリシーミックスによる金融緩和効果の拡大だろう。新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、雇用・所得の破壊と金融システム不安につながっていなければ、景気の形は急落の後に底を這うL字型を回避し、回復を取り戻すことができるとみられる。日銀短観中小企業貸出態度DIが表す信用サイクルは、企業の事業と雇用の動向に大きな影響を与え、失業率に明確に先行するため、政府・日銀の政策で腰折れを防止することが重要であると考えているとみられる。
政府の経済対対策による企業支援に合わせ、日銀は金融機関への強力な流動性供給策を実施し、信用サイクルを防衛するため全力を尽くす意志を示している。6月の決定会合で日銀は、4月に増やしたCP・社債等の買入れと5月に導入を決定した「中小企業等の資金繰り支援のための新たな資金供給手段」などを含め、企業等の資金繰り支援の特別プログラムが75兆円程度から110円超に拡大することを示した。中小企業向けの資金繰り支援策は、政府の緊急経済対策に基づく実質無利子・無担保融資を行う金融機関に、日銀が0%の金利で資金供給し、利用残高相当の日銀当座預金残高に0.1%の金利を付与するものだ。2020年度の第二次補正予算で、実質無利子・無担保融資が増額されたため、新型コロナウイルス感染症対応金融支援特別オペなどを含め55兆円程度から90兆円程度へ増加した。今後も流動性供給策が緩和策の主軸で、金融機関に更なるダメージを与えて信用サイクルを毀損させるリスクを逆に高めてしまうリスクがあるため、マイナス金利政策の深堀りを日銀が選択することはないだろう。
資金の借り手である企業と政府の貯蓄率の合計であるネットの資金需要は、総需要を生み出す力、資金が循環し貨幣経済とマネーが拡大する力、家計に所得が回る力、即ちリフレサイクルが拡大する力となる。このネットの資金需要を中央銀行が量的金融緩和などで資金供給をしてマネタイズすると、金利上昇が抑制され、マネーが拡大する力が強くなり、景気を拡大したり、物価を押し上げたりする力にもなると考えられる。企業の貯蓄率はまだ異常なプラス(総需要の破壊する力)である中で、財政政策の拡大は不十分で、ネットの資金需要が消滅してしまっており、リフレサイクルが弱いことが、デフレ完全脱却への動きを妨げていた。ネットの資金需要が消滅していると、日銀が供給した流動性が市中に流れていくことが困難となり、ただ金融機関や日銀当座預金に滞留し、量的金融緩和の効果も限定的になってしまう。
新型コロナウィルス問題で企業活動が弱くなり、企業貯蓄率は一時的に上昇しているとみられる。一方、政府は数度の補正予算で財政拡大に転じており、それをオフセットする以上の力で、ネットの資金需要は復活するとみられる。日銀は無制限の国債買入れを表明してポリシーミックスの形をマーケットにより意識させるようにしている。ネットの資金需要を日銀がマネタイズする形となり、金融緩和の効果が飛躍的に大きくなるだろう。新型コロナウィルス問題が終息に向かう中で、政府・日銀の積極的な経済対策にも支えられて信用サイクルは堅調さを維持し、需要が持ち直すことで、企業活動も回復し、設備投資サイクルが上向くとみられる。ネットの資金需要のもう一つの要素である企業貯蓄率は低下し、正常なマイナス(総需要を破壊する力がなくなり、デフレ脱却)に向けた動きとなり、ネットの資金需要の拡大でリフレサイクルは更に強くなるだろう。
そして、景気の形は回復が緩慢なL字型から迅速なV字型に進展していくとみられる。短期の業況感に左右されない、AI、IoT、ロボティクス、ビッグデータ、5G関連サービスなどの新たなテクノロジー・産業の革新と変化が支えになっているとみられる。消費者物価指数は前年同月比で一時的にマイナスとなったが、政府・日銀は2%の物価上昇率目標を維持し、財政・金融政策の緩和姿勢を粘り強く維持することで、V字回復を利用して物価上昇モーメンタムを取り戻そうとするだろう。ネットの資金需要が復活し、経済とマネーが膨らむ力であるリフレサイクルは強くなるため、実現の可能性が高いと考える。2022年の政府のデフレ完全脱却宣言のタイミングで、長期金利の誘導目標を、景気・マーケットの拡大を阻害しない速度で引き上げ始めるだろう。短期の政策金利をプラスに戻し緩和から脱却するのは、物価目標達成後の2023年頃となろう。
図:日銀短観金融機関貸出態度DI(信用サイクル)と失業率
図:ネットの国内資金需要(リフレサイクル)
図:設備投資サイクルと企業貯蓄率
ソシエテ・ジェネラル証券株式会社 調査部
チーフエコノミスト
会田卓司