要旨
● 新型コロナウイルスの感染拡大に伴う入国制限により、訪日客はほぼゼロの水準まで減少しているが、経済活動再開の動きの中で入国制限緩和の兆しが見えてきている。
● 今回緩和対象として検討されているタイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドからの商用目的の訪日客(1日当たり最大250人程度)は、訪日外客数全体の約0.3%と、その割合は極めて小さい。
● 訪日外客数の本格的な回復には目的別では観光客、国別では中国、韓国、台湾からの訪日が不可欠であるが、早急な入国制限の緩和は感染再拡大のリスクを高める。
● 感染リスクの少ない4か国からの受け入れによってノウハウを蓄積し、今後の段階的な緩和の進展に活かすことが求められる。
入国制限に緩和の兆し
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う入国制限により、2020年5月の訪日外客数は1700人となり、統計開始以来最大の減少幅である前年比▲99.9%を記録し、季節調整値(筆者作成)でも底這い圏での推移が続くなど、訪日客が消失した状態が続いている(資料1)。入国制限が続く間、日本への訪日外国人は在留ビザを保有する外国人等に限られることになるため、ゼロ近辺での推移が続くことが想定されるが、経済活動再開の動きの中で、国境を跨いだ人の往来についても入国制限緩和の動きが見えてきている。
各種報道によると、日本政府はタイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドからのビジネス関連の訪日客に対して、1日最大250人程度の入国制限の緩和を検討しているという。入国制限の緩和が実現すれば、ゼロ近辺での推移が続く訪日外客数が回復する第一歩となる。本稿では、今回検討されている4か国のビジネス関連の訪日客に対する入国制限の緩和は、訪日外客数全体に対してどの程度の影響があるのかを分析していく。
今回の入国制限緩和による訪日外客数の回復水準は、訪日客全体の0.3%を下回る
まず確認すべきは、訪日外客数における目的別の割合である。訪日外客数に占める観光客の割合は88.6%、商用客の割合は5.5%、その他客1の割合は5.9%となっており、その大部分を観光客が占めている。今回入国制限の緩和が検討されている訪日客の渡航目的を訪日外客数の定義に当てはめると、その大部分が商用客に該当するものと考えられ(※2)、そのインパクトはかなり小さいことが分かる。訪日外国人旅行消費額についてみても、業務目的が16万4005円、観光・レジャー目的が15万5281円となっており(いずれもパッケージツアー参加費内訳含む)、業務目的の支出額が観光・レジャー目的よりも5.7%高いものの、訪日割合の違いを覆すほどの影響はなく、消費額の観点からも、今回検討されている入国制限緩和のインパクトは小さいものにとどまる。
更に、今回検討されている緩和方針では、商用客の中で入国が認められる対象国はタイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドに限定される。この4か国からの2019年(暦年)の商用客数は11万9115人、商用客全体に占める割合は6.8%、訪日客全体に占める割合は0.4%と極めて小さい。今回の入国緩和方針では1日最大250人程度の入国を受け入れるとされており、その枠全てを使ったとしても入国者数は9万1250人(※3)(250人×365日)であり、2019年の訪日客全体に占める割合は0.3%を下回る水準にまで低下する。
本格的な回復には目的別では観光客、国別では中国、韓国、台湾の訪日客の回復が待たれる
今回検討されている入国緩和制限の対象となる訪日客は、2019年(暦年)の訪日外客数全体の約0.3%とその水準は極めて小さい。訪日外客数の本格的な回復のためには、目的別では商用客だけでなく、訪日客の約9割を占める観光客の訪日が不可欠である。国別では、中国、韓国、台湾が訪日外客数、訪日外国人旅行消費額の双方で3か国合計で5割以上のウエイトを占めており(資料3、資料4)、インバウンド需要の回復を考える上でこの3か国からの訪日の重要性は極めて高い。
ただし、入国制限の緩和と感染の抑制は表裏一体の関係にあり、入国制限の緩和を急ぐことは感染の再拡大に繋がりかねないため(※4)、早急な緩和を進めることは難しい。中国と韓国の感染者数をみると、感染再拡大の兆候がみられており(資料5)、両国からの入国緩和を急ぐことは日本国内における感染状況を悪化させる可能性が高いと考えられ、現段階においては入国制限緩和によるインバウンド需要の本格的な回復を望むことは困難である。各国の感染状況を見極めながら、入国制限を段階的に緩和していくことが求められよう。
今回検討されている入国制限緩和では、入国前及び入国時のPCR検査や滞在中の行動計画書の提出を求めるといった方針が示されている。1日最大250人程度という受入人数は2019年の訪日外客数と比較すると0.3%を下回る極めて低い水準ではあるものの、小さい規模からの受入の開始はPCR検査実施等の施策の有効性や訪日客受入れによる課題の明確化等、今後商用客から留学生や観光客へと徐々に緩和を進めていく上で、有効なノウハウの蓄積に繋がっていく。今回の入国制限の緩和は、今後の段階的な緩和を進め、インバウンド需要を回復させていく上で、小さくも大きな一歩となることが期待される。(提供:第一生命経済研究所)
(※1) 観光、商用目的を除く入国外国人で、留学、研修、外交・公用などが含まれる。
(※2) 本稿では入国制限緩和の対象として検討されているビジネス関係者などの訪日客を、商用目的の訪日客に該当するものとして計算を行っている。
(※3) タイ、ベトナム、オーストラリア、ニュージーランドの2019年(暦年)の入国者数の76.6%であり、新型コロナウイルスによる渡航を敬遠する動きや電話会議等の遠隔通話システムの浸透、PCR検査の陰性証明書や行動計画書の提出の煩雑さ等から、訪日需要は入国緩和後も前年の水準を維持できない可能性が高く、250人の枠を下回る可能性が 高いと予想される。
(※4) 政府の専門家会議では、海外の往来再開が再流行のきっかけとなる可能性があるとの指摘もなされている。
第一生命経済研究所 調査研究本部 経済調査部 副主任エコノミスト 小池 理人